第28話 事件発生
普段は静かな住宅街。その中にある小さな駅前広場には、人だかりができていた。街灯がほんのり照らしているはずのその場所を、赤い警戒心を煽る光が煌々と照らしている。
三彩希はカメラを手に持ちながら、人込みをかき分けて入ろうとする。しかし野次馬は多く敷き詰められていて一向にその中心を覗き見ることができない。
「仕方がない」
三彩希は大きなリュックから手のひらサイズのプロペラが付いた機材を取り出す。それを地面に置き、同サイズのコントローラーを触ると、それはひとりでに動き出して四方向にプロペラを展開する。展開されたドローンはプロペラを回転させながら浮かび上がり、人混みの上を越えていく。そのドローンについたカメラの映像が、三彩希のスマホに映し出される。
「なにこれ」
駅前広場を囲むように作られた人混みの中心には幾人もの警察官がいた。パトカーや救急車も数台止まっていて、現場は黄色いテープで囲われている。タイラから連絡があった通り、四季創学園の最寄り駅で殺人事件があったというのは本当なようだ。
さらにドローンを寄せると、ブルーシートで隠された場所が見えた。しかしそれでは隠し切れないほどに、周囲には赤黒い血が飛び散っている。しそれが人の血だとすれば、確実に生きてはいないだろう。
その現場の様子を生放送で中継していると、コメント欄には次々とコメントが寄せられる。こういった新鮮なネタをどこよりも早く中継できるというのは、配信者冥利に尽きるというものだった。実際、知り合いのテレビ局関係者から、撮影映像の使用申請の連絡も来ている。
「いた、いた!」
人混みをかき分けるようにして、そうやってきたのは案の定タイラだった。今日は相方のボコは連れていなかった。
「ども」
「ね、マジだったっしょ?」
タイラはその整った顔でにこにこと笑う。先程彼のメールで、この事件のことを教えてもらったのだ。
「情報提供ありがとうございます」
「えー! それだけ!? 冷たくない? 大スクープを譲ってあげたっしょ?」
「ではどうしろと? 感謝はしますが、そもそも事件発覚からかなり経っていて肝心の映像も撮れませんし」
三彩希はあくまで仕事上のやり取りだと割り切った態度で対話する。向こうが何を考えているのかは想像に容易い。
「これからデートし――」
「嫌です。それとこれとは関係ありません」
即拒絶。待っていましたと言わんばかりの速度に、タイラは唖然とする。
「きっついねミサキチは。彼氏とか今までいたことないんじゃない?」
「ノーコメントで」
「もしかして、好きな人とかいる?」
言われて、三彩希の脳裏に一瞬黒い髪の少年が浮かぶ。
「ノーコメントで! それ以上言ったらセクハラで訴えますよ?」
「訴えられ慣れてるし」
「笑えません」
強引さは確かに男の武器だとは思うが、しかしやはりこいつはないな、と三彩希は思った。
「私は真相を暴くことに人生を捧げると決めたんです。色恋沙汰は必要ありません」
「へぇ、じゃあそのためのとっておきの情報あるんだけど、どうする?」
「とっておきの……? なんですか」
「今度デートしてよ」
「じゃあ結構です」
「ちょっとちょっと! じゃあ小出しね、俺現場に早く来たから、第一発見者の人に話聞けたんだ。その人によると、駅前広場が血の海で、なんと、遺体は四肢がバラバラに散らばっていたらしい」
「え」
バラバラ、その言葉に三彩希は明らかに反応を変える。
「続き、聞きたい?」
「……」
この男は本当にくだらないところに頭が回る。自分が追っている黄泉路夫妻惨殺事件を匂わせているのだろう。彼が現れた時に満面の笑みだったのは、三彩希を釣る餌を得たからだろう。
「わかりました。ただし、昼間に一度だけです。それでよければ」
「オッケー契約成立ぅ!」
「それで、続きとは?」
「あ~、とりま被害者は2人以上いるみたい。あと男っぽかったとか? それとこれがめっちゃ面白いんだけどね」
「遺体の全身に無数の穴が開いていた?」
三彩希がそう先回りして尋ねると、タイラは驚いたように唖然と口を固めた。
「……なんで知ってんの? 驚かせてやろうと思ってとっておいたのに」
やはりそうか、と三彩希はうなった。
それはつまり、黄泉路夫妻惨殺事件と全く同じ。三彩希は、無遠慮にも胸が高まるのが分かった。3年間うんともすんとも動いていなかった事件が、再び動き出したのだ。まるで、三彩希の接近に反応するように。
「これは、チャンスですね」
高鳴る胸を押さえ、三彩希は配信を止めてドローンを片付けた。今この瞬間、やるべきことは一つだ。今行かなければいつ行くというのだ。
「ちょちょ、どこ行くの!?」
「ちょっと調べ物に! また今度連絡ください!」
「約束だかんなー!」
タイラを置き去りにして、三彩希はその場を後にした。
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