第16話 心道

『やべー! これ絶対この子が殺してるね』

『私この事件知ってる。お母さんが殺された母親と知り合いだって』

『マジか?』

『キタコレ! 詳細よろ』


 最近買った最新のデスクトップPCの画面には、三彩希が投稿した『コールド・ケース 黄泉路夫妻惨殺事件#1』という動画への反応コメントが列挙されている。それは次々と増えていき、あっという間に再生回数は1万を超えた。

 しかし好調な滑り出しにも関わらず、三彩希の表情はどこか浮かない。三彩希はページを閉じ、デスクトップ上にあったフォルダから一つの動画を開いた。それはつい先ほどまでいた黄泉路家での一件を収録した動画で、冒頭の家に入って1階部分までは配信投稿済みだが、そこで次回へ煽って2階での出来事を次の投稿で配信する予定だ。まだ編集加工する前の白素材である。あんな状況でも、しっかりとカメラを手放さず録画を続けていた自分に感心してしまう。だが家の中の暗さもあってか、動画はかなり見づらく、画面も激しく揺れている。


「うわっ、めっちゃパンツ見えてる」


 クローゼットの中に入った時に、カメラを構える余裕がなかったのだろう。床に落ちたカメラが、ずっと三彩希のスカートの中を捉えていた。


「ここは……まあモザイクで。再生数伸びそう」


 転んでもタダでは起きないと、三彩希が再生を進めていると、揺れた画面に一瞬、ぶれた黎の顔が映った。三彩希は不意にそこで停止ボタンを押してしまう。


「皇子代……黎」


 なぜそこで止めてしまったのか、自分でもよくわからない。

 今日会ったばかりの男で、ぶっきらぼうで冷酷。気に食わない相手にはすぐ突っかかるし、言葉遣いは悪い。クラスでもやかましい三馬鹿の一人。これだけ三彩希にとって悪条件が整っていて、嫌いになる要素しかない男子は珍しい。

 だから絶対そうなるはずなのに。

 実際、はじめは確かにそう思っていたはずなのに。

 しかし今確かに、その顔を見る自分の体がほんのりと熱くなっていることは確かだった。これは風呂上りだから、というわけではない。

 はっと思い出して、三彩希は壁にかけた制服のポケットを探る。そこから出てきたのは、黎がお守り代わりに渡してくれた紙バッヂだった。


「神様は信じないんじゃなかったんですか」


 なんて言いながら、少しだけ笑みが漏れる。


「なんなんだ君は……はぁ……って乙女か!」


 自分で自分にツッコミを入れ、逃げるように動画を閉じた。

 その時、PCにメールが届く。メールの送り主には『その7』と書かれいてる。

テレビに出ている芸能人とは違い、この界隈では配信者同士の気軽なコミュニケーションが当たり前である。三彩希も例に漏れず、どこから知ったのか他の有名な配信者から連絡が絶えない。ある意味でここで生きていくためには、その横の繋がりは必須とも言えるため無下にはできないが、少なくとも恋愛や一時の遊びの関係を持つ気はさらさらない三彩希にとって、その手のメールやアポイントは迷惑でしかない。そのため、その手の下心で近づいてくる人物は『その1』『その2』とナンバリングして登録してる。


「その7ってことは……あ~、セカサンのタイラか」


 セカンドサード。配信者の中でも、かなり無茶をする系の配信サークルで、度々ネットで炎上する。だがそれを人気と勘違いして開き直ってるあたり、とても配信者に向いているとも言える。その中でもこのタイラという人物は、高校時代に雑誌モデルをやっていただけありイケメンで、女性人気も高い。ほとんど毎月、どこかの誰かという女性配信者との肉体関係をネットに晒されて炎上している。実のところ、その魔の手は三彩希の喉元まで迫っていて、今朝転校先まで訪れたことにはさすがに驚いた。メールをひたすらに交わし続けているだけではだめみたいだ。


「誘う方も誘う方だけど、乗る方も乗る方よね」


 とはいえ、そうやって関係を築くことが、この世界で生きていく一つの手段であるのだから、仕方がないのだけれど。


「枕営業馬鹿にしてた芸能界と変わらないじゃない」


 そんな愚痴を吐きながらメールを開く。案の定それは今朝の強引な行為に対する謝罪も含まれていたが、それはほんとに触りの部分だけで、あとは無駄に明るいハイビームのようなきらきらな内容であった。その最後のメール文に目を留める。


「『一人であんなとこ行くなんてすごいね……次は俺が一緒に行きたいな!』……あれ?」


 おかしい。そう思って投稿した動画を見直した。


「……ほんとだ」


 タイラの言う通り、黄泉路家のシーンに皇子代黎が全く映っていなかった。編集する前の白素材を見てみても、やはり皇子代黎の姿はほとんど映っていない。先程確認した、一瞬映ったぶれた横顔だけ。


「あいつ、抜け目ないわね」


 おそらく動画に撮られて配信されるのを嫌ったのだろう。適当に動いているように見えて、巧みにカメラに入らないようにしていたのだ。


「馬鹿なようで、馬鹿じゃない。直情的に見えて、理性的……」


 ますますわからない。あの男という存在が。


「んなあ~~~!」


 初めての感情に、三彩希は自分がわからなくなり頭を抱える。その時、立て続けについていたコメントの中に気になる単語を発見した。


「……心道しんとう?」


 それは動画の最後、次回の予告部分に対して付けられたコメントだった。それはあの黄泉路家で最後に撮った屋根裏のシーン。三彩希は白素材をもう一度再生させる。


          〇


 動画は屋根裏に上がったところから始まった。

 埃があたり一面に舞う中、ゆっくりとその奥へと近づいていく。黎の足跡を含め、いくつかの足跡が埃を踏みしめた道ができていた。そしてその先には、黎が壁の前で立ち尽くし何かを見下ろしていた。


「なにこれ……」


 それは一言で言えば神棚だった。見るからに古びた木造の小さな社が壁に引っ付く形で建てられていたが、なぜこんな屋根裏に。


「いかにもって感じですねぇ。もしかして、邪教ってやつでしょうか」


 そう茶化しながらカメラを天井に向けると、天井付近に小さな小窓が開いており、そこからわずかな月光がこぼれている。そしてその脇に、小さなハチの巣を見つけた。


「ミツバチ……あそこから出入りしてるんですね……」


 するとその傍に、A4サイズの和紙が貼り付けてあるのが目に入る。そこには「白」と一文字だけ書かれていた。


「白……? 普通『天』とか『空』とかじゃないですかね?」

「見てみろ」


 黎の言葉にカメラを落とすと、古びた仏壇の正面に、和蝋燭やお線香、さらには花まで添えてあった。


「蝋燭も線香も火をつけたてだ。それにこの供花も、さっきのやつが持ってきたに違いない」

「さっきの人物は、ここに手を合わせに来ていたと?」

「だろうな。埃の上にできた足跡も、古いのから新しいのまでいくつもあったし、この社も丁寧に手入れされてる。枯れた花もあちこちに散らばってるし、何度もここに来ている証拠だ」

「なんでこんな時間に、しかもこんなところで……?」

「俺が知るかよ」

「その花、向日葵ひまわりですよね? 仏壇に供える花としては珍しくないですか?」

「そうなのか?」

「はい。普通はリンドウとかカーネーションとかですね」

「詳しいんだな」

「私のこと、ミステリーハンターだってこと忘れてません? この手の宗教は切っても切り離せないんですお」

「お、て……お前そんな設定だったっけ。飛影ひえいかよ」

「それ何のアニメでしたっけ」


 三彩希の回答に、黎が悲鳴に似た声をあげる。


「まじかよ。幽白だろ。あとアニメじゃなくて漫画な」

「それなん十年前のやつですか……知りませんよ」

「これが時代のギャップか」

「いや同い年ですよね」


 ショックを受ける黎に冷静に突っ込む。


「でも少し変わってますね。普通の神道とは違うような。仏教の仏壇にも見えますし、その合いの子的な……」


 と、三彩希が言った時、ガダンッ、と鈍い音がする。


「ちょ、なにしてるんですか!?」


 あろうことか、その泰然と祭られていた神棚を、黎が脚で蹴って倒したのだ。そしてさらにそれを足で踏みつけて壊してしまう。特に宗教を信仰していない三彩希でも、その行為がいかに恐れ多いことに背筋が凍る。


「なんて罰当たりな!」

「いや、だって人もいないのに蝋燭とか危ないだろ?」

「それなら火を消せばいいだけじゃないですかっ」

「これがあったらまた変な奴が来て同じことを繰り返すんだろ? だったらなくした方がいい。不法侵入を助長する」

「おまゆう! でも、だからってそんな不躾な……呪われても知りませんよ?」

「ハッ」

「馬鹿にしてますけどね、ほんとにあるんですからそういうこと! 私の知り合いの怪奇オタクも、罰当たりなことした1ヶ月後に首吊って死んだんです。絶対そんなことする人じゃないのに」

「1ヶ月後が楽しみだな」

「呪われてみればい――った!」


 その瞬間、ずきり、と痛みが走り三彩希は小さく悲鳴を上げる。見ると、右腕のあたりを蜜蜂が刺していた。三彩希は慌てて蜜蜂を振り払う。


「お。早速蜂が当たったな」

「これは罰じゃなくて蜂って……って何上手いこと言ってるんですか!?」


 三彩希が怒るように言うと、黎はへらへらと笑って出口へと向かっていた。


          〇


 そこで動画は終わっていた。

 そこにはやはり黎の姿は映っておらず、声もほとんど聞こえないくらいだったが、自分の記憶とすり合わせればあの時の光景が思い浮かぶ。それと同時に、蜂に刺された箇所がかゆくなりぼりぼりと掻く。蜂に刺されたのは初めてだったが、後遺症などがなければいいが。

 三彩希は再度動画を戻し、神棚を映し出す。動画を見た人のコメントによれば、それは「心道」 なるごく限られた地域でのみ信仰される宗教で使われるもので、神道でいう神棚に値するものだと言う。


「心道……? 神道じゃなくて? 変換ミス、じゃないな。こんな宗教聞いたことないけど」


 しかし、ごく限られた地域でのみ信仰される、ということは、このあたりがそうなのか。三彩希は引っ越してきたから知り得ないが、地元の人間ならよく知っているかもしれない。

 その時ふと、思い浮かんだのは黎の顔。


「何か知ってるかも……うん。とりあえず明日話を聞いてみよう。これは調査だから仕方がない。嫌だけど。うん」


 自分に言い聞かせるように言って、三彩希はうんうんと頷き続けていた。

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