第18話 体育祭に向けて。障害物競走とは?

 私はワラに言われた通り、体育祭までに自分らしい事をすると決めた。

 だけど自分らしい事と言われてもいまいちピンとこない。

 なぜなら私の趣味は家でするようなことばかり。

 確かに小さい時は山に遊びに行ってメグミお姉ちゃんと縫お姉ちゃんとかと遊んだりしていたけど高校に入ってからはない。

 少なくとも私の住む地域は娯楽施設があるものの、ほとんどは子供向けばかりで、高校生を対象にしたところは実は多くない。

 あっても映画館と呉服屋、飲食店のみだ。

 他には小さな水族館が一つ。

 私は数少ない自分らしさの取り組みとして、娯楽施設の一つである水族館に行こうとしたら——。

 

 「ウズメさん、あれはなんですか?」

 私の目の前には短い黒髪を振り子のように揺らし、着物の袖をパタパタはためかせ、前のめりに水槽を観察する女子中学生がいる。

 彼女はワラのことはなんでも知っている。

 何が好きで、趣味はなんなのか。

 それ以外にもどんなゲームをしているのかなど、くだらないことから聞きたくないものまで全て知っている。


 「それは多分アホザメじゃないかな?」

 私はその女子中学生が見ている魚の名前を答えた。

 多分今の私もアホザメ(ウバザメ)みたいにポカーンと大きく口を開けているところだろう。

 ていうかまずなんで水族館にアホザメ(ウバザメ)がいるのかが疑問だ。

 では答えをその女子中学生の正体は誰か?

 

 もう女子中学生の時点で一人しかいないが、ワラの妹ことミコミさん。

 

 ミコミさんとは二度しか会っていない。記憶にある限り一度めはチラ見、二度目は社交辞令的な挨拶でしか会話をしていない。

 だからこそ私は少し緊張しているのだが、ミコミさんはお構いなく館内を掃除用カラクリのように無秩序に歩き回る。

 「ミコミさん迷子になりますよ」

 私はそんな自由奔放の彼女とどのような経緯で回る羽目になったか少しだけ説明しよう。


                   *


 朝、目を覚ました時私は縫お姉ちゃんに抱きついている状態だった。

 縫お姉ちゃんは私に抱きしめられて起き上がれなかったのか、それか気持ちよく寝ていた私を起こしたくなかったのか知らないけど、私が目を開けたのを見て「ようやく起きた?」と、眠たそうな声で言った。

 それから布団から起き上がり、昨日の残りを電子調理具(電子レンジ)で温め、朝食にして食べた。


 「あ、縫お姉ちゃん」と私は縫お姉ちゃんを呼び止めてしがみついた。

 「どうしたのウズメ?」

 縫お姉ちゃんは首を傾げる。

 「その、突然なんだけどね。私って小さい時何が好きだったのかなって」

 「ウズメが小さい時? どうしてそんな——。あ、そういうことか」

 縫お姉ちゃんは私が白鬼関連のことで質問したのに気づいてくれた。

 私自身好きなことはあるけど、たまに辛い過去を思い出すものがあるからかつて私の心を直してくれた縫お姉ちゃんに聞く方が早い。


 「ウズメは小さい時お魚さんが好きだったね。特にアホザメ(ウバザメ)が一番好きだったの覚えてるよ。確か小さい時ボクが買ってきたアホザメ(ウバザメ)の抱き枕、まだ持ってるでしょ。それからはよしよし撫でられるとか、尻尾をモフモフされる。あとはコマとか花火だったね」

縫お姉ちゃんは懐かしそうに色々と教えてくれた。


 「うん。けどここにあるのは水族館だけだけど」

 「そうだね。ここは住宅街——。あ、そういえば水族館にアホザメ(ウバザメ)が展示されてるみたいだよ」

 「いや、それどこ情報?」

 私は縫お姉ちゃんに問い詰める。

 アホザメ(ウバザメ)が水族館に展示なんて今まで聞いたことがない。

 「いや、本当なんだって。この間お仕事であの水族館に行ったけど本当にいたもん」

 「あそこ私と言ったこともあるでしょ。その時メダカぐらいだったじゃない」

 私がそういうと縫お姉ちゃんの頬が膨れる。


 「ムー。ウズメは誰に似たのかな〜」

 そして縫お姉ちゃんは私に抱きついたあと、手早く尻尾を掴んだ。

 私は口を片手で抑えたが、声の代わりに体がビクッと跳ねた。

 「ぬ、縫お姉ちゃん!」

 

その時、お父さんとお母さんの部屋の襖が開く。

出てきたのはツルツルの頭を撫でているお父さんだった。

 「お、騒がしいと思ったら珍しくウズメ起きてるな」

 お父さんは嬉しそうに笑う。


 「あ、お父さんおはよう」

 「縫も起きてるな。こうして姉妹が二人揃って騒ぐのも珍しいな〜」

 「縫お姉ちゃんに起こされたもん」

 「え!? いや、自分から起きたんよね!?」

 「ハハッ、そうか。相変わらず仲が良いな。そういえばウズメ、最近外に出てなくないか? こないだ水族館や映画館とか行っていたから、また外に出るのが好きになったのかと思ったが」


 縫お姉ちゃんはお父さんの言葉を聞くとようやく尻尾を離してくれた。

 「いや、お友達と約束したら流石の自分も行く。けど特に用事がない日はのんびりしたいもん」

 「そういうものか?」

 「そういうもの」

 お父さんはまだ納得していない顔をしていたけど、諦めて炊飯器からご飯掬い、おにぎりを作る。


 「ファ〜。おはよう愛娘たち〜」とお母さんが眠たそうな顔で出てきた。

 そしてお母さんは躊躇なく私と縫お姉ちゃんの胸に触れる、顎に手を当てる。

 「ふむ、相変わらずウズメは私に似て大きく、縫は小さい。どうして同じ食事なのにここまで差ができたのか?」

 「お母さん、怒るよ?」

 縫お姉ちゃんは胸を手で押さえながらお母さんに抗議の目を向けた。

 するとお母さんは私の横腹を摘んだ。

 「けどウズメ。ちょっと太ってない?」

 「む、母さんには言われたくないもん」

 「あらあら〜」

 お母さんはそういうと私の頬をつねる。


 普通に痛い。


 「もうやめてよ〜」と私がいうとお母さんはやめる。

 「もう、とにかく今日は出かけてきなさい。あ、嫌ならまたお母さんの仕事の代わり——」

 「い、今から水族館に行きます!」


         *


 まぁ、そんなこんなで水族館に行くことになった。

 その時お母さんに魚の絵を描いて来てとお願いされたけど、おおよそここに行かせた理由は私が最近浮かない空気を出していたから、気晴らしに絵を描いて来たら? という配慮だろう。

 私自身絵を描くのは好きだから良いけども。


 「ねぇ、ウズメさんウズメさん」

 するとミコミさんは私の元に駆け足で戻り、私の胸に顔をくっつけた。

 ちなみにミコミさんは私より身長が高い。

 「どうかしましたか?」

 「この水族館予想以上に大きいんです。もっと奥に深海魚が展示してあるって看板に書いてあったからいきましょう!」

 ミコミさんは私が答える前に手を掴んでその場所まで引きずった。


 あ、ミコミさんと会ったのは水族館に入ってからです。


 ————それから小一時間ほど回って、寿司屋で休憩した。


 「はぁ……。珍しく疲れた」

 「た、楽しかったです。知り合いとあまりこういうところ行っていなかったので……!」

 ミコミさんは嬉しそうに頭を左右に揺らす。

 思えばこの子ワラより感情が豊か。

 もしワラなら無表情で黄昏ているだけだからだ。


 「そういえばミコミさんはどうしてここに来たの?」

 「ここに来たことですか……それは……はっ!」

 ミコミさんは顔を真っ青にして立ち上がった。

 「お兄ちゃんからの頼まれごと忘れてました! ウ、ウズメさん。今何時ですか!?」

 私は携帯を開いて時間を見る。

 「十一時だよ?」

 「あっ、あっ、あ!」

 ミコミさんは慌てているのか変な声を出す。

 私はミコミさんの肩を叩く。

 「ほら、一度落ち着いてゆっくり話してください」

 ミコミさんは息を大きく吸う。

 「今朝お兄さんに、ウズメの基礎体力を正確に測るから呼び出すようにって言われてるんです!」

 「そなの?」

 「さ、最初は縫さんに電話したんですが縫さんが出なくて……」

 「え、縫お姉ちゃんは家にいた——あ、もしかして今日仕事だったのかな?」


 縫お姉ちゃんがどんな仕事をしているのかは知らないけど、お母さんからは豊胸の修行とか言ってた。絶対嘘だと思うけど。

 ミコミは私の肩を掴んで揺らす。  

 「それからはチヒロさんにかけたら今度は電話番号もメールも知らないってことで組の人たちが大慌て中って聞いて最終手段でウズメさんの家に行っている途中電車の中でウズメさんがその、こちらに向かっているのが見えたんです……」


 あーそういえば組の人と何も交換してないや。

 ん? だけどワラとは交換した気が——。

 「に、兄さんは最近携帯を買い替えて、だけど情報の引き継ぎを失敗して電話帳が消えちゃったりしたの……」

 「本当に何してるの?」


 ミコミさんは私の方から手を離す。 

 「は、早くいきましょうよ〜」

 ミコミさんがとうとうジタバタとし始めた。なんだろう、愛らしい。

 私は重い腰を上げ、チヒロさん達が待つ公園に向かった。


 公園は若命高校から約三十分ほどの距離で、私の家から行けば1時間以上かかる場所だ。

 なので私は二時間遅刻となる。


 公園はとても広く、緑もたくさんあって落ち着く場所だ。

 この公園はおそらく地元の学校の子達が遊ぶためか、円環状に跳び箱、簡素な竿に釣り糸で何かがぶさ下がっている。さらに竹馬、米袋、スイカと木刀など色々置いてあった。

 地面は雨の後でしっとりとしているが、運動する分にはまだマシな方だろう。


 公園に着いた時いたのはチヒロさん、アサノさん、それからキク先輩だけだった。

 おそらく他の組の人たちは帰ったのだろう。本当に申し訳なく感じる。

 ミコミさんはこの公園に着いたあと、すぐに頭を下げて「あの、その。す、すみませんでした!」と言って帰っていった。

 で、現在の私はアサノさんにすっごく頭を下げているところだ。

 「いや、確かに私が悪いよこれ。電話番号もメールアドレス何一つ一緒に帰った時に聞いてなかったから」

 アサノさんは申し訳ない顔で言う。

 もう一度言うけど今この公園にいるのは私、チヒロさん、アサノさん。最後になぜか堂々と先生みたいに立っているキク先輩がドヤ顔で私を見ていた。

 

キク先輩は話しかけて欲しそうな覇気を私に向ける。

何かあったんだろうか?

 「あの、キク先輩?」

 「ふふふ、なんだねウズメ君」

 「口調おかしくありません?」

 「いやいや、分かっているだろう?」


 わかってるって何が……。あ、もしや——。

 「大学に合格したんですか?」

 「そう、春季試験に合格したのさ!」

 そう言うとキク先輩は私に抱きつき、私の胸を満足するまで揉み、やがて離れた。

 「ふぅー。やっぱりウズメ成分は大切ね!」

 「いや、なんです——」


 すると後ろから肩を叩かれる。

 振り返るとジト目で私を見つめるチヒロさんだった。

 「あ、ごめん」

 「ごほん、で、もう話に入っても良いですか?」

 「おう! 入りたまえ!」

 チヒロさんはもう限界なのかさっさと済ませて帰りたいのか、強引にキク先輩の高騰していく気分を食い止めた。

 そういうとチヒロさんは賞状と同じぐらいの大きさの紙を広げた。

 「それでは今回集まったのは来月の体育祭の練習です。本来はしなくてもいいと思うのですが、どうやらアサノさんがやらないとの事なので」


 確かにどうして体育祭の練習を? これは本気でするようには見えないし、楽しみながら谷理想だと思うんだけど。

 そしてチヒロさんは続けて話す。

 「で、種目ですがウズメさん以外は先に決めているので後はウズメさんだけです」

 「私以外はもう決めてるの? どうして?」

 「それはウズメさんが先週から言っていた参加種目への記載をしていなかったからですよ」

 「本当にすみません」


 そう言っているとチヒロさんは今手に持っている紙を私に渡した。

 紙に書かれていることは体育祭の概要と種目で、種目が書かれている隣には名前を書く欄があった。

 各々が選んだ種目、まずチヒロさんは一発芸競争、カマタくんは分業障害物競走、ツボミちゃんとアサノさん、ワラは男女別模擬合戦という、ハリセンを刀が代わりとして敵の大将を討つ模擬合戦に参加するみたいだ。

 その中で唯一残っている種目が単独障害物競走だった。

 けどチヒロさんの一発芸競争って何!?


 「それで残っている種目ですが単独障害物競走で、一人だけで全ての障害物を乗り越えるものです」

 「えっと、その障害って?」

 「ん」

 するとアサノさんは私の着物の袖を掴み、ほら、周りを見て? と言いたげな顔で手をあたりを見渡すようにと大きく左右に動かした。

 「あ、もしかしてあれが障害物競走の道具?」

 「うん。キク先輩からこの種目だけは明らか殺しに来てるって言ってたし」

 アサノさんがそれを言ったのに合わせてキク先輩は頷く。


 それに多分これ本当のやつだ。

 アサノさんは続けて話した。

 「で、障害物のネタはキク先輩から聞いて見たら、去年は小麦粉が入った箱に顔面を突っ込んで飴を取り出す、障壁越え、袋に貼ってぴょんぴょん跳ぶ、跳び箱を登る、一輪の台車を持って全速力、縄跳び、輪投げ、射的、球をお玉から落とさないように走るやつ、最後は吊るされている食べ物を口で取るやつ」


 あの、所々祭り要素も入っていたのですが。

 「まぁでも。これはそんなに悪くないでしょ?」

 アサノさんは少しいたずらっ子ぽく、ニヤニヤと笑う。

 あー分かった。ここに少数しかいない理由。

 「もしかしてこれ予行練習?」

 「正解ー。だって私これてっきり男子がするもんだと思ってたのに誰も行かないし、そんでまさかのウズメの枠がここだったんだもん。残りの種目みてみ、もう空いてるところないもん」


 だからと言って本人なしでこんなこと決めないで欲しいけど、書いていなかった手前何も言い返せない。

 まぁ、だけどこの障害物どこか既視感があるんだよね。

 「どうするの?」

 アサノさんから少し申し訳なさそうな声が聞こえる。

 ここはもう意地でも行かないと。責任とか関係なく運命として今のこの現状を捉えてやる方がよっぱ気分が良い。

 てか障害物競走てなんか面白そうだし。 

 「ううん。やる」

 私は自信満々の声を返した。


 それから30分弱練習を繰り返した。

 最初の飴探しは意外にも簡単で、障壁越えを難しくはなかったけどその後の跳び箱ごえがかなりしんどい。

 そこで最初の勢いが一気に失って、さらに射的やら輪投げで徹底的に走者の速度を殺しにくる。

 今回難解なのがそれで、焦るあまりなかなか成功せず失敗を繰り返してかなり時間の無駄になってしまうのだ。

 キク先輩曰くこの種目は頭のネジがない人が基本するものらしい。


 私は息を荒くしたままチヒロさんから水を受け取った。

 「あの、これ絶対本気じゃないとダメなんですか?」

 「当たり前だよウズメちゃん。これ意外にも点数高いんだから」

 「点数?」

 「うん。この高校の体育祭は学科に分かれて点数を競い合う感じで、その中でワイワイガヤガヤ騒ぐんだよ。あたしの時はこれが勝負の勝敗を決めたんだよ」

 キク先輩は懐かしそうに話す。


 私はベンチに座って休憩する。

するとチヒロさんは私の胸をじっと見る。私は胸を手で隠してチヒロさんに少しばかり恥ずかしい視線を送った。

 「その、チヒロさんはどうして私の胸を見るの?」

 私がそう言うとキク先輩とアサノさんはチヒロさんを優しく見る。チヒロさんは疑惑を持たれたことに気づくと顔を赤くして首を横に全力で振って否定する。


 「違いますよ! ウズメさん、体育の時間から思ってたんですけどサラシ適当に巻いてません?」

 「え、いやきちんと巻いてるけど?」

 チヒロさんは「違うんですよ」と淡々と返すと私の胸に触れた。

 「だってウズメさんの着物の締め付けはかなり緩い方なのはわかりますし、来ている着物自体動きやすいように薄いのは知っています。だけどがっちり締め付けてない分見ていてかなり走りずらそうなんですよ見ていて」

 「え、えーと……」

 確かに胸は走る時普通に邪魔だけど、なんていくか締め付けた後の苦しい感じがちょっと苦手なんだよね。

 だけどこれは世の中の胸が割とある女の人ならではの悩みだけど運動部の人とかはこれに耐えているんでしょ。自分なら到底無理だ。

 だって痛いのは嫌なんだもん。

 

 「とにかく、ちょっとトイレまで行きますか」

 私はチヒロさんに引きずられてトイレの個室に閉じ込められた。

 チヒロさんは手早い動作で私の着物を少し脱がし、私は胸元を隠す。

 「わ、私そんな趣味ないんだけど……」

 「私だってありません。とにかくってほら。やっぱり緩いじゃありませんか。締め付けもサラシも」

 チヒロさんはそう言うとサラシを掴む。

 「ちょっと! やめ——ぐえっ!」

 チヒロさんは問答無用にサラシと着物を強く締め付けた。


 私はトイレから出た後、変な声を漏らしてしまった恥ずかしさで顔を隠す。

 「もうお嫁さんに行けない……」

 「何してんのチヒロちゃん? とうとうやっちゃったの?」

 「いや、ただ着付を直しただけですよ!?」

 チヒロさんはキク先輩の言葉に反論した。


 それから数分体操し、もう一度始発地点の前にたった。

 「よーし。用意は良い?」

 「大丈夫です……!」

 「分かったよー。はいどーん」

 キク先輩がそう言って手を振り上げた瞬間に私は走り始めた。

 走り出して最初のネタは小麦粉の中から飴を探す。

 私は小麦粉に顔を突っ込むとすぐに飴を見つけて口に中に入れるとすぐに噛み砕いて障壁に向かって走り出す。

 障壁は調律に乗って飛び越えて仕舞えば余裕!


 私は良い瞬間を狙って調律に合わせてスピードを逃さずになんとか突破した。

 その後下半身を袋に入れてぴょんぴょんと短い距離を飛び、袋から出る。

 その後ここから離れたところにある跳び箱に向かって全速力で走る。

 これは普通に飛び越えてはだめ、だったら!

 私は跳び箱の上に登ると前転してその勢いのまま前に走った。

 

 あ、だめだ。クラクラする。


 千鳥足の状態でなんとか速さを維持しようと走り、台車を持ち上げて走った。

 「これ本当に距離長すぎない!?」

 私は文句を垂れながら凸凹とした無慈悲な自然の道を渡り切って、足を止めずに呼吸を整えながら次のネタの輪投げに挑む。

 私は輪を三つの瓶に輪投げの輪を通し、そのすぐ隣にある射的のゴム鉄砲を手にとって空き缶に当てる。

 だけど私はゴム鉄砲は使ったことはないからだいぶ時間を食いながら全て当てることができた。


 そのあとはお玉に球を入れる、入れるのだけど——。

 「球大きくない?」

 私はお玉にして入れるのは大きい気がする。拳ほどの球をお玉に入れそのまま走った。

 そして私は最後のネタである高い棒にかかった食べ物を咥えようと飛び上がる。

 吊るされているものはスルメイカ。

 おおよそ頑丈だからと吊るされているだろうけどそもそも私の身長が低いせいかあと一歩のところで掴めない。


 そして一か八かで膝を曲げて高く飛び上がった。

 そしてようやくスルメイカを引きちぎることができ、それから少し息を荒くしながあも終着点に到達できた。


 私はヘロヘロの状態で、そのままベンチに向かうと休憩したいと言う欲望に負けてのまま座った。

 「ど、どうだった?」

 私は息を荒くしながら腕時計を見ているキク先輩をチラ見しながらチヒロさんに声を掛ける。


 「えーと、キク先輩。どうでしたか?」

 「一回目は一周は四十秒。二回目は四十五秒。三回目は四十秒——。十回走らせたけど平均は四十秒ぐらいだね。これだとまだまだ遅いよ!」

 「遅いって、これいつからある種目なんですか?」

 「あーこの種目キクさんが入学する前にはあったみたいよ。で、歴代最速はキクさんの三十一秒」

  と、アサノさんは淡々と答えた。

  私はギシギシと音を鳴らしているようにぎこちない動きでキクさんの方を向く。

 「え、本当ですか?」

 「もち! あたしはこう見えて農業系の部の他に運動部や文化部に助っ人に選ばれるほど有名なんだよ!」

 「それ自分で言いますか?」とチヒロさんは自慢げな顔でいる菊先輩を見て呆れたように言う。

 

するとツボミちゃんは頭をかく。

「あの、キク先輩。それそろ時間が来ますけど?」

「あー、本当はもっと練習したかったけど。この種目自体もらえる点数は高いのと、全学年一つの学科に二人が出走するからなんとかなりそうだけどね」

 「なるほど……。あれ、だったらキク先輩も走るんですか!?」

 私はつい大きな声で答えてしまった。恥ずかしい。

 だけどキク先輩は笑いながら手を振る。

 「大丈夫大丈夫。もちろん走るよ。それにこの種目は怪我しやすいし、万が一ウズメちゃんが怪我するとウズメちゃんはせっかくの体育祭楽しめないでしょ」

 「キク先輩……」

 キク先輩は嬉しそうな顔で私の手を握り、強制的に私の重い腰を上げ、立たせた。

 「そうだツボミ。あと何分ある?」

 ツボミちゃんは腕時計を確認する。

 「あと三十分ですけど後で片付けやら整備しないとダメなんで——」

 「よし分かったよ。すぐに終わるさ」

 キク先輩はツボミちゃんの言葉を遮って私を握り、私が走っている時に塩要した備品を拾い始めた。

 「じゃ、この種目で上位で勝てる方法を教えてあげるね」

 こうして私は単独障害物競走での上位に立つコツをキク先輩から伝授された。


 色々と説明を受けた私の頭は味噌汁が溢れそうになっているお椀のように、チャプチャプと音を鳴らす。

 それから備品を片付けたり公園を整備したりと後始末をして公園から出て各々帰宅した。

 疲労でボロボロになった私の体は布団へと無意識下に誘われ、そのまま飛び込んだ。


 「今日から毎週土曜日にあの種目の練習か〜」

 私は帰宅中キク先輩から告げられた言葉を思い返す。

 体育祭まで確か後三週間。

 こんな調子で練習してたら先に自分の体が持つのか不安だ。

 だけど、高校の体育祭は中学校や小学校の時とは違い、楽しみだなという感情がすごく沸いてくる。


 優しい組のみんなに優しい先輩と友達。

 「私、知らないうちに恵まれた環境に、ずっと望んでいた環境にいる。小さい時には絶対来ないと思ってたところに私がいる」

 

 ——体育祭、楽しみだな。


 ————————。

 ————。

 ——。

 あの日から二週間土曜日もしくは日曜日に体育祭に向けて練習を繰り返し、体育祭がやってきた。


 最初の練習していた頃はキク先輩にもっと早くや考えてはダメなど無理難題を何度も突きつけられた。

 たったの二回とはいえ練習時間は朝から夕方。とっても厳しかった。

 その間にワラとアサノさんの間で一悶着あったとか、蛇族でガタイの良いマンジくんが体育館裏で練習していたとか、チヒロさんが一発芸競争の準備をしていたりと話を聞いた。


 少なくとも私以外も必死に練習していたのが分かって良かった。

 その中で私の中では徐々に体育祭に対して心が躍ってきた。


 私は校庭にできた各学科、そして各学年分の天幕が設置されていた。

 そして生物工学科の天幕の下は各学年の各組ごとに集まっていた。

 私は四組の集まりにもちろん入り、背が小さいと言うことで一番前の校庭側に座らされた。

 一応言っておくけど天幕の下は敷物が敷かれて、そこに各々が持ってきた座布団を敷くなりして座っている。


 私は開会式が終わって最初の競技の徒競走を見る。

 「いよいよ体育祭か〜」

 「そうですね。そういえばウズメさんは午前の最後じゃありませんでしたっけ?」

 私の隣で競技を見るチヒロさんは実地される競技の順番が書かれ、折られた紙を取り出して広げる。

 「えっと、チヒロさんはチヒロさんは今している競技の次なんだね」

 「はい」

 チヒロさんはそういうと少し大きな袋を担いだ。

 「では、ちょっと用意があるので失礼しますね」

 チヒロさんは自信に満ちた笑顔を私に見せ、入場門に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る