第11話 かごの中の狼少女

これは信じても良いの?

 私は池の前のベンチで涙を流すチヒロさんを見る。

 今のチヒロさんは本当に苦しそうだ。だから本当なら傍にいたほうがチヒロさんの為になる。だけどそれをすることでチヒロさんとの関係は元通りなれるとは保証できない。


 「大丈夫信じて。少なくとも私は貴女の味方。貴女のことは絶対悲しませないから」

 「――――――」

               *


 そうだった。私は最後の一言でコロッと心を許してしまったんだ。

 あれは邪神。なのにどうしてだか鬼牙きばさそりと違って心が温もるのだろう。

 まるで私を本当に見守ってくれる神様のように……。


 で、ということはこの草原がある空間は邪神の中と言うわけか。

 大体は情報をまとめれた。

 すると突然向かい風が吹いてきた。

 「あれはトンネル?」

 風が吹いた方向を見るとポツンと今までなかったはずのトンネルが鎮座していた。

 こんなあからさまに置いてあるのは流石に怪しくないかな?

 それからこのトンネル奥から風がこちらに流れている。と言うことはちゃんと奥に続いてはいると思うけどこんな大草原にトンネル? 

 ここには山も何にもないのに。


 私はこのトンネル? 以外に何かないか見渡す。

 いや、本当に何もない。

 ただ本当にあのトンネルの存在感がデカすぎる。

 あからさまここに入れと言わんばかりの覇気を放っている。


 「じゃ…。あれに入るしかないのか」

 私はとぼとぼこのトンネルの中に入っていった。


 トンネルを潜るとそこに広がっている光景はよくある小学校の中。壁には大きな三角定規がぶら下がり、黒板にはニコニコ顔の磁石がくっつけてあった。

 何より壁に貼られている紙に書かれている文字が幼稚園で学ぶ八重字に勇字の簡単なものしか書かれていないからだ。


 私の体は小学校ほどの大きさしかない。理由は簡単。小学生の教室で机と大きさがあっている時点でそれしかない。それに帰りたくてもトンネルは出た瞬間に消滅していた。

 「これは通らないほうが良かったよね」

 私は心底後悔した。

 

 すると扉が勢いよく開く。

 「あ、見てみてクズメがいるぅ~」

 「ひっ!」

 恐る恐る扉を見ると、思い出したくもない欲にまみれた豚みたいな顔の女子がニタニタ笑いながら扉の前に立っていた。

 

さらに女子に続いて中にずらずら醜い小鬼みたいな顔をした男子の女子が入ってくる。

 そう、この人たちこそが私を虐めてた人。私を苦しめた人―――――。

 体が恐怖のあまり震える。


 そして目の前のいじめっ子たちは私を取り囲む。

 一人の女は欲に溺れた豚みたいな顔をしながら私の体を舐めるように見る。

 「本当にその目嫌いなのよね。そう思わない?」

 一人の女子がそう言うと周りはそれに同調する。


 「この顔をもっとキモくしてあげようね」

 すると女子はカバンから長く、かなり分厚い定規を取り出て私の頬にくっ付ける。

 「や……やめて」

 そして周りの人たちも同じように定規を取り、一人の男子は壁に掛かっていた大きな三角定規を持ってきた。


 「―――――!」

 私はとっさに目を守る。

 その瞬間体中刃物に斬られ、刺された痛みが走った。

 「やめて、痛い痛いから」

 だけど周りの人たちはだれも止めてくれなかった。


 「あ、尻尾邪魔だから踏みつぶさないとな」

 一人の男子はそういって私の尻尾を踏みつける。

 「――――!!」

 声に出ないほど激痛が走る。


 「ちょっと男子〜。折れたら面倒なんだからやめてよね~」

 それからどの位たったのか分からない。

けどとても長かったのは理解した。


 それからようやくいじめっ子たちは満足したのか笑いながら去っていく。

 私は震える手で激痛が走る頭を触り、手を見た。

 「痛いよ……痛いよ……」

 私は眼から涙をこぼす。


 私はふらふらした足取りで女子トイレの個室に入り鍵をかける。

 尻尾は折れてはいないだろうけど動かすたびに痛みが来る。

 「どうして……こんな目に?」

 意識がはっきりしない私は裾を破ってそれを傷口に巻いて止血する。

 特に頭をかなり殴られたせいで焦点が合わない。


 私は質素な天井を見る。

 「……もう嫌だ。早くこんな場所から出してよ」

 私の小さな願いは聞き入れられず上から水をかけられる。

 冷たい、痛い。

 ドアの外からは笑い声が聞こえる。

 私はどうして過去を振り返らされているのか分からない。私は邪神が助けてくれると言ってきたから信じたのに。


 やっぱり邪神は邪神なんだ。


 次の瞬間ドアが無理やりこじ開けられた。

 「おい、何をしてる」

 「……え?」

 

 目の前にいたのは小学校二年の時の男の担任だった。

 担任は大柄の男で汚らしいあごひげに触れながら私の体を舐めるように見る。

 ここ……女子トイレなのに?

 「こここ、ここ女子トイレです……よ?」

 すると突然担任は私の足を掴んで無理やり足を広げた。


 「————!!」

 私はすぐに手で体を隠す。

 「ほ〜う。馬鹿の割には体も良い。欲深い豚どもを釣るにはいい顔だからこれは金になるなぁ」

 担任はビデオカメラを取り出す。

 「や、やめ————」

 私は阻止しようと暴れたけどすでに遅く、担任は私の口にガムテープを貼り付け、腕を後ろに回して縄で括り抵抗できないようにされた。


 無論着物を無理やりはぎとられ、何もかもが知らない、特に男の人に見られてしまった。

 すると担任は私のお腹を触る。

 そして「ほーう」と吐息を私の素肌に掛けてきた。

 気持ち悪い……。

 「お〜と暴れるなよ? もし暴れたらどうなるかバカでもわかるだろ?」

 「————っ」

 背筋に寒気が走る。

私はもうやめてと心で願いながら長い時を屈辱とともに過ごした。


 ————————。

 —————。

 ——。


 長い時間が経過し、ようやく終わった。

 担任はビデオカメラで撮った映像を確認する。

 「よーし。これだけあればいけるが……。素材にしては少ないか。それじゃこれからも頼むぜ? 天河ウズメさん」

 担任はそういうとトイレの個室から出て行った。

 私はボロボロに脱がされ、床に捨てられた着物を拾い、前を隠す。

涙が頬を伝う。

 

 どうしてもう一度嫌なことされないといけないの……。どうしてこんな目に遭わないよダメなの……。

 誰も助けてくれないし、訴えてもどうせ「嘘つきは何の始まりか分かる?」て聞かれて「泥棒」と正しい回答をしても「何で泥棒?」みたいな頭の悪い返答しかされない。

 みんな私の敵なんだ。誰も味方してくれない味方なんて存在しないもん。

 私は静かに目を閉じる。


 それからというもの私が過去に経験した対人関係に関した記憶を思い出させられた。

 トイレから出た後、いきなり背後から高学年の男子に抱きつかれたり、それを見た教師が「キモイぞ」と男子でなく私を叱ったりした。

 それから私は呼び出され、訴えてもいくら訴えても問題として取り上げてくれない。


 挙句に「親に言うぞ?」と脅される。


 結局私は親に言われて騒ぎが大きくなるのが怖くて何も言えなかった。

 「————」

 それからは中学校まで受けた虐めをもう一度経験させられた。

 

 時間で言うと六年分の虐めをもう一度受けた。

 そんな長い時間経過しても案の定誰も助けてくれない。誰も味方してくれない。

 彼らの目は節穴なの? あれほど近くで虐められている


 「あ————また」

 そしていつからか教科書が必ず朝は新品になっている。けど、夕方までにはボロボロなんだけど。

 これもまた嫌がらせ? 誰かが助けてると思わせて助けてくれないで延々に苦しめる。

 もっと悪質じゃない。


 そういえばどうして私はこんなことしているんだっけ?

 いや、トンネルを潜ったからだ。あのペラペラしたトンネルを潜ったからこんなことになった。

 全部あの邪神が悪いんだ。ほんの一瞬でも、一瞬でも私を助けてくれるって思わした邪神が悪いんだ……!


 「おい聞いてんのか!!」

 「———っ!」

 私は後ろに蹴飛ばされ物入れに頭を強打した。

 目をゆっくり開けるとそこにはやっぱりあの人たちがいる。

 「さ〜て今日は何する? 定規で遊んだりボールで遊んだり……そして給食で遊んだり……。てかさ? もうそろそろ死んでくれない? もう遊びを考えるのもするのも面倒くさいいんだわ」


 私から体の力が抜ける。

 「もう……死んだら何もしないの?」

 「そうだよ? だから消えろって」

 「へへへ。だったら殺して? 殺してよ」

 不思議と私は口元が歪む。


 やった。もう痛いことされないんだ。

 「は、はぁ?」

 「ほら。早く殺して。楽にしてよ」

 もう自由なんだ。ようやく自由なんだ。

 私はフラフラした足取りでこの人たちに近づく。

 

 いじめっ子たちは私を見て震える。

 「き、気持ち悪い……近寄ってくんな!!」

 その時近くにいた男子に腹を殴られる。

 「痛い……苦しい」

 でも……これを後少し、あと少しされるだけでもう楽になれるんだ。

 そうだよね、楽になれすんだよね。

 

 私はさらに近寄る。

 「もっと……もっと強く殴って殺してよ」

 「ひっ——」

 いじめっ子達は怯えた顔で後ろに下がる。


 「殺して、殺してよ。早く。早く殺してよ」

 その時誰かに髪の毛を掴まれ、持ち上げられた。

 「おいまたお前かこの問題児が!!」

 声を聞いてみると中学の担任。

 そいつは私を容赦なく地面に叩きつける。


 すると目の前が点滅した。

 「いだい。痛い……」

 鼻からは血が流れ、着物は血で真っ赤に染まっていた。

 「痛いよ」


 私は後ろに振り返る。

 そこには体育会系の体格をした担任にすがるようにいじめてきた男子が私に指を差す。

「せ、先生こいつが僕たちに殴れとか言ってくるんです~」

 こいつは自分がしてきたこと分からないのか。

 そう心の中で嘲笑した。

 

 「何ですかまた騒ぎですか?」

 さらにこの騒ぎに女教師が駆けつけてきた。

 女教師はこの状況に気づいたのか私を睨む。

 「あぁまたお前か。何度言ったら分かるんですか?」


 女教師は私の胸倉を掴む。

 今とにかく首が痛い。

 何故なら現在進行形で女教師が胸倉で体を掴み上げられ、髪の毛を担任がわざと下に引っ張っているからだ。

 担任は猿のように喚きだす。

 「本当にこいつは問題児だから一発教えてやらんとな!!」

 すると担任は私の髪の毛から手を離し、頬に平手打ちしてきた。

 「痛い……痛い……」

 「まずはごめんなさいだ。お前は馬鹿か!」

  次に女担任は私の急所を蹴る・


 早く死にたい。

 早くこの世界から消えたい。早く私を消して早く私を殺して。

 もう痛いのは嫌なの。


 「殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ殺して殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ殺して殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ殺して殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ殺して殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ殺して殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ殺して殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ殺して殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ殺して殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ殺して殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ殺して殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ殺して殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ殺して殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ殺して殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ殺して殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ殺して殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ殺してよ——————」


 その時担任と女教師、そしていじめっ子は体が上半身と下半身で分離した後、光の雫となって消えた。

 「あれ? どうして……?」


  周りの風景が小学校の時の教室に戻った。

 「え、戻った?」

 やはりこの教室には私以外誰もいない。

 「また……最初からさっきのいじめを受けろと言うの?」

 私は心底愕然とした。


 どうやら邪神は根っこからの邪心で、優しさを期待した私が間違っていた。

「死にたい……誰か殺してよ……」

 私は目を抑えた。

 『貴女が死にたくても私は生きたい』

 どこからか幼い私の声が聞こえる。

 「嫌だ、私は死にたい。私に生きる価値なんて存在するの? 私は妖怪妖怪って言われ続けて耐えてきたのに結局は誰も味方じゃなかった」


 『チヒロさんはずっと味方にいてくれた。けど貴女は一回間違いを犯しただけでどうしてここまで落ち込むの?』

 「当たり前でしょ。今まで信頼してくれた人なんだよ? その人を裏切ってしまったら誰だって落ち込むじゃない」

 『逆に言ったらチヒロさんは間違いを犯してない?』

 「そんなわけがない。だってあのチヒロさんが……そんな間違いをするなんて」


 『チヒロさんも貴女と同じ高校生。貴女と同じなの』

 「そんなこと言ってもチヒロさんは私よりずっと出来る。それに比べて私は何もできない」

 私はその場に座り膝を抱える。

 

 「ウズメ?」

 すると目の前から縫お姉ちゃんが駆け寄ってきた。

 縫お姉ちゃんはまるで悍ましいようなものを見る目で私を見下ろす。

 「ウズメ……一体どうしたの?」

 「縫お姉ちゃん……」

 「ウズメしっかりして。一体どうしたの!?」


 縫お姉ちゃんは私を軽く揺さぶる。

 「縫お姉ちゃん……私のこと好き?」

 「ん? それは当然でしょう」

 「好き……。縫お姉ちゃん好き……」


 私は縫お姉ちゃんに頬すりをする。

 「縫お姉ちゃん縫お姉ちゃん縫お姉ちゃん……!!」

 「ウズメ……少しは自立しなよ」

 「————?」


 すると縫お姉ちゃんは服小さくなり、どこか見覚えがある人形となった。

 「縫お姉ちゃん?」

 いや……どうしていなくなるの? 私のこと好きじゃないの?

 どうして私の傍からいなくなるのよ……やだよ。やだ、やだ!!


 私は人形を拾って強く抱きしめる。

 「私のそばから離れないでよ。私を置いていかないでよ。一人は嫌なの……」

 その時教室の扉が開く。

 「――――――!!」

 入ってきたのは黄緑の髪の人狼の女の子だった。

 

 その子は新品であろう新しい教科書をかかえ私の席の前に来る。

 「よし、あの子たちはいないね」

 そういうとボロボロになった私の教科書を机の中から取り出し、新品のものと入れ替えた。

 「ごめんね天河ちゃん。本当は直接助けてあげたいけど……本当にごめんなさい」

 その子はそういって立ち上がる。

 「あの、貴女は?」

 その子は私の静止の言葉が聞こえなかったのか走り去った。


 そういえば最初に入ってきた時点で私の子と見向きもしなかったから気づいてような―――――。

 「いや、そうじゃない。確か途中から教科書が新品にすり替えられていた―――」

 もしかしてあれはあの子がしていてくれたの?


 『そうだよ』

 すると幼い私が目の前に現れた。幼い私は私の顔を覗き込む。

 『私も、貴女も誤解していたの。私は一人じゃなかった。私が知らないだけで助けてくれる人がたくさんいたの』


 その時私の中で家族が浮かび上がった。

 「……お父さんも、縫お姉ちゃん」

 『そしてお母さん。それからあまり組では目立ってない子たちとかも陰ながら助けてくれた』

 「――でも、今のところ知っているのはあの子だけだけどね」

 私はあの子が去っていった方向を見た。


 幼い私は少しうれしそうに笑う。

 『ねぇ、私はもう我慢しないで助けを呼んでも良いのかな?』

 幼い私を嬉しそうに首を傾げる。

「そうね……」


 私はずっと助けを求めなかった。

 いや、それを親に相談すること自体怖がって怯えていたんだ。親に話したらその後あのいじめっ子がどう動くのかが分からず怖かったの。

 だけど……私はそもそもあの時点で話していたら変わったのかもしれない。


 「悩み事や助けを求めないと後悔するから。呼んでもいいと思うよ」

 『……だね』

 「それと……」

 私は手に持っていた縫お姉ちゃんの人形を上げる。

 「私は依存していたのかな」

 『依存?』

 「うん。私は怯えていたの。また一人になるのが。だからこそ私はずっと誰かの傍に痛がった」


 すると幼い私は私の頭を撫でる。

 『そうだね。縫お姉ちゃんが来る前は動物だったけど来たとたん縫お姉ちゃんに衣替え』

 「そうそう。私はいい加減な女。自分の近くで楽に安心できる場所があったらそれに依存し続けるもの」

 私は笑い飛ばす。

 『まるで獣ね』

 「何言ってるの。人狼の時点で半分獣じゃない」


 幼い私はクスクス笑う。

 『と言ってもこれは人も同じ。人も他人を信じ続ける人が世の中たくさんいる』そうかもしれないね」

 『少し質問だけど私がチヒロさんに他人依存症と言われても否定できなかったのは事実だからよね?』

 「うん。事実。けど、それは否定できないことだし私自身チヒロさんに依存してた。そして気づかないうちに他人に対して勝手に拒絶していた態度をとっていたのかもね」


 『後悔してる?』

 「ううん。だったらその分変えたい」

 『ならもうあの過去は振り返らない?』

 「――――」

 私は頭を掻く。

 それは否定も出来ないから。だけどよくよく考えたら私は時を司る神でもなんでもないから振り返ること自体時間の無駄……そうか。邪神が過去を振り返らせた理由は……。


 「うん。振り返らない。だって私は今に生きてるしね」

 『今に?』

 「そう。今に生きてる」

 そうだよね。だって私が農業高校を選んだ理由は初めて学校公開でこの高校に訪れたときにキク先輩から言われた―――。

 

 ―――どうして生物で芸術してるかって? そんなの単純だよ。時は待ってくれないから今を楽しく、面白くやりたいことをするのが高校での私の目標だからね!!


 その言葉に私は惹かれたからこの高校に来たんだ―――!


 「それに自分が好きなように生きて自由に生きるのが私らしいから」

 『ササ先生みたいね』

 幼い私は笑う。

 「そうだね」と私は返した。


 そして幼い私はゆっくりと私に近づく。

 『で、貴女が気づかないだけで周りの人が助けてくれていたのは分かった。そして今に生きることも』

 「うん。多分だけど本当は縫お姉ちゃんに指摘された時でもどうすればいいのか分からなかった。で、結局チヒロさんと正面を向いて話すことができなかった」


 そもそもどうして私はあの場にいたキク先輩に話せなかったのでろう? 怖かったら? そんなはずはない。

 だって私が一番しているはずだもん。キク先輩がとても優しいと言うことは。ならなぜ私は相談できなかったんだろう。


 「それは私が怯えていたから」


 私は怖かった。

 もし話したとして同情してくれないのかと考えると話すのが怖かったんだ。

 そうだ、私は怯えていたんだ。

 そのことは信頼できる人、家族以外に話すのが怖かったんだ。

 だから私はチヒロさんに言いたいと思うはずもなく、一週間もうだうだしてしまった。

 「もしかして……」

 私は顎に手を当てる。


 「もしかして邪神は私を虐めていたんじゃなくて、過去を振り返ることで過去との決別。そしてその過去を今に至っても引き摺らないで、他人を怖がらないと伝えたかった……」

 そうだとしたら色々と辻褄が合う。

 邪神は確かササ先生が言うには心を見通せる神。だとすると邪神は私の心を見てそれを哀れに思って助けると伝えた。

 

 で、その助ける方法が過去を見てそれを乗り越える。

 それだけじゃなくてその過去の人たちと今高校で近くにいる人たちを見てどう違うかを見分け、他人というだけで拒絶はおかしいと言うのを私に教えたかったから。

としたら今までのことが理解できる。


 「他人を、他人だから拒絶じゃなくて。少しでも仲良くできるきっかけがあるのなら自分から受け入れていく。邪神はそれを言いたかったの?」

 すると空、そして空間が最初にいた草原に変わった。

 

 そうか、これが正解だったんだ。

 私は周りを見渡す。幼い私はいつの間にか消えていた。

 そういえばあの子は声だけと思ったら急に姿を見せて着たり……。

まるで邪神みたい。


 「もしかしてあの子が邪神だったの?」


 ま、良いか。

 「私はずっとチヒロさんに拒絶されるのが怖くて、拒絶を自分からすることで自分の心の痛みを実感させることで、私がどれだけチヒロさんを信頼していたかを分からせる為だったんだ……!!」

 気づけば私は泣いていた。それもあの嫌な出来事以上に泣いていた。

 私は気づかなかっただけで、心の奥底では縫お姉ちゃんと同じように私は依存していたから。依存していたからあのとてつもない虚無感に襲われたんだ。


 私は涙をボロボロ落とした。

 まるで赤子のように私は泣き続けた。


「いや、もう泣いても遅いよね。だから今できることはササ先生が言っていた。

本音のぶつけ合い」


 その時空から大量の雨が降って来た。

 前は真っ白で何も見えない。

 「雨? え?」

 さっきまで空は晴れてた……いや、晴れてるのに大雨。

 空を見るとさぞ当たり前みたいに太陽が私を見下ろしている。そして空は雨が降っているものの晴れている。


 異常気象かな?


 「―――さん」

 「え?」

 私は地面を見る。

 おかしい。確かに今地面から声が。

 「ウ―メさん」

 「いや、聞こえる!! 誰かいるの?」

 あ、邪神の可能性もあるんだった。

 『そんなわけないでしょう』

 「あ」


 するとまた唐突に目の前に幼い私――邪神? が現れた。

 『前から思っていたけど貴女少しばかりおバカじゃない?』

 邪神(仮)は呆れた顔を見える。

 いや、それは自覚してるけどまるで幼い私に言われてる気がして複雑。

 「えっとじゃこの声は邪神ではないと言うこと……」

 『あら、気づいてたの?』

 「え、ううん。ちょっといきなり消えたり現れたりしたのと。私の心を見通している気がしたからね」

 正直言うとうっかり口を滑らしただけなんだけどね。

 『ほー。なら前言撤回しますね。結構鋭い考察で感心しました』


 邪神(仮)は感心したのか手を叩く。

 『はい。私が邪神です。色々辛いことを思い出させてしまってごめんなさい――』

 「ウズメさん!!」

 その時地面から大声が聞こえたと思ったら足を掴まれた。

 「はい?」

 足下を見下ろすと地面から綺麗な手が私の足首をがっしりと掴んでいる。

 

「ひっ! なにこれ!?」

 『丁度迎えが来ましたね』

 「む、迎え?」

 「ぶはぁ!! ウズメさん!」

 地面からまるで魚のようにずぶ濡れのササ先生の頭が飛び出してきた。

 「ササ先生!? どうして地面から?」

 『じゃ、私の役目はもう終わりね』


 すると邪神は光の粒になっていく。

 「ウズメさん、早くこちらに!!」

 「え、え?」

 頭の処理が追いつかない。て、ササ先生はどうしてそこに?

 『―――落ち着いて』

 「え、どうして」


 邪神が私の腕に触ったとたん体が地面に沈んでいく。

 「え、どうして……」

 「邪神!?」

 ササ先生はようやく存在に気づいたのか驚く。

 ていうかようやく存在に気づいたんですか。


 『ここは私の魂の中。そら私から拒絶しないと出られるわけないよね』

 「待って、いまいち情報がまとまってないんですー!」

 「ウズメさん!! よいっしょ!」

 「ふぁ~!」


 ササ先生が足を引っ張ったとたん地面の下に入った。

 てあれ?

 地面の中なのに水の中みたい。

 それにここは邪神の魂の中だった―――。あ、そうか。


 私と一つの意味は邪神の魂と交わろうと……そういう意味だったのかな。

 どんどん沈んでいく中上を見ると邪神は嬉しそうに涙を流していた。

 そしてパクパクと口を動かしている。何を言っているのかは分からない。

 その時微かに頭の中に――――。

『無理に嫌なことを思い出させてごめんね。そして、私を消してくれてありがとう』

 そう聞こえた気がした。


 そしてついに邪神は光の粒となって消滅した。

 「ウズメさん?」

 ササ先生は私を抱きしめる。

 ササ先生は私との約束を守ってくれた。そして私に本音をぶつけることを教えてくれたおかげで、私がどうしてそれが出来なかったって気づくきっかけにもなった。


 「その、ありがとうございます。ササ先生」

 「良いですよ。悩んだときは一回暴れてみるのも良いのかもしれません。けど」

 ササ先生は私のおでこにデコピンする。

 「いたっ!」

 「けど、これは本当に危険すぎるので今後しないように」

 「ははは……すみません」


 「では、そろそろきますよ」

 「そろそろって?」

 すると急に上から叩きつけるように水流が下に一気に押し寄せてきた。

 「ん!?」

 「た、耐えてください!!」

 私とササ先生はまるでマグロみたいに高速で水の奥に沈んで行った――。





 最後に。邪神もどうして味方してくれたのかは理解できなかったけど。

 私に色々と教えてくれて、本当にありがとうございました。

 

 

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