第10話 狼少女の邪シン

「さーて、言霊術の授業を始めます。教科書とノートを開いてくださ~い。確か前回は『農業と言霊術の始まり』でしたね」

教室の中に子猫の鳴声のように可愛らしく、風のように授業を進める私の組の担任こと無免許の外科医ならぬ無免許の教師ササ先生の声が響く。


 今日はチヒロさんが考えてくれた生物工学部での一年生(チヒロさん)が考えた研究を開始する日。

 研究内容は何度かチヒロさんに聞いてみたけど「内緒です」としか言われてないけどどうなんだろう。

 

 私はその心配を心のどこかに置いて、廊下側の一つだけポツンと空いた席を見る。

 そう言えばここ数日ワラが学校に来ていない。先週の土曜日はとても元気そうだったのにどうしたのかな。

 確かワラは先週の土曜日元気そうに一緒に水族館に行ったりプリクラに行ったりしてたのに。

 

 「————あ」

 そんなことをずっと考えていると鐘の音が校内に響き渡った。

それと同時にササ先生は動かしている手を止める。。

 「丁度授業が終わったみたいですね。では今日はここまです。五六限目の授業に遅れないようにしてくださいね~」

 ササ先生は授業の終わりを告げると教室から出た。


そして昼休みを経てようやく放課後になると私は生活循環のようにチヒロさんと一緒に部室に向かう。

 そこから部室まで私とチヒロさんはお互いの会話で盛り上がりながら部室に入るとすぐに実験の用意に取り掛かる……訳でもなく今回はツキヤ先生に資料を渡してからするため少しの間待機だ。


 私はチヒロさんの隣の席に座る。部室には私たち以外人はいない。それはスズカ先輩やオホウエ先輩の実験日ではないからだけど、こんな時に立ち会うのはとても珍しい。

 「そういえばウズメさん」

 「どうしたの?」

 チヒロさんはカバンから図がたくさん描かれた五枚ほどの紙を私に渡す。

 えっと『放線菌農薬についての研究 一年四組徳田チヒロ』と表紙に書かれている。

 「これはツキヤ先生に見せる予定の資料です。ちょっとウズメさんにも確認して欲しかったのですが……お願いできますか?」

 「うん。ちょっと読むね」

 私はチヒロさんから渡された資料を一文一文慎重に読んだ。


 ————私たち生物工学部一年がなんども話し合いながら考えた研究内容は放線菌農薬についての研究です。

 これは一度五十年前ほどに先輩たちが実際に研究したものの結局不明のまま今までずっと放置されてきました。

 しかし、近年放線菌農薬についての研究が活発化し、需要が増加しています。

 現に先輩たちが残した研究資料の中にも近年注目されている物質や効能などの記録が残されており、私はそれに目をつけ、もう一度この研究をしてみようと考えがまとまったからです。


 ……うん、すごく難しそう。


 「あの、どうでしょうか? 私はよく勘違いされるのですが国語は書くのが苦手なんですよ」

 チヒロさんは少し照れながら顔を覗き込む。。

 「ううん。違和感はなかったよ。むしろとても読みやすかったよ」

 チヒロさんはそれを聞いていつに増して嬉しそうに私を見る。

 そんな顔で見られたらも何も否定する理由なんてどこにもないんだけどね。

 私とチヒロさんはお互いを見ると笑顔をこぼす。


「そう言えば……ツキヤ先生遅いですね」

 チヒロさんは時計を見る。

「あ〜。そういえば先生たち会議だったと思うよ」

 「それは知りませんでした。今日が会議だったんですね――あ」

 

 チヒロさんのカバンの中から携帯の着信音がする。

 チヒロさんはカバンから携帯を取り出して開けると額から冷や汗が流れた。

 「ウズメさん。すみませんがちょっと急用が入ったので先に帰らせていただきます。あの……申し訳ないのですがツキヤ先生にこの資料を渡してくれませんか?」

 チヒロさんは頭を下げた。


 「う、うん。分かった。任せて」

 「すみません。本当にありがとうございます」

  チヒロさんは頭を下げると大急ぎに教室から出た。

 急用ってどうしたんだろう。チヒロさんの身になにか無ければいいのだけど。



 それからしばらく私は暇つぶしに目を瞑ったり本を読んだり研究室を回ったけどどうしようもないほど暇だ。

 すると部室の扉が大きな音を出す。

 「『どうしよう、すっごく暇だ……』って今ウズメちゃん思ったよね!!」

 そう、今入室してきたのは生物工学部随一の苛つかない騒音で頼れるお姉さんの立ち位置にいる他ならない我が生物工学部部長のキク先輩だ。


 いやいやいや……。

 「先輩受験じゃないんですか?」

 「ふっふっふ。甘く見られちゃ困るよウズメちゃん。今日はちゃんとした用事だよ」

 「用事って……。何か入試とかの資料ですか?」

 「うんそうだよ。やっぱり表彰状とかの記入忘れを確認したくてね」


 キク先輩はそう言って私の隣に座る。そして私の髪を弄り始める。

 「そういえばウズメちゃんたち何か用事? 多分今日はうちの部は活動していなかったと思うけど。それにチヒロちゃんがなんか走って帰ってたけど」

 「あ、それは————」

 「待って! ちょっと当ててみる!! よし……一年の研究内容が決まったから先生に伝えようときているんだね? でも、やっぱりあの真面目なチヒロちゃんが走ってた理由がわからないよ〜」

 

 「チヒロさんは最初いたんですが用事が入ったみたいなんです。あと、先輩よく気が付きましたね」

 「そらすぐ気づくよ」

 キク先輩はそういうと私が前に置いてある研究資料を————あ。


 「ふふん、理解できた。私はこう見えて鼻が効くんだよ」

 「いやこれは鼻関係あります?」

 キク先輩はそんな私の疑問より研究内容に興味が移っているようで私の声が聞こえてないみたい。

 

 するとキク先輩は驚きの顔を見せた。

 「ほえ〜。真面目だね〜」

 キク先輩はニヤニヤ笑いながら私を見て。

 「ちょっとこれについて詳しく教えてくれない?」

 「は、はい——————」

 と、とんでも無いことを突きつけてきた。

 これ私も理解できていないんだけど。


——————————。

———————。

————。


 それから少しキク先輩に説明しているとツキヤ先生がようやく来た。

 私は一旦キク先輩に「」チヒロさんに言われていた通りに資料を見せて私ちょっと待って下さい」と頭を下げてツキヤ先生に今手に持っている資料を渡す。


 ツキヤ先生はその資料に目を通すと感心してたのか頷く。

 「なるほど。で、ウズメさんたちが研究するのはこれなんだな?」

 「はい」

 「分かった。それから今日は活動しない感じかな?」

 「そうですね。今日私一人なので」

 「了解。なら気をつけて帰るんだぞ」


 私はツキヤ先生に頭を下げると部室から出て、キク先輩と一緒に下校する。

 「でも驚いたな〜。まさか君たちが放線菌の研究でなおかつ頓挫した研究をするなんて」

 「え、あれキク先輩がチヒロさんに進言したわけじゃないんですか?」

 「うん。してないよ。ただあるとすれば先週チヒロちゃんがやって来て『放線菌って農薬になりますか?』っ聞いてきたから私が『出来ないことは無いよ』って言っただけ」


 なるほど。ならこれは別にキク先輩がチヒロさんをそそのかした訳でもなく、ただ純粋にチヒロさんがしたかっただけか。


 すると隣の料理店に泊まっていたいかにも高そうな車から眼鏡をかけたぱっつん前髪の秘書らしき若い女性が降りてきた。

 「ちょっと良いですか?」

 「「————」」

 

 その女性は一度眼鏡を上げて、私に鬼のような視線を突き刺す。

 「少し聞きますがそこの藍色の人狼さんは天河ウズメさんでお間違えないですか?」

 「は、はい」

 すると女性はあざ笑うかのように「はっ、何でこの優秀な私が小汚い人狼の娘の取材に行かないといけないんでしょうねぇ?」と言ってきた。


 えっと……はい? ちょっと何言っているのかが意味わからない。そもそもこの人とは初対面なのにどうしてこんな酷いこと言うの? それに急に。

 「ちょっと良いですか?」

キク先輩は拳に力を入れながら私の前に出る。


 「うちの後輩が何かしましたか? もし何かご迷惑をおかけしたら謝りますが、ただの鬱憤晴らしに絡むのなら警察に通報しますよ。それと初対面の人にそんな口きいてもいいと思っているのですか」。

 「ふん。私がそのような狼藉を働くはずが無いでしょう。私を誰だと思いで? 私は徳田チヒロの母エリコです」

女性はキク先輩に対して鼻で笑う


 まさかのチヒロさんのお母さん!?

 驚きを隠せずにいるとエリコさんは私に詰め寄る。

 「すみませんがうちの娘に関わるとやめていただける? 貴女が近くにいるだけでうちの娘に不幸が被ったらどうするのですか?」


 不幸……?

 私の目の前が一瞬真っ暗になった。

 そして幼い時の情景が頭の中で蘇る。

 それの情景はかつての中学校の時のことだった。

 

『お前といると不幸なんだよ』

 いきなり男子から悪口言われたり。


 『人狼って本当にきもいよね。だって耳が変だし尻尾生えているし』

  そして体育でも球を使った競技で酷いことを言われながら当てられ続けたり。


 『それに今頃そんな中二病みたいに動物の声が聞こえるだぁ? 頭おかしいんじゃないのか? ちょっと先生良い病院教えてやるよ』

 それらを全て先生に話しても、真実を話しても信じてくれない。


 そして情景は元に戻る。

 「――――――!」

 私は口から込みあがってくる汚物を何とか防ぐ。

 やだ……思い出したくない……。

 私がしていることが不幸って一体どう言うこと?

 その時キク先輩が眉間を震わせた。

 「それは保護者としてどうかと思いますよ?」

 キク先輩は私の代わりに声を上げてくれた。


 「一体貴女の家で何が起きているのかは知りませんが、それをその友人に向けるのはお門違いじゃないですか。それに初対面でいきなり人狼というだけで差別なんて酷くないですか? しかもその娘さんの友人に。今すぐ謝罪してください!!」

 「ふっ、こっちの家の事情を知らないのにそんな口叩いて」

 「そら誰だっていきなり誹謗中傷してくる人を怒るのは当たり前じゃないですか。だったらもし私たちがチヒロちゃんにいけずしていたらどうするのですか?」


 「そら怒るでしょう」

 

 「だったら私が怒るのも分かりますよね。こんなに可愛い後輩を泣かせる人なんて許しませんよ」

 「けどね……。なら貴女とその子は姉妹なのかしら。私が怒るのは母親として。貴女が怒るのは後輩としてよね? その時点で場合が違うじゃない」

 けど、エリコさんはまるで無関心を示すように反省の色さえ見えなかった。


 「それでも、今こうして怒られているのは分かりますよね? なら、謝るのが筋じゃないですか」

 「私はそんな子供の戯れに付き合うほど暇じゃないのでこれで帰らせてもらいます。もう一度言いますが今後一切娘の近くにいないでください」

「ちょっと逃げるんですか!!」

 エリコさんはキク先輩の声を無視してそのまま車に乗って去っていった。


 ——————今後一切娘の近くにいないでください。


このエリコさんの言葉は私のような柔らかい桑で抉った。


 そしてあれから私は無限の虚無感に包まれながら家に入る。あれ以降私はキク先輩とは一言も会話をしないで帰宅した。

 その時キク先輩は「気にしたら駄目だよ」と言ってくれてたけど私にはどうもそれが出来ないみたい。


 家に入って私を出迎えたのは縫お姉ちゃんを含め家族からの心配の声。けど、その声は私の心には響かなかった。だってそれは壊されてしまったのだから響くことなんてできない。


 言えば今の私の心は他人を拒絶することも受け入れることもできない。

まるで一度経験した快楽をもっともっと欲しがる獣のように私はその快楽を失いたくないのだ。

私の中でのチヒロさんは私の心が人生で一番『喜び・幸せ』を得ていたのに、それを否定された。


 その時襖が開いて縫お姉ちゃんが入ってくる。

 「あ、あの。ウズメ。何があったのか説明してくれる?」 

 部屋の片隅で膝を丸めている私の元に縫お姉ちゃんはおかずが盛ってある小皿を持ってきた。

 「話したくない。聞かないで」

 「……またいじめられたりしたの?」

 「……違う……」


 「ならどうして? だってお友達との映画————」

 「今その話しないで」

 「————分かった。お腹が空いたらいつでも来てね。置いてあるから」

 縫お姉ちゃんは何か悟ってくれたのか部屋から出た。


 「ごめんなさい……ごめんなさい」

 私は縫お姉ちゃんに聞こえないぐらいの声で謝り続ける。

 その時、携帯で通話音が聞こえ、開いてみるとチヒロさんからだった。私は渋々通話を繋げた。

 『あ、あのウズメさん』

 「——どうしたの?」 

 『放課後家の者が失礼なことをしてしまい、本当にごめんなさい』

 それはチヒロさんからの謝罪の言葉だった。


 でも、どうしてチヒロさんが謝るの? チヒロさんは一切悪くないのに。

 もしかして、チヒロさんも私のことをそう思っていたの?

 「チヒロさんはさ。私といて不幸?」

私はチヒロさんに聞いてみる。


 『そ、そんなことありません……! むしろ幸せで————』

 「なら、どうしてチヒロさんのお母さんが私のところに来て不幸と言って来たの?」

 『そ、それは私の家は女系で……。少し昔に人狼と揉め事を起こしたのかで呪いがあるという教えがあって————でも、私何も』

 「でも、その教えがあるじゃない。その段階で私はもう————信頼できない」


 私の目から涙が溢れる。チヒロさんの家にそんなしきたりがあるなんて初めて聞くし、もしそんなしきたりがあるのなら裏で悪口が言われているのかもしない。そんな恐怖が私を怯えさせる。

 するとチヒロさんも泣いているのかすすり泣いている声が聞こえる。


 『わ、私だって聞いたのは最近で、知らなかったんです。知ったのはウズメさんと映画を行く話をしたときで、それまでは————』

 「なら、映画を見るのやめよう。私といたら呪われるんでしょ? チヒロさんがどうとも思ってなくてもそれが原因でチヒロさんの家庭が壊れるよりましだと思うから」

 「——! ウズメさ————」


 私は通話を切る。

 ————私は今まで人狼というだけでいじめられてきた。動物の声が聞こえるというだけでいじめられてきた。

 でも、高校ではもうない、桜のように楽しい日々が続くものだと感じてたから。

 なのに、神様はそんな日々をずっと続けることを許してはくれない。


 「もう、みんな死んじゃえばいいのに」


 それから一週間、気まずい日々が続く。

 チヒロさんと会ってもお互い無言を貫き、目を合わせることさえ拒絶してしまう。

 そんな私を見かねて、ある日の放課後、ツボミちゃんが私を食堂に連れて行った。

 ツボミちゃんは私をじっと見て「チヒロちゃんと喧嘩しているの?」と言った。

 確かにこれは側から見れば喧嘩したように見えるのかも知れない。でも、実際はチヒロさんは関係なく本当の犯人はチヒロのお母さん、エリコさんだ。


 「ねぇ、どうなの? アタシとしては仲のいい二人に戻って欲しいし多分組のみんなはそう思っているんじゃないかしら?」

「——————」

 私はよく分からないことを口走るツボミちゃんをほっといて食堂に出ようとしたけど腕を掴まれた。


 「それとウズメちゃん。人と話す時はきちんと目を合わせる」

 「————一人にして」

 「ちょっと待って!」


 辛い、辛いよ。

 心が痛くムカムカする。

  

 私は少し庭園に向かった。

 それから池にあるベンチでゆっくりしようとそこに向かうともうすでに先客がいた。

 

 チヒロさんだ。

 

 チヒロさんは膝を抱えて涙を流している。

 私とチヒロさんの拗れた関係は全てエリコさんが原因。なのにどうして私はチヒロさんを避けてしまうの?


 チヒロさんは悪くない、私も悪くない。

 なら、これは誰が悪いの? 

 『ねぇ……私と一つになろう?』

 「————!!」

 後ろからあの“心の世界”で聞いた私の声を聞いた。


 後ろを振り向くと心の世界で遭遇したもう一人の私がそこに立っていた。

 『一つになろう。身も心も一つにしてしまえば全てが楽になる。もう不幸という鎖に縛られなくても良いの。その鎖さえ外し、その不幸の大元の原因である欲望や願望さえ消してしまえばもう怖いものなんてないよ』

 もう一人の私は徐々に私に近づく。

 「うるさい」


 『何も貴女だけが不幸にならないでも良い。逆にみんなを不幸にしてやれば良いじゃない』


 「うるさい……」


 『私は貴女の味方。貴女の中に住まうもの』


 「……うるさい……!」


 『世の中善が短命悪が長命というように、善だけが不幸にあり悪が幸福となるのはおかしくない?』


 「やめてよ……もう私に関わらないで……」


 『なら一つになりましょう?』


 「やだ……」


 『それならどうして?』


 「一人はやだ……一人はやだよ……。私を一人にしないで……孤独にしないで」


 『別に一人になるわけじゃない。ただ私が貴女の前に現れなくなるだけ』


 「やだぁ……。私から離れないでよぉ」


 私の目から涙が滝のように落ちる。

 もう一人の私は静かに私を抱きしめた。


 『魂は太古の昔から呪われている。一度はこの呪いは折角消えたのに愚かな一族のせいで再び呪われた。この呪い自体を解くのは簡単。だって私を殺しさえすればいいのだから』

 「殺すって……」


 すると背中が軽くなり、立ち上がるとそこにはもうあの私が空気に溶けたかのように、どこを見渡してもいない。

 「やだ……。やだよ……」

 「けど、他に方法。それはね――――」

 

 ——————————。

 ——————。

 ———。


 「えい」

 右頬に鋭い痛みが走る。

「痛い!! ……ササ先生?」


 目を開けると周りはもう特に薄暗く、周りを見渡すと私はどうやら庭園のベンチで寝落ちしてしまったらしい。

 さっきまで私は不思議な夢を見てたの……?


 待って、私ベンチに座っていたっけ?

 「その……」

 「――――――ここまでチヒロさんがわざわざ運んでくれたんですよ」

 「チヒロさんが……」


 私はササ先生にしがみついた。

 「あ、あの?」

 「……私、チヒロさんに酷いことを言ってしまったんです」

 「酷いことって?」


 「チヒロさんとせっかく映画の約束したのに。チヒロさんのお母さんに酷いことを言われたからやめるって言ってしまったんです。……」

 

 「なるほど。そういうことだったんですね」

 するとササ先生は独り言のように言う。

 「………?」

 「傍から見てもすぐに喧嘩してると分かりますよ。それに、これほど仲がいいチヒロさんがそう思ってると思っているのですか?」


 ササ先生はそう言うけどどうせ幻想。私のそばになんて誰も近寄ったりしないもの。

 だってそれが当たり前ですから。

 「もし、そうだとしても……。チヒロさんの中での私は」

 「————それ、師匠に一度怒られたでしょう。その憶測だけで怯えて他人を拒絶する。私から見てもムカつきます」


 ササ先生は私の方に手を置く。

 「もし、言いたいこと、聞きたいことがあれば自分から行ってもいいのです。もし、行かないのならそれはただ貴女が他人に対して怯えているだけでどうもならない。だから、明日また直接話してみましょう?」

 「……それ、信じてもいいんですか?」

 「もちろん。貴女は私の大切な生徒であると同時に師匠の大切な妹ですから」

 ササ先生は私に光のような微笑みを向けてくれた。


 「それに、ウズメさんは少し昔の私に似ているんです」

 「昔のササ先生に?」

 「はい。私も小さい時この銀髪が大嫌いでした。周りからは気持ち悪がられたり避けられたりした。それと、ミコト君と初めて会ったとき実はミコト君のこと嫌いだったんです。同じ銀髪だけど私と違って勇者の資格がある。だからその無表情の内側では私の悪口を言っているんだろうって」


 「ならどうして今も一緒に?」

 「ふふっ。理由は簡単ですよ。私が純粋に勘違いしていただけでミコト君はそんなこと思ってもなくて、私のことを信頼できるお姉さんって言ってくれたんですよ」

 「だからワラ今も一緒に旅をしているのですか」

 「はい。この度がなかったら私は成長しなかったでしょうね。そしてこの銀髪に対しての怒りも消えなかった」


 「………」

 「話が脱線してしまいましたが。ウズメさんも一度チヒロさんと言葉をぶつけあってお互い心の中にある疑問を破壊して見てください」

 「………分かりました。でも、もしも私が別の選択肢を選んで……私でなくなったらササ先生は私を助けてくれますか?」

 「どうしたんですか?」

 ササ先生は頭を傾げる。


 「その……。確認なんですが邪神って人の心や未来を見通すことってできますか」

 「……そうですね。元が善良な神なら出来ないことはありません。……もしかして会ったんですね」


 「……はい」

 「そして聞く感じその、憑りつかれてそうなんですが――――」

 「はい。なのでもし私が私では無くなったら……。もし、私を許してくれるのなら、私を助けてくれませんか?」

 「————そんなの当たり前じゃないですか。その時はいつでも助けます。けど、どういうことかしっかりと説明してください」


 私はササ先生に理由を説明した。


 ――――――――――。

―――――――。

 ――――。


 それから明日の放課後。この日私はチヒロさんとの久々の会話をする事になっている。

 場所はササ先生が朝私とチヒロさんが和解するためにDNAプログラミング基礎準備室を開けてくれた。

 私は扉に手をかけて開ける。

 中に入るとそこにはすでにチヒロさんが来ていた。


 チヒロさんは目が少し赤くなっていることからついさっきまで泣いていたのかな。

 でも、今はそれよりなにかを言わないと。

 「……………」

 「……………」


 お互い無言の時間が続く。どうしよ、早く会話を始めないといけないのに。どうして話せないの? たった一言でもいい、一言だけでもいいのにどうして?

 その時チヒロさんが口を開いた。

 「ウズメさん……」

 「ど、どうしたの?」

 チヒロさんはどこか息を荒くなるのを抑えながら続けて話す。

 「どうして……私の話を聞いてくれなかったのですか? 私は別にウズメさんのことを嫌っているわけでもなくもっと仲良くしたかったのに……」

 チヒロさんは少し声を振るわせる。


 「チヒロさんには分からないと思う。だって、近くにいたら不幸になるって小さい時から言い続けてたら……、例えそれを乗り越えてもそう簡単にトラウマなんて抜けられるわけないじゃない」

 するとチヒロさんは眼光を鋭くする。


 「それはウズメさんの勝手ではないですか。少なくとも私は不幸に思ったことはありませんか。もしそうだとしても、ウズメさんは私がそのことで陰口叩いたりすると思います?」

 「思わない。——でも、ウズメさんはお金持ちで色んな人と関わりがあるんでしょ。だったら、私もう関わらない方が安全じゃない。私が不幸をもたらさないと言ってくれても、そのほかの周りの人たちからチヒロさんが虐められる。私はそうなって欲しくないもん」


 「……どうしてウズメさんは大衆の目や声を気にするんですか。ウズメさんは一人だけでしょう? ウズメさんはウズメさんらしく堂々と生きていけばいいじゃないですか。私のことは私のこと。ウズメさんのことはウズメさんのこと。何もおかしくはないじゃないですか」


 そしてチヒロさんは一回大きく息を吸う。


 「それに私もウズメさんと同じでお金持ちに偏見を持ちすぎです。むしろ私は家の空気なんて嫌いです。いつだって家のことの話を聞かされて、近くにいる年上や年下の人たち。さらには同い年の子までみんな私のことをきちんと見てくれない。そんな日々ですよ?」


 ……チヒロさんも同じ? けど、チヒロさんとは

 「チヒロさんに……分かる筈なんてない」

 「……え?」


 私は拳を握りしめる。


 「チヒロさんに分かる筈なんてない。外に出れば小中学校の年上年下に関わらず悪口を言われたりしたの?」

 「あ………いえ……」

 「だったら。私とチヒロさんとでは状況が違うじゃない。チヒロさんの場合は退屈な空間で別に身も心は傷つかない。けど、私の場合は全てを壊されて、生きる価値も分から無くなったんだよ」


 私の目から涙が零れ落ちる。

 本当は私だってこんなことを言いたくなんかない。けど、本当に不幸な事にならないと思っていても、私とチヒロさんの関係がバレているからいずれチヒロさんがもっと辛い目に遭うのかもしれない。


 そうなってしまったら全てが遅い。だから、私がチヒロさんから卒業してチヒロさんがこれからも家で言われないように私から離れないと。

 「確かに話の規模や内容は違います。けど、根本的には同じだと思うです。私たちは共に人との繋がり方がわからない環境にいた。ほら————」

 「そんな安っぽい考えにまとめないでよ!!」


 「————!」

 チヒロさんは後ろに少し下がる。


 「た、確かにちょっと安着過ぎましたが————」

 「確かに私も人との繋がり方がわからなくてずっと一人で抱えて怯えてた。でも、それは私が望んだの。私が、独りでいることを望んだから私は孤独になっていたの。逆にその時が一番幸せだったかもしれない。誰にも会わずに一人だけの空間。そう、中学校の時みたいに。私にとってはあの時が1番の幸せ。そうでしょう? 周りからは何も言われない悪口を言う人はいない。だから私は鳥籠の中に入っていた方が幸せだった。いっちばん幸せだった——————」

 あ、しまった————。


 熱くなり過ぎた所為で言い過ぎた。チヒロさんは我慢できなくなってしまったのか涙を流す。

 「なら……どうして私と一緒にいたんですか?」

 「そ、それは……」

 

 「私といるのも嫌だったのですか?」

 「違う、違うの。そうじゃなくて」

 チヒロさんは私に詰め寄る。

 「私といて楽しくなかったのですか? 私といて何も幸福とは感じなかったのですか? 私は最初に貴女が話しかけてくれた時とても嬉しかったのですよ。今まで私に話しかけてくる人は誰一人を見ないで私の家しか見てくれなかった。だから私はこの高校に入学して私を見て欲しかったの。そして、そう思っていた矢先に、ウズメさんが話しかけてくれた」


 チヒロさんは啜り泣きながら話し始める。

 「そう信じていたのにどうして、どうして私を見てくれないんですか。ウズメさんなんてもう知りません!」


 「あ……」

 チヒロさんは私が一言発する前に準備室から出て行ってしまった。


 「これで良かったんだよね……」

 私は胸に掛けてある縫お姉ちゃんにもらった勾玉を取り出す。

 勾玉はもう透き通った白色から、赤黒いおぞましい色に変貌していた。

 私の前にはもう一人の私が気味が悪い笑顔で迎えに来ていた。

 「私、これで本当に良かったよね? ”あの夢”の内容からこのままチヒロさんは私といれば死んでしまう。けど、私と決別すれば生き続けることができる……」

 『私と一つになりましょう?』

 「もう、これでチヒロさんは悲しまなくても良い。けど、一応確認だけど私は貴女と一つになる。だからもうチヒロさんや縫お姉ちゃん。ワラとササ先生含めてもう誰も不幸にならないんだよね」

 『私と一つになりましょう?』


 「……やっぱり。何を言ってもダメか」

 私はもう一人の私の手を握った。

 『……私と一つになりましょう』

 すると私の体が光の粒になって足から消えていく。


 私がいなくなればみんな幸せになる。私がいるから邪神が蘇るんだ。私がいるからみんな心を無くすんだ。

 でも、それはもうない。みんなはこれからも心を取り戻していく。幸せになる……。

 扉の外に人の気配がする。もしかしてチヒロさん?

 ———でも、どちらにせよ私は消えてしまった方がいい。”あの夢”で見たことが現実であるのならチヒロさんは家の格式に潰されるから。

 すると扉が開いてチヒロさんが頭を覗かせる。チヒロさんは今の私を見て唖然とする。当然だよね。いきなり目の前で友人が消えようとするのだから。


 チヒロさんはこの状況を掴めたのか「ウズメさん! ウズメさん!」と子供みたいに泣きながら私の腕を掴もうとする。けど、私の今残された部分はもう頭しかない。

 せめて、最後の言葉を言おう。






 「ごめんなさいチヒロさん」


 そう言い終えると私は気付けば見知らぬ草原のど真ん中に立っていた。

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