第19話 好きなんだ?
昼休みの教室で、虹倉三彩希は昼食も取らずにタブレット端末とにらめっこしていた。
「心道心道……出ないな」
画面に映ったサーチエンジンでは、『心道』というワードに対しヒットはしたものの、三彩希が求めるような情報はヒットしなかった。
「ほしい時に引っかからない。ネットあるある」
ネットというのは情報の宝庫ではあるが、逆に情報が溢れすぎていてマイナーな情報に関しては、砂山の中から砂金を見つけるような難易度になる。
投稿した動画を見ても、そのコメントをしてくれた人も結局は「詳しくは知らない」ということだった。
「なにしてるんだろ、黎のやつ」
横から聞こえた蒼海の声に、顔を上げる。すると、彼は窓の外の何かを見つめていた。
視線の先を追うと、窓の向こうに3階どうしを結ぶ渡り廊下が見えた。そしてそこに、男女が一組。少し遠くてわかりにくいが、違いない。片方は皇子代黎で、もう片方は……。
「黄泉路さんだね。何か話してるみたい」
衣笠美登里が不思議そうに言う。
何を話しているのか。何をしているのか。いきなりどうして。そんな不安に近い疑問が浮かび上がっては消える。
「三彩希ちゃんは一人で調べ物?」
不意にかけられた声。美登里が今度は興味深げに三彩希を見下ろしていた。彼は遠慮なく三彩希の隣――黎の席に座り、さらに椅子を寄せて近づいてきた。イケメンだし清潔感もあるしいい匂いもするから不快ではなかったが、周囲の女生徒のうらめしい視線に耐えられず、三彩希は少しだけ距離を取り直す。
「いろいろきな臭い情報が出てきたので、調べていました」
「黎ちゃんは? 助手でしょ?」
「彼は……そもそも事件の真相には興味がないんです。彼はただ――」
黄泉路蜜を救いたいだけ。
「ただ?」
「ただ、虐げられる人を理不尽から守りたいだけなんです。むかつくからって」
「ふ~ん。黎ちゃんらしいね」
そう美登里が気のない言葉で言って、ちらちらと三彩希を見る。
「ところで、何を調べてるの?」
「えーっと、心道という宗教についてです。神じゃなくて心と書いて心道」
「心道……ああ、知ってるよ」
「えっ!?」
予想だにしないところからの回答に、三彩希は素で驚いた声をあげる。
「知ってるんですか?」
「うん。というか、この学校の人ならみんな知ってるよ」
「ど、どうしてですか?」
「日本史の教科書に載ってるもん」
言われて、三彩希は慌ててカバンの中から日本史の教科書を取り出した。
「最終章の後に、地域史って章があるでしょ?」
「あ、ほんとですね。なんですかこれ」
「やっぱり珍しいよね。地域そのものへの理解と愛着をって意味で、地域史が盛り込まれてるらしいんだけど、他の学校だと見たこともないって」
目次を見てパラパラと該当のページへとたどり着く。『地域史』と書かれた項目には、この地域の歴史が概要的にではあるが説明がされていた。
「その中にあるでしょ……あ、ほらここ」
美登里が指した箇所を見ると、確かにそこに『心道』の文字があった。
それによれば、心道はこの地域で古くから信仰されてきた宗教でその歴史は長く、太古の昔から続いてきた伝統的な宗教であるという。
この心道、端的に説明すると、神様は全ての人の心の中に存在するというもの。
その神様はその人によって異なり、百人いれば百通りの神様がいるという。信仰すべきは己の心の中の神であり、基本的に共通に信仰される神様はいない。
ただし、唯一その全ての神様を生んだ、母なる存在――白神だけは、共通の認識の存在となるらしい。白神は他の神々を生んだ、のではなく正確には神々に分裂したとされている。
何が正確なのか甚だ疑問だ――と三彩希は心の中で突っ込んだ。
その神話によると、かつて増えすぎた人類が争いに争いを重ねた時代、食わなければ食われる時代が人々の心を蝕み、結果全ての人間の心が黒く淀んでしまったらしい。
心が黒に染まった人間、それは理性のないただの獣であり、武器兵器を扱える分余計に性質が悪かった。そこに世界の終わりを見た白神は、自らの光輝く身体を無数に分け、黒に染まりきった人々の心に入り、その黒い心に白い光を与えた。
そうして人は理性を持つ事になったのだ。
つまり私たちの心の中にいる神は、白神の一部なのだ。故に、母なる存在。
「いわゆる、太陽信仰かな」
宗教をかじっていると、おおよそ古の人は、人間がどうしようもできない存在を神として崇め奉るところがあるとわかってくる。それは海であったり、雷であったり、そして太陽であったり。特に太陽を神とする宗教は世界各地で存在する。有名なところで言えば、ギリシャのアポロン、エジプトのラー、そして日本であれば天照大神。大小数えればキリがないほど存在するのを見れば人類にとって太陽がどれだけ偉大で畏怖の存在であったかがうかがえる。
心道もその一つなのだろう。三彩希はそう解釈する。
白神=光=太陽。
「太陽を火や光ではなく、あえて白という色に置き換えてるのが独特ですね」
なんて独り言のようにぼやく。かなりマニアックな宗教であることは間違いがない。だがそれを無かったことにはせず、大事に後世まで引き継ごうと、こうしてこの地域の歴史の授業に取り入れられているわけだ。
「もしかして、助手席開いてる?」
「へ?」
ぶつくさと独り言をしながら調べ物に没頭していた三彩希は、美登里のその声にはっと顔を上げる。彼はその爽やかな表情で三彩希を見下ろしていた。
「僕、結構役に立つと思うんだけどな」
「え、っと、駄目ですよ! 開いてません!」
「黎ちゃんがいるから?」
「一応手を組みましたからね。一方的な契約解除は後に問題を生みます」
加えて言えば、美登里と言う人間があまり一緒にいて心地よいわけではないからだ。三彩希は男っぽいところもあるため、お姫様扱いされるのが苦手だった。むしろ黎のように粗雑に扱ってくれる方が居心地が良い。
「そんなに黎ちゃんがいいんだ?」
「はい。って、なっ――何の話ですか!?」
つい返事をしてしまい、ドタバタッ、とわかりやすく取り乱す三彩希。タブレットが机から落ちたのを、反射的に蒼海が床すれすれでキャッチしてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「危ないぞ! そんなに黎が好きなのか?」
「ん%あsんskじゃぱっ!!」
心臓が止まりそうになり、口をパクパクとさせる。思考が一瞬で熱くなり何も考えられなくなった。さっきまで調べていたことがすべて吹き飛んだ。
「わかりやすいね、三彩希ちゃん」
「だから違いますって! 私は男なんていりませんので! 事件に恋してる、みたいな!」
「恋はするもんじゃなくてしてしまうものなんだよ」
「ので!!」
閉店ガラガラ、とシャッターを閉じる。付け入るスキを与えない。三彩希は居住まいを正し、タブレットの操作に戻った。
「いっつもそうなんだよねぇ。黎ちゃんって」
「……何がですか?」
誘われている気がして、三彩希は美登里に尋ね返す。
「冷たくて失礼で不躾なのに。なのにここぞって言うときに味方になってくれる。だから、黎ちゃんを好きになる人は意外と多い」
そういう美登里の横顔は、初めて見るものだった。
「敵わないなぁ」
それは三彩希に言ったものというより、独り言に近い。
ふともう一度窓の外を見遣る。しかしすでに二人の姿はそこにはなかった。
「飯買ってきたぞ」
「わおっ!」「ぎゃっ!」
背後から突如降り注いだ声に、三彩希と美登里が体をビクつかせる。振り返ると、噂をしていた黎が背後に立ってビニル袋を掲げて立っていた。
「なんだよ、ビビりすぎだろ。俺は背後霊か」
「さっきまで渡り廊下にいたのに!?」
「お前らがやいやいうるさいから急いだんだろ?」
「黎! 俺シーチキン!」
「買ってねぇよ。蒼、それ今言うなよ買いに行く前に言え」
「やっぱり僕はコッペパンなの!?」
三人揃えば文殊の馬鹿。ワイワイと、息を吹き返したように騒ぎ始める。
初めはかみ合っていないやかましいだけの印象だったけれど、三彩希には、今はなぜかその空間がとても心地よく感じられた。
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