第27話 愛おしい
家に帰ってから数時間経つというのに、体の芯に感じた熱さが消えなかった。お風呂を上がったせいでも、発熱したわけでもない。
もぞり、とセミダブルのベッドの上で小さな体が動く。
「はぁ」
何度目のため息だろうか、
今見ている動画は、男女のカップルがソファの前でトークする最近増えてきたちょいエロ系の動画だったが、その動画は特に男女の恋愛について語っていて、恋する男女の悩みを解決してくれるというので人気を集めているものだった。
これまでだったらこんな動画は見ない。どころか、低レベルだと嘲笑っていた。しかし今は、この色ぼけたカップルがとても大きな存在に見える。この二人は、どのようにして好き合い、どのような理由で付き合うことになったのか。どうしてそんな奇跡が起きたのか。
『なんだかんだどれだけ構ってくれるかなんですよね、男って。女の子はうざいくらいに構われるのが好きなの。陽キャが何でモテるかって、強引にでも女の子に関わってるから。初めはうざくても、ちょっとずつ意識しちゃう。それくらいの時に、多少臭い言葉をかけられたら、コロッと落ちちゃうんですよね。ね、たっくん?』
『でもー、とりまキスすりゃトロンと落ちるよね』
『はぁ!? ちょっとなにそれ! 誰かとやったの!?』
「喧嘩勃発」と大袈裟なテロップが入り、恋愛相談とは逸れたわざとらしい展開が始まりミサキは動画を止めてブラウザを閉じる。
「はぁ」
またため息。
天井を見上げるミサキの頭には、美術室での
「強引……だよなぁほんと。なーんでこんな気持ちになるかなぁ。私が」
自分で自分が不思議だった。この感情が何を意味するか、わからないわけではない。しかし、自分の頭とは別に、感情が先行していくことに違和感を隠せない。
何気なくスマホを持ち上げ、SNSを起動させる。
「……そっか、あいつ、スマホ持ってないんだ」
それに気づいてスマホをベッドの上に落とす。唯一、彼の親友の
「謎だ。謎の男だ」
これでは仕事にならない、と首を振り雑念を吹き飛ばす。
思い直して鞄から一冊の本を取り出す。その白い表紙の飾り気のない本は、心道について書かれた本で、図書館から借りてきたものだ。その実、借りてきたというのは嘘でほとんどパクってきた。何故なら、この本に貸し出しカードなどが付いていなかったからだ。どころか、本のどこにも学園所有の判が押されていないところを見るに、学園公認のものではないようだった。どこからか紛れ込んだのか。
「もしくは、紛れ込ませたか」
気を取り直して情報を整理することにした。三彩希はベッドを起き上がってパソコン机へと向かった。そしてパソコンのアプリを立ち上げ、録音ボタンを押す。
「黄泉路蜜。3年前に起こった黄泉路夫妻惨殺事件の被害者の一人娘。現在は私と同じ
三彩希は、少し躊躇って続ける。
「非常に温和で周囲もうらやむ夫婦だった黄泉路夫妻。しかし夫妻は過去に犯罪歴があり、そのことに罪悪感を抱えて生きていた模様。娘の蜜にそれを打ち明けたが、彼女はその事実に耐えきれなかったようだ。その後、無残な遺体で発見された黄泉路夫妻。当然娘の蜜が第一容疑者と思われるも、明らかに人ならざる術で殺され方をしていたため、警察は彼女を容疑者から外した。現在、事件は迷宮入りとなっており目ぼしい容疑者はいないようだ。容疑者すらリストアップされていない点を除けば、一見何の変哲もない殺人事件だが、一部理解が及ばない異常が見受けられる。それはその奇妙かつ無残な殺され方、及び黄泉路家の天井裏に隠すように祭られていた心道の祭壇である。これは侵入してきた第三者が勝手に設置したもので、黄泉路夫妻を供物として殺した? それとも設置したのは黄泉路夫妻自身で、自分の犯した罪を償うために心道という宗教にのめり込んでいた可能性もある。娘の蜜には知らせていなかったため、天井裏に隠していたか……引き続き調査を続ける」
PC画面をタッチして、録音を止める。
三彩希が毎日行っている記録のようなものだ。こうして話すことで記録をしつつ、頭の中を整理する。そうすることですっきりした状態で次へと移れる。
ふと、三彩希は再度録音ボタンを押した。
「別件記録。皇子代黎について。同じクラスに通う男子生徒。身長は180ほどあり,クネクネ曲がった黒髪に何にも興味がなさそうな仏頂面が特徴的。一目見て威圧感を覚えさせる。見た目通り性格は冷たく口も悪い。直情的で建前や社会性などを気にせず、時折教師や周囲の人間とぶつかる。意思疎通には相当の覚悟が必要。しかし一見拗らせた子供っぽい印象を受けるが、その実非常に大人でクレバー。相手を思いやる気持ちが強く、特に虐げられている弱い存在には、半ば強引にでも味方になろうとする。妹の小春を溺愛しており、また衣笠美登里や
流れるようにそこまで言って、三彩希は一拍置いた。
そしてほんのり紅潮した頬で続きを紡ぐ。
「その横顔が、愛おしい」
誰に聞かれるわけでもないのに、緊張に心臓が鼓動を始める。その言葉を紡いだだけで、唇が艶を取り戻したような錯覚に陥る。しかしすぐに我に返り、三彩希は慌ててその録音を取りやめてデータをゴミ箱へドロップした。
「だから、何してるんだ私」
写真フォルダを開き、中にあった写真を開く。そこには幼いころの三彩希と妹、そして両親が楽し気な様子で写っていた。三彩希はその中の父を見遣る。
「ね。パパ」
その時、メールが届いた。再び表示される『その7』という送り主。それはセカンドサードのタイラからだ。三彩希は辟易すると共に、感心してしまう。
「強引さ、か。こんなやつでも好きになっちゃうこともあるのかな。信じらんないけど」
なんて自嘲しながらメールを開く。だがそこには想像していたような内容は記載されていなかった。
「……うそ」
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