第15話 第三者
その音は続けざまに響いてくる。ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ。それが階段を上がる足音であると気付いた時には、その足音は二人のいる2階の廊下へと来ていた。
「誰かがここに?」
黎は声で応えることなく、こくりとうなずいた。
こんなところに、こんな時間に来る人物は限られてくる。変質者か、はたまた三彩希と同じユーチューバーか。もしくわ――
「犯人? 現場に戻るっていうし」
「事件直後の話だろそれ。3年経ってるんだぞ」
ぎぃ。
ぎぃ。
ぎぃ。
足音が、近づいてくる。
それは手前の両親の部屋に立ち寄ることなく、まっすぐにこちらに向かってきていた。そしてその先には、この黄泉路蜜の部屋しかない。
だがそんな非常事態ではあったが、正面の黎にスカートの中が見えそうで、三彩希は足を動かしてなんとか隠そうと試みる。黎の大きな足が脚の間に合ってもぞもぞする。
「おい、動くな」
「じゃあ私の股の間から足どけてくださいよ」
「一回扉開けないと無理だ。後にしろ」
「だったら足を動かさないで、くださいよぉ」
「静かにっ」
心臓が止まるかと思った。
なぜなら、部屋の扉が、バンッ、と思い切り開かれたからだ。縮こまった心臓に、狭心症でも起こすかと思ったが、黎が口元をがっちり抑えて悲鳴だけは止めてくれた。暴れ出しそうになる感情を、必死に黎の目を見て抑え込む。
視線を扉の隙間から外にやる。しかしそもそも暗い部屋だ、ほとんど何も見えなかった。すると、足音が部屋の中を歩き回っているのが音で分かる。耳を済ましてそれに注意を払っていると、
「っ!!」
扉が激しく動いた。
現れた第三者が外から開けようと扉を動かしたのだ。しかし中には三彩希と黎が入っており、扉が折れ戸ということもあってか、開けることができない。不幸中の幸いと喜んでる暇もなく、外の人物は突っかかりを強引に突破しようと、力いっぱい扉を開こうと激しく揺らす。
すると黎が、三彩希を落ち着けるようにとその手をそっと掴んだ。見ると、手の中に紙でできたバッヂのようなものを握らされていた。お守り代わりだとでも言うつもりだろうか。こんな状況でも黎は落ち着いているようで、険しい表情のままじっとしている。
ふと、扉の動きが止んだ。おそらくどれだけ動かしても開かないと悟ったのだろう。なんとか危機は去ったようで、三彩希はほっと胸をなでおろした。黎が外の様子をうかがっているのを見て、三彩希も扉の隙間から外を覗く。
それが過ちだった。
どうせ見たところで、真っ黒な空間が広がっているだけだ。そう思っていた三彩希の視界に、ギョロリと中を覗こうとする白い瞳があった。
向こうがこちらを覗いていた。
白い眼球に、黒い瞳孔が右へ、左へ。
反射的に体をビクつかせた時、しかし瞬時にそれを悟ってくれたのか、黎が三彩希の体をがっちりと掴んでくれていた。おかげで物音がほとんどせずに済んだ。
声を出さない代わりに、激しい動悸が始まる。もはやどうにでもなってしまえと思ったその時だった、外から扉を出る音がした。確認のために黎を見ると、黎は黙って二度首を縦に振ってくれた。
「行った?」
「おそらく。でもしばらくここにいた方がいい」
「ありがとうございます。やばっ、汗すっごい……一人だったら、確実に見つかってました。こういう状況、慣れてるんですね」
「お前がいるからな。誰かがいると、男ってのはしっかりするもんだ」
何気なく言った黎の言葉に、三彩希はほのかな温かさを感じ取る。
感じてしまう。
「あの、えっと……あなたってほんとによくわからないですよね。優しいのか、怖いのか」
「どっちかじゃないといけないのか? 人は優しいし、怖いんだよ」
「それを言っては元も子もないですが」
「俺は、後悔したくないんだよ」
「後悔、ですか」
少し話が飛んだ気がする。そう思いつつ、三彩希は理解しようと耳を傾ける。
「おかしいことはおかしいって言うし、むかつく時はむかつくって言う。そうしない選択肢もあるけど、そんでそれはきっと社会で生きていくには大事なことなんだけど、でもそれって自分で選んだものじゃないだろ? 結局選ばされてるだけなんだ。そこに自分の意思はない」
「意思、ですか」
「そう。だから何かがあっても人は誰かのせいにするし、自分は傷つかないように守れる。でも、それじゃあ俺は納得できない。どうせ後悔するなら、それは自分の意思で選んでいたい。自分のせいでいい。自業自得でもいい。誰かに選ばれる人生は嫌なんだ。やらないよりもやる後悔がいい。誰にも俺の人生は選ばせない」
俺は選ぶ。自分で。黎はそこまで言って話を締めた。
「現代の若者へのアンチテーゼですね」
「別に他の人間がどうしようと構わない。それはそいつの人生だ」
「そう思う何かが、過去にあったんですか?」
三彩希の質問に、しかし黎は答えなかった。それが答えたくないという意思表示であることは明白だったが、今の三彩希にはそれを追求しようという意欲はなかった。
「そろそろいいだろ」
黎が言って、壁にもたれながら立ち上がる。そしてゆっくりと折れ戸を開けてクローゼットの外へと出た。
「いませんか?」
「大丈夫だ。さっき階段を降りて外に出ていく音が聞こえたから」
「今の間にそこまで耳を澄ませていたんですね……感心しますよ」
三彩希もクローゼットから出て、乱れた髪やスカートを整える。
「何者だったんでしょうか?」
「さあな。でも一直線にこの部屋に来たってことは、ここに慣れてる証拠だろ」
「……侵入した私たちに気付いたとか?」
「いや、おそらく違うな」
そう言いながら黎が黄泉路蜜の部屋を出て、周囲を見渡す。すると廊下の突き当りの床が、周囲に比べてほこりなどがなく綺麗であることに気が付いた。三彩希より一足先にそれに気が付いた黎が、廊下の天井を見上げると、人一人が入れるくらいの扉が設置されていた。
「あれって、屋根裏ですかね」
黎が脇にあったボタンを押すと、カコン、と小さな音と共に、梯子が下りてくる。黎はその梯子に上って扉を開け、中へと入ってくのを見守ってから、三彩希も後を追う。
「けほっけほっ……すごい埃……」
屋根裏部屋は、しゃがんでいないと立てないほどの場所で、段ボール箱や使わなくなった家具で溢れていた。
「特に何もなさそうですが」
「こっちだ」
先に入った黎の声がして、屋根裏部屋の溜まった埃から足跡が続いているのを見つける。三彩希はそれを頼りに進むと、一番奥のところで黎が立ち止まって壁を見つめていた。
「え、これって……」
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