第12話 キ”ミ”
前書き:
来月7月の投稿はお休みします。
————————————————————————————————————
一体どこまで沈むのかがわからない水の中。
水の中は壁が青白光を放っているから特段くらいという訳ではない。
で、現在は邪神と色々あってここに突っ込まれた訳なんだけど。
今気になっているのは。
これ水って言うのかな?
だって呼吸できちゃうし。確かテレビでも溺れない水があるって言っていたけど実際はどうなんだろう?
いや、実際も何もここは確かに水。
そしてササ先生はあたりを見渡している。
「あの、ササ先生」
「はい?」
「どうかしましたか?」
「その、ここどうやって脱出するのですか?」
ササ先生は「あー」と声を漏らす・
「脱出できるところはあるはずなんですよ。でもそれがどこか分からないんですよね」
ササ先生は困った顔をしながら辺りを見渡す。
「まぁ……今はとにかく深く潜らないといけませんよね」
ササ先生は申し訳なさそうに微笑む。
私は足元を見る。
足元は永遠に続きそうな暗闇が広がっている。
むしろ壁はこんなに明るいのに足元のには光がないように感じる。
ここはわかりやすくいうとまるで試験官の中。
ただ縦に長いところだ。
「あ、見てください。多分あそこからじゃないでしょうか」
ササ先生は正面に指を差す。
正面には海底神殿みたいな入り口が堂々とあった。
「本当にそこですか?」
「まぁ、他に行くとこ無いですしね」
ササ先生はそこに向かって泳ぎ始めた。
しかし、私はその場に留まった。
「あの、ウズメさん?」
ササ先生はしばらく進んだ後振り返る。
「どうしたんですか? どこか怪我でも」
「泳げないんです」
私は正直に話した。
ササ先生は私の手を握って神殿の中に進む。神殿の中は思っていた以上にすごくもなかった。
簡潔にまとめるとただの洞窟の中と表現した方がわかりやすいのかもしれない。
壁には別に豪華な壁画やろうそくを立てる空間なんて置かれていない。
行ってしまえば穴を開けただけの鉱山みたいな場所。
「そういえばウズメさん。この中では何が起きていたのですか?」
「……。上手いこと口にはできないんですが。どうして私が他人を拒絶から受け入れようとしていたかを邪神に見せられた感じです」
「本質……ですか」
「はい。私、まだ上手いことこれだとは言えないのですが多分ササ先生と同じ、自分らしく生きたかったからだと思います。そして他人は他人でも本当の自分を受け入れてくれる人がいる。それを信じて生きて行けば良いって。——もう過去のことはどうだって良いんです。過去は電車と違って、戻ることなんてできないので」
私が言い終えるとササ先生は嬉しそうに笑う。何か面白いこと言ったのかな?
「ウズメさんが笑顔に戻ってくれて良かったです。それも心から嬉しそうに笑うのは初めてかもしれません」
初めてって私はよく笑顔になってた気がするんだけど。
私は少しササ先生に抗議する。
「それだったら私いつも笑ってなかったことになるんですが」
「いえ、笑ってはいたんです。けどどこか何かに怖がっているような感じで話す時ちょっと緊張しちゃうんですよね」
「……」
それは流石に言い返せない。
先に進むと光が見えた。
ようやくこの空間からおさらばか。願うならもう二度と邪神に会いたくなんてない。
それにしても今回の邪神の存在が大き過ぎたあまりか鬼牙や蠍の存在が薄い。いや、ササ先生なら理由は知っているのかな?
いや、それより今はチヒロさんとどう仲直りするかが先決か。
「ウズメさん。そろそろ外に出ますよ————」
早く――チヒロさんと仲直りしたい。
すると出口の下から壁が生え、道が塞がった。
それとともに体重が一気に下に来る。
ササ先生は私の身代わりに地面に全身強打した。
「はぅっ!」
「ササ先生!!」
私はすぐにササ先生の上から降りる。ササ先生はいたたと言いながら起き上がる。今地面に足が付いてる。さっきまでは水の中みたいに浮いていたのに。
「大丈夫ですか?」
ササ先生は息を荒くしながら私を起き上がらせる。
「は、はい。でもどうして。さっきまでは―――――」
それと同時に後ろから巨大な何かの咆哮が響き渡る。
「あ……え?」
「そうでした。ここにまだ邪神が残っていてもおかしくなかったですね」
後ろを振り向くとさっきまで穏やかそうな顔をしていた私にそっくりな邪神が歩いて近づいてきた。
ササ先生は剣を邪神に向ける。
「ウズメさんが会った邪神はあれですか?」
「は、はい」
ササ先生は横目で私を見る。。
「あの邪神の名は日洲女と呼ばれるかつては善良の心を透かす神。ですが遠い昔邪な感情に駆られてしまい邪神に変わり果てた神です」
「————!」
邪神ヒスメの体が黒く変色し、すると徐々に姿を変えササ先生と同じ姿になり、剣を握ってこちらに向けていた。
それを見たササ先生はため息を吐く。
「簡単には帰れない様ですね」
ヒスメはササ先生に斬りかかるが先生はそれを難なく防ぐ。
「ウズメさんはあなたには渡しません!」
ササ先生は力任せにヒスメを押し除け、突きを狙ったがヒスメはそのまま高く飛び上がると剣の上に乗った。
「————!」
ヒスメは上から剣をササ先生に叩き斬る。
「てあ! ならこっちは。風の言霊、疾風!」
ササ先生は言霊を使って応戦をするが歯応えがない。もしかしてだけどヒスメはササ先生の心を読みながら戦ってるんじゃ————。
「だーっ! もう良いです分かりました!!」
それから数十分歯応えがなく、とうとうササ先生が怒った。
「ナビィの言霊。風神雷」
ササ先生がそれを唱えると周りの空気が一変する。ササ先生の体は青と緑の光が纏い、目はササ先生の特徴的箇所のはずの緑色の瞳がチカさんみたいに真っ赤に染まった。するとササ先生は赤い涙を流す。
「やっぱりこれは体に響きますね。けど、これなら確実に————!」
ササ先生は苦しそうな声を上げながらヒスメに斬りかかる。
「これで! ——――は?」
ササ先生は握っていた剣の一部が打ち上げられる。折れた?
ヒスメはササ先生が唖然として言える間に胸に目掛けて剣先を走らせた。
「ササ先生!」
「ナビィの言霊。覚醒」
「——」
しかし斬られたのはヒスメだった。
ヒスメの胴体は高く打ち上げられる。これは確実にササ先生ではない誰か……。
「あ」
今一瞬ワラの姿が————。
「————」
ヒスメの下半身は底に落ち、上半身だけが空中に漂う。
ササ先生はハッとさせる。
「ミコトくん!?」
そこにいたのは神々しく青白い光に包まれた剣を持っているワラの姿だった。
ワラは自身の銀髪を揺らしながら邪神をじっとみていた。
「ミコトくん……?」
「神器。勾玉。邪神」
「なるほど。そう言うことですか」
いや全然意味が分からない……
そうしているとヒスメはワラの姿になった。
「先に出て」
「―――え、だけど」
するとササ先生が私の袖を引っ張る。
「ここはミコトくんに任せましょう。私たちは先に脱出」
「け、けど——」
「ミコトくんは負けませんよ。絶対」
その瞬間あたり一面を真っ白な光が覆った。
————————。
—————。
——。
美味しい空気……。ここは外?
そうか、ようやく外に出れたんだ。風の音が耳に入る。なんだろう、とっても久しぶりな気分。
「——さん!」
そして聞き覚えのある声が聞こえる。その声はまるで小鳥のような綺麗な音色。
それにしても寒……。
「寒っ!!」
私は起き上がる。直後頭に硬いものが当たった。
「ぷふぅ!」
「いった!!」
私は頭を押さえる。
前を振り向くとササ先生が頭を押さえていた。この展開前にも合ったよね。
「あ、そのすみませ———」
「やっぱりウズメさん。DNAプログラミングの課題加増確定ですね」
ササ先生は口を震わせながら拳を握る。
「え、えぇ……」
今回ばかりは否定できない。けどササ先生。今の本当に事故なんです。
さあ先生は頭をさすりながらゆっくり立ち上がる。
「ほら、ウズメさん」
ササ先生は腕を伸ばす。私はそれを掴んでその場から立ち上がった。
私はあたりを見渡す。
ここはよく見ると我が若命農業高校の庭園のど真ん中にある割と大きな池。そして池の前にあるベンチを見る。
確かあの池でチヒロさんが泣いていたんだよね。
「ウズメさん。今日は私の家に泊まりましょうか」
ササ先生は後ろ髪を結ぶ。
「どうして……」
「あぁ。深い意味はないですよ。それにこんな遅い時間まで帰らないと親に責められてしまうと思って、師匠にウズメさんが私の家に泊って勉強したいってお願いしたからー。てな感じで伝えたら了承もらえましたよ」
いやそれで信じる縫お姉ちゃんもそうだしお父さんやお母さんもどうなの。この私が真面目に勉強するとかいう嘘って気づくはずなのに。
「それじゃ服が濡れているのでこれに着替えてください」
ササ先生は私に着物を渡す。
私は会釈して今来ている着物と着替えた。
「もう着替えられましたね。では私の家に行きましょうか」
「いや、待ってください」
私はササ先生の袖を掴む。
「一体あの空間はなんだったんですか? 邪神が言うには邪神自身が作り出した空間って言っていたのですが」
「——そうですね。あながち間違ってはいません。けど、正しくはこの池の奥に隠されている古代の地下通路の中ですね」
「地下通路……ですか」
「はい。その中に作り出された空間にウズメさんがいたんです」
「――先生は知っていたんですか?」
「もちろん存じておりましたよ。あの場所はそもそも結界で昔邪神を封じていたんですが何者かに破壊されて、逆に邪神にとって居心地がいい場所になり、挙句に軟体化の邪神が漏れ出たみたいですね。その影響が私とウズメさんの前に現れた邪神です」
「それが鬼牙と蠍」
「正解。けど妙なのは結界が破壊されたのは鬼牙と戦った時です。詳しいことは私から話さないほうが良さそうですね」
「――――?」
私はとりあえず頷いた。
ササ先生は私が着替え終えたのを確認すると家に案内した。
学校から出て三十分ほど歩くと年季が入ってる木造集合住宅(アパート)が見えてきた。
失礼ながら遠目から見るとお化けが出てきてもおかしくは無い。
そしてササ先生と私は階段を登って一番古い部屋で、ササ先生が鍵を中に入れた瞬間に何かが折れた音がするぐらい古い。
その時ササ先生は私を見る。
「今更ですがミコト君のことを心配すると思っていたのですが」
ササ先生は私を怪しい眼で見る。私はすぐに弁明する。
「もちろん心配ですよ。だけど……ワラは大丈夫だって分かるんです。ワラが戦っている一度しか見てないが、何故か大丈夫だって安心感がするんです」
するとササ先生はため息をする。
「――なるほど。すみません。少し疑ってしまって。いつものウズメさんならずっと不安そうな顔をしているのにどこか違っていたので。やっぱりあの中で色々あったんですね」
「そうですね。本当に色々ありました。だからこそチヒロさんと真正面で話したいんです」
「―――分かりました。私は後ろで見守りますね。だから、師匠に言われた通り本音を話すだけです」
ササ先生は嬉しそうにドアノブを回す。
「ではここが私の部屋ですよ〜」
ササ先生は扉をギシギシと音を立てながら開けた。部屋の間取りは和室六畳に台所。そして押し入れは一か所のみ。
「あの、トイレとお風呂や洗濯機は?」
「あぁ。その三つはここの住居の住民が共同で使うのでありませんよ」
ササ先生は慣れた口調で話す。
私はお邪魔します。と言い中に入った。。
すると和室の座布団の上に見慣れた永い黒髪に高そうな着物をまとった少女が座っていた。いや、もう誰だかわかる。
「チヒロさん?」
「――――」
私が呼ぶとチヒロさんはまるで人形のようにゆっくりと私の方に振り向いた。
「ウ……ズメさん?」
そして弱弱しい声で私の名前を呼んだ。
私はちゃぶ台を中心にチヒロさんの前にゆっくり座る。ササ先生は私とチヒロさんの間に座る。
「その、チヒロさん。色々と勝手に話を拗らせてごめんなさい」
チヒロさんの顔を見るととてもやつれていた。多分ずっと苦しんでいたんだ。
本当なら先に謝るべきだったけどそれすらできなかった私の怠慢のせいなんだ。
チヒロさんは首を横に振る。
「……いえ。私こそウズメさんのこと何も知らずに色々と言ってしまってごめんなさい」
「でも、そもそもこの喧嘩の原因は……。私はチヒロさんが悪くないのに八つ当たりみたいなことをしてしまったせいで」
「あ、そこです。私が気になったのは一体あの時何があったのですか?」
何があったって……。ん? 電話した時知っているかのような口ぶりだったのに。
「その。チヒロさんのお母さんが下校の時突然車から降りてきて私にチヒロさんに近づくなって……」
「私のお母様が?」
「うん」
チヒロさんは顎に手を当てる。
「それ人違いじゃないですか?」
「ううん。だってそう言って————」
「だってその時私お母様と祖母のお墓参りに行っていたんですよ」
「……ふぇ?」
いけない。つい呆気に取られて変な声が。
「ウズメさんにそれ言ったは私の姉です」
「……本当?」
「はい。それを話そうとした時にウズメさんが電話を切るものですから」
待って。それじゃ私は——いや確か。
「ならどうしてチヒロさんは電話の時に何も否定しなかったの。それが少し気になる」
「あの時は私も混乱して。どう謝ろうか私も自分の中で話がまとまらなくて」
そしてチヒロさんは一度頭を下げて続けた。
「で、今日放課後で話をしておきたかったんです。その後私の家にお誘いしておきたかったんです。姉もあの時会社で失敗してムカムカしてやけ酒してあんなことに」
「えっと。そのチヒロさん」
今考えてみればどうしてチヒロさんがこんなに謝っているのに自分は一言御免なさいだけで済んでいるんだろう。こんなの誰がどう見ても不公平だよね。
「もう謝らないで。だって謝る方は私なんだもん」
「……ですが!!」
「これは私とチヒロさんの姉の問題でしょ。そこにチヒロさんを巻き込んだのは私なんだから責任は私にあるもん」
私は深く頭を下げる。
「チヒロさん。本当にごめんなさい!!」
そう、最初からこれでよかったんだ。
私はただ怯えていただけ。自分自身チヒロさんに罪がないのは知って、私と近くにいるだけでチヒロさんがひどい目にあうと判断したのは私の勝手。私が独断で判断してチヒロさんがひどい目に遭う。いや、多分心の奥底ではチヒロさんに『拒絶』されるのが嫌だったんだ。
だから私は頭を下げたくなかったんだ。拒絶されるのかもしれない。
でも、それも私の幻想。
「——けど、私もウズメさんに謝らないといけない理由があるんです」
チヒロさんは一度深く息を吸う。
「ウズメさんを一度ではなく何度も命の危険に晒したのは私なんです」
「——?」
私は首を傾げる。
「高校に入ってから
「いや……。
「そんなはずはありません!!」
チヒロさんは声を荒げる。そして声を震わせながら続ける。
「私は確かに。解いてしまったはず—。ウズメさんが過呼吸で倒れてしまった日に」
「あぁー。
「ササ先生?」
ササ先生は落ち着いた口調で言う。そして真剣な瞳でチヒロさんを見つめた。
「結界は話していた通りです。ミコト君が一週間学校にいなかったのも邪神の討伐で忙しかったからよ」
「……色々とごめんなさい」
ということは邪神が突然現れたのはチヒロさんが結界を破ったから。確か私が下駄箱で倒れた時ワラが言うには術に掛けられた。その術者についてワラは教えてくれなかったけど今思えばワラなりの優しさだったんだ。
だって今まさに私少し動揺してるし。
「いえ、いいです。でも一応解いた理由を話してくれませんか?」
ササ先生は私の代わりに話す。
「————」
チヒロさんは何も答えない。
今までのチヒロさんならすぐ答えていたんだろうけどしないと言うことはかなり言いたくない理由が……。
ササ先生は一度深呼吸をする。
「なら私が話してもいいですか?」
「——! それだけは……!」
チヒロさんは前のめりになってササ先生に顔を近づける。ササ先生は顔色を変えず穏やかな表情のまま続けて言う。
「では打ち明けてみてください。ウズメさんはどうですか」
「どうってその。チヒロさん。もしあれだったら私から打ち明けてもいい?」
ササ先生は静かに手を私に差し伸ばした。
多分チヒロさんは動物の声に依存していた私のように、本音を吐くことを怖がってる。
だったら私の方から言った方が得策だからね。
「……私は説明が下手だから簡潔に言うけど。ずっと大衆を気にしてばかりでごめんなさい」
私は一度頭を下げる。
「よくよく考えれば私は大衆の声に怯えてた。もし他人を頼ろうにもその人が被害を受けるかもって拒絶してたの。でも、それは高校で変わろうと思っていたんだけど。結局何一つ変わらない。だけどチヒロさんやササ先生。それ以外にたくさんの人と関わるうちに答えを見つけてたみたい」
私は深呼吸をする。
「―――私が聞くべき声は大衆の声じゃなくて。友達の声だって」
「友達の……声?」
「うん。私はずっと他人が怖かった。信頼も出来ないしむしろ視線にいるだけでも嫌だった。むしろ今まで高校は楽しい反面とても怖く、早く帰りたいって思ったことも何度もある。でも。部活をして友達と話すうちに楽しいと思えるようになったの」
「ですが。私の家の者に暴言を吐かれたじゃないですが。それなのにどうして―――――」
私は続けて話す。
「怖かったの。信頼してた人に裏切られたと思うことがね。だから話しかけられてもつい拒絶しちゃってた。けど、よくよく考えればチヒロさんのことを信頼していたのならどうして拒絶したのかは今でも分からない。分かるのは私と関わったチヒロさんが誰かに潰されて不幸になるのが怖かったからなの」
「――――」
チヒロさんは膝に乗せた手を震わせる。もしかしたら怒っちゃったのかな。
けど、チヒロさんは涙を流した。
「違うんです。……拒絶してたのは私の方なんです……」
チヒロさんは声を震わせながらゆっくりと話し始めた。
「学校で話したように私は一人でした。お父様やお母様。そしてお姉様がおりますが基本は私一人でした。家族は私を息をする道具としか見てもらえず、娯楽は勉強と習い事でした。
誰も助けてくれない。誰も私を見てくれない。そんな日々でした。
習い事を重視して誰とも関わらない生活。今と比べればとても面白くないですね。私はそんな日がすぐにでも無くなってほしいと願ってもいませんでした。ただこれが私の人生だろうと思っていたので。
でもそんな私の人生を潰してくれたのは他でもないウズメさんと同じ人狼の女の子です。
とは言っても見た目は幼く、いやウズメさんをそのまま幼くした感じですね。その子は小さいのに口が達者で、見た目とは裏腹に何年も生きてきた人のようでした。
これは今でも覚えてます。その子が私に言った言葉。『人は従う人がいると調子に乗る。本当の自分になるには従うというより自分の意見を言うしかない』と言ったんです。
私も限界だったのでしょう。まさかその日の内に実行してしまうとは思いませんでしたよ」
チヒロさんはクスクス笑う。
「玄関に立て掛けてあった木刀を握って話を聞いてくれるまで暴れると叫んで無理やり対話の席に座らせたりと、少々やりすぎました。
そして家族も私を見る様になってくれて嬉しかったのですがここである条件を出されました。『人狼にだけは近づくな』と。
理由は知りませんがただそれだけを言われて高校受験に挑み今に至ります」
チヒロさんはお茶を飲む。
「以上がこれまでの経緯です」
「えーと。と言うことはチヒロさんが私を拒絶していたのは家の事情ということで間違い無いんだよね?」
「……はい」
チヒロさんは小さく頷く。
なるほど。まとめるとチヒロさんは家でずっと一人苦しみ続けた。その時人狼の幼女から助言をもらって反抗し今に至る。
幼女。については謎だけどそれがチヒロさんの人生を変えたのは事実。
だとしたら放課後チヒロさんに言ってしまった言葉は的外れ……だったんだ。
「ごめん。チヒロさん訂正させて。やっぱり私とチヒロさんは縛ってきた対象が違うだけで全く同じ」
「……嘘をつかないでください。ササ先生から聞きました。ウズメさんの過去の事を」
私はササ先生を見る。ササ先生は私から目を逸らした。大方チヒロさんがササ先生に聞いて、隠すことができないと判断したんだろう。
「確かに私はみんなから精神と肉体をボロボロにされて自分を見失ってた。けど、私はもう昔の私とは違うの。だってこのまま悩み続けてたらずっといじめてきた人たちの思う壺。だから気づいたの」
私はチヒロさんの手をぎゅっと握る。
「今を自由に私らしく生きれば良いんだって。もう外は怖くないの。外には確かに自分を傷つけるものと癒すものが併存してる。というかみんな誰かを癒したり傷つけたりするじゃない。——私は最初チヒロさんが返事をしてくれた時とても嬉しかった。それに話しかけてくれたことも、授業でわからないことも色々と教えてくれて幸せだったよ」
「ウズメさん……どうして、どうして怒らないのですか?」
チヒロさんは涙を流した。
私は続けて話す。
「もう何も縛らなくても良いんだよ。怒らないのはチヒロさんが大切な友人だから」
「ゆう……じん?」
「むしろ私は本音を言ってくれて嬉しい。悩みを吐いてくれて嬉しい。多分今までの私だったらわからなかったけど今ならわかる。どうしてチヒロさんが私に何かあったら相談して欲しいと言ったことが」
それからチヒロさんはたくさん涙を流した。そして私もたくさん泣いた。ササ先生は先生なりの配慮でただ優しく見守るだけだった。
私は初めて友人に。本音を吐くことができた。
それを見届けたササ先生は簡潔に話し始めた。
「なるほど。聞いてみた限りチヒロさんはウズメさんとどう接すればいいのかが分からなかった。それゆえ結界を破ったと言う解釈で良いんですか?」
「はい……」
「確認ですが破ったのはあの心の世界を覗く術で間違いないですか?」
「間違いありません」
チヒロさんは下を向く。
さっきまでの会話から薄々思ってはいたけど合ってたんだ。私としては怖かったけど別に今は何ともない。
ササ先生はお茶を一回飲む。
「ではその術は誰かに教わったのですか?」
「――――中学生の時幼女から貰った本に書いてあったものです」
「なるほど―――その本はまだ持ってますか?」
「実行した翌日にヒビワラさんに目の前で燃やされました」
「なら大丈夫ですね」
あれ? いまさらっと流したけどあの理論だとワラがいてもおかしくないよね。
「ワラいたの?」
「はい。私が術を使ったのと同時に私の肩をポンポンと叩いて――――。振り向いて瞬間即平手打ち食らいましたね」
チヒロさんは右頬を撫でる。
「ですが恨んでません。それにった開かれた後ヒビワラさんが私に『友人の心は無理やり開ける者じゃない』って言って本を目の前で燃やしたんです。あれがあったからこそウズメさんの本音を直接聞きたかったのかもしれませんね」
「そ、そうなんだ」
そのことを一切私に言わなかったのは私とチヒロさんの関係が良くなるためだったんだ。
心の奥が温かくなる。
そしてチヒロさんは大きく息を吸って私を見る。
「ウズメさんはこんな私を……それでも許してくれるのですか?」
あ~そういう感じか。
多分チヒロさんが途中本音や経緯と事情を先に言ったのは後に言うと言い訳に聞こえてしまうから。
だけどこの場合だといいわけでもなんでもなく、普通の意見なんだけどね。
なら。答えは決まってるよね?
————————。
—————。
———。
あれから二日が過ぎて土曜日。私は映画館の前でチヒロさんを待った。
昨日は朝から騒がしかったせいで眠い。
簡潔にいうとササ先生がその日授業であることを純粋に忘れてたけどなんとかお母さんが教科書を持ってきてくれてことなきを得た。多分ササ先生の家の住所は縫お姉ちゃんから聞いたのだろう。
だけどお母さんと同時にいたチヒロさんの家の人だろう高貴な人がかなりお母さんに頭を下げていた。話の内容は聞こえなかったけど、大方謝罪だとチヒロさんは言っていた。
あの後お母さんが「反省してるのなら刷りすぎた同人誌十冊買ってください」などと売りつけたことが一番覚えてる。
正直恥ずかしかった方今後はしないでほしい。
「すみませんウズメさん。渋滞に巻き込まれて」
「あ、チヒロさん」
チヒロさんは横断歩道を走って渡り、私の元にきた。
「待ちましたか?」
「ううん。大丈夫」
するとチヒロさんは髪を耳に掛ける。
「それなら良かったです。では中に入りましょうか」
「うん」
私とチヒロさんは映画館の中に入った。
中は土曜日だからもちろん人に溢れている。そして今回私たちが見る映画はチヒロさんが選んでくれた。
なぜなら昨日チヒロさんが「やっぱりお詫びをしたいので……」と言ったから。
「えっと……券売機は」
「あっちだよ」
私は人だかりができているところを指す。
「なるほど、あそこでしたか。そういえばウズメさんは映画館に来たことがあるんですか?」
「うん。中学校の時お姉ちゃんと何度か」
「あー。ササ先生が昨日話してた人ですね」
「そうそう。今も覚えてるけど初めて映画館で見たのはまだ覚えてる」
「それは良かったですね」
チヒロさんはクスクス笑う。
「そういえばチヒロさん。映画はどれにするの?」
チヒロさんは券売機に手をかざす。それから映画を選択した。
「まぁ私自身映画館に来たのは初めてなので。やり方はお姉様に教えてていただきました」
そう言うとチヒロさんは券を取り出し口から出す。そして自信満々な顔で私を見た。
「けど、一応調べましたよ。はい、座席はこれで良いですよね」
私は受け取った券を見る。座席は壱の十二。映画の名前は……。
「蜜月の人狼―――。チヒロさんこれって――」
「はい。調べたところ小説が原作の心理を題材にした作品のようですね。とても面白そうだったのでこちらにしました。監督さんは新人の
チヒロさんは嬉しそうな顔を私に見せる。
私は本当に初めて信頼出来た親友、チヒロさんと待機場所のベンチ座る。私はもう誰にも怯えなくてもいい。
でも、そういえばどうしてチヒロさんのお姉さんは母親と嘘をついたんだろう?
「ねぇ、そういえばどうしてチヒロさんのお姉さんはお母さんって嘘ついたんだろ」
「あーそれいまいち私も分からないんです。一応聞いたのは聞いたのですが何も教えてくれず」
なるほど。なにか言いたくないのかな?
「分かった。ありがとう」
「大丈夫ですよ」
チヒロさんは優しく微笑む。
すると館内に案内の放送がした。
「あ、そろそろですね。行きましょうか」
「うん……」
それに今はこんな普通な日々が続くのもありかもね。
私はチヒロさんの久々に見た嬉しく笑う顔を見た。
私が意識するべき声は大衆の声なんかじゃなくて、信頼できる人の声が私の聞くべき声。
私が幼稚園から欲しくて堪らなかったこの声は絶対に大事にしないと。
私とチヒロさんは受付に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます