第14話 現場検証

 黄泉路蜜の住むマンションから電車で1駅進むと、普通列車のみが止まるマイナーな駅へとたどり着く。そこは近くの大学に通う学生が多く住む場所で、夜の9時頃だと飲み会帰りの大学生などがちらほらと散見されていた。その駅から歩いて5分ほど北に進むと、県道沿いに出る。しかし県道に出る手前の小さな住宅街への道を折れると、それはあった。

 それは傍から見ても、目指している物件だと見て取れた。暗いことを除けば、周囲は普通の民家が並ぶ住宅街だ。すぐ傍には県道が通っており、車通りも多くせわしない。小さな田んぼの先には、レンタルショップの明かりが煌々と光っている。

 だがそれは、見るからにそれだった。


「いい感じですね」


 その物件を――黄泉路夫妻惨殺事件、その現場となった家を見上げて、三彩希はうなった。それは周囲の民家と比べると1.5倍ほど大きく、敷地に入るための門が設置されていた。手前の庭の先に、二階建ての立派な家がある。だがそれは長い間使われていないのか、壁には不細工にツタが巻き付いていて、当然、明かりは点いていなかった。


「おい、今あの二階の窓、何か動かなかったか?」

「えっ! どど、どこですっ!?」

「冗談だよ。自分から誘っておいてビビッてんなよ」


 からかって満足したのか、黎は不躾に決して高くはない門の裏に手を伸ばして錠を開け、ずかずかと中に入っていく。


「あの、ちょっとは躊躇いとかないんですか? 誰も住んでないとはいえ、不法侵入ですよ?」

「学生の悪戯だ。見つかったところで謝って終わりだろ」

「堂々としているというか、小賢しいというか……」


 しかし当然、玄関の鍵は閉まっていて開かない。


「こっちです」


 三彩希についていくと、家の裏手に回っていく。塀との間の細い合間を縫って進むと、薄暗い裏口に出た。大きな窓には生々しくカーテンが敷かれ、中は覗けない状態だったが、その一つに三彩希が手をかけると、ゆっくりと窓が開いた。


「なんで開いてるんだ」

「私みたいなもの好きがいるんでしょう。こういったところは、心霊系ユーチューバーには宝物庫みたいなものなので。開いているのも事前に調査済みです」

「お前みたいなのが他にもいるのか」

「ごまんといます」

「ゴキブリだな」


 カサカサッ、と口にしてふざけつつ、三彩希は土足のまま家へと踏み入る。


「おい、靴」

「こういうところはガラスの破片などがある可能性が高いので、土足は基本ですよ。誰に遠慮してるんですか」


 渋々と、黎も土足のまま家の中へと入っていった。

 家の中は思っていたよりも混沌とはしていなかった。小奇麗に家具などが並び、この後家主が戻ってきて生活を始めるとも思えてしまう。


「見てください!」


 三彩希の呼ぶ声に黎が歩み寄ると、そこは1階のリビングの横の畳部屋だった。7畳ほどの広いその空間を、しかし本来畳が持つ和の落ち着いた雰囲気とは全く別の空気が支配していた。


「おそらくここが、殺害現場ですよ」


 三彩希の興奮した様子とは裏腹に、黎は険しい顔つきで部屋を見渡していた。ほとんどの畳ははがされ、壁紙などはまるで悪戯のようにはがされていたが、しかし所々にぬぐい切れていないどす黒い跡が散見できた。

 そしてそれは間違いなく、血痕だろう。


「すごい、これは刀傷……? いや、穴? 刃物を何度も突き刺したんですかね」


 壁や床に入った傷を見ながら三彩希がカメラなどで現場を撮影していると、黎がそ

の場からふらふらと立ち去った。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」


 慌てて追いかける三彩希。大きな黎の背中を、後ろから捕まえる。


「なんだよ。掴むな」

「一人にしないでくださいよ!」

「お前こういうところ好きなんだろ? 妖怪恥さらし」

「誰が妖怪か……ネタになるから好きなんです。怖いものは怖いんです」


 黎はそのまま三彩希を引きずるように玄関口まで進んだ。なんとなく、当時ここに住んでいた黄泉路蜜が玄関から帰ってくる様子を思いかべる。


「しかし、随分と綺麗なまま残ってますよね、この家」

「事件があった物件は普通はどうするものなんだ?」

「持ち主次第ですが、基本的には売りに出されます。が、当然事件のあった家なんて売れないので、破格の値段にして売りに出されます。でも、そのためには家を綺麗にする必要があるんですが……3年も経っていて何一つ手を付けられていないというのは……」


 玄関の靴箱の上を見ると、写真立てなどが持ち去られたような跡があった。

 その時、ギッ、と小さな物音が響き、三彩希の黎の腕を掴む手に力が入った。痛い、けれど黎はそこをぐっとこらえる。


「上か」


 物音がした方を見ると、その階段の先は2階に続いていた。黎はやはり躊躇うことなく階段を踏みしめ2階へと上がっていく。


「あなたには恐怖とかいうものがないんですか」

「神も仏も霊も妖怪もいるかよ。いたら会わせてくれ。言いたいことが山ほどある」


 こういう時ばかりは、その大胆不敵な姿がたくましく頼りがいがある。三彩希は意を決して黎の後ろを駆け上った。

 2階はより一層、闇が広がっていた。二人の行く手を阻むかのように。

 長い廊下に設置された3つほどの扉。その一つ一つを、黎は躊躇うことなく開けていく。1つ目は、おそらく父親の部屋。向かいの2つ目は母親の。そして一番奥の右手にあった扉を開けると――


「きゃっ!」


 部屋の中から、何かが飛び出して三彩希はしゃがみこむ。


「蜂?」

「みたいだな」

「どっから入ったんでしょう」


 三彩希が立ち上がると、すでに黎は部屋の中に入っており、なにやら物色しているようだった。


「ここが噂の美少女、黄泉路蜜の部屋ですね」


 三彩希は、手に持ったカメラを正面に構える。部屋の中は、ピンクやパステルカラーで埋め尽くされていたわけではないが、しかし黄色を基調とした部屋の色使いや、学習机などからこの家で唯一の子供であった黄泉路蜜の部屋であることは間違いないだろう。


「なんですかそれ」


 机の上から黎が何かを取り上げた。黎は黙ってそれを三彩希に差し出す。


「……寄せ書きですね。貼っている写真から、中学生の時のですね」

「内容的に、黄泉路が事件後休んでいた時に送られたものだろうな。長期休暇のクラスメイトに送った励ましのメッセージ。見ろよその写真、どの黄泉路も笑ってる」


 切り貼りされた写真に写る黄泉路蜜は、とても華やかな笑顔をたたえていた。周りには友人たちが取り囲み、彼女が誰にも愛されていたことがうかがえる。


「可愛い」


 つい、同性でありつつも、三彩希はそうつぶやいてしまった。


「今からは想像できないですね。これ、芸能界からオファーとかも来てたんじゃないですか」

「今でも充分美人だろ。笑うか笑わないかだ」

「あなた……そういうことさらっと言います?」

「俺は美人には美人と言う。ブスにはブスとは言わないが」

「その配慮が痛い。もしかして私も気遣われてます?」

「いや、お前は美人だろ。目鼻とか顔立ちがはっきりしてて、いかにも南国な顔。モテると思うぞ」

「なっ!」


 予想だにしなかった―――実はちょっぴり期待していた――返答に、三彩希は頬を赤らめてぎょっとする。


「やめてくださいこんなところで」

「なにもしねぇよ……お」


 今度はタンスの引き出しを開けた黎が声をあげる。 

「今度はなんですか?」と歩み寄った三彩希は、そのタンスの中身を見て、今度は別の意味でぎょっとする。そこには彼女が住んでいたままの状態で残っていて、中には黄泉路蜜のものであろう下着類が丁寧にしまってあった。

 ――と、三彩希が引きだしを思い切り閉めた。


「いだっ!」


 黎の手がそれに巻き込まれ、強烈に挟まれ苦悶の表情を浮かべる。


「お前な……!」

「最低ですか!」

「お前が再生数伸びるって言ってたろ!」

「乙女には割って入ってはいけないラインがあるんです!」

「なんだよそれ……!」


 怒りたいが、荒波のように押し寄せる痛みに、黎は悶絶するしかない。正義の鉄槌を下した三彩希は、少し満足気にそれを見ていると、


「……っ」


 黎の表情が、一片して固まった。そして何かを悟ったかのように素早く動き出し、三彩希の体を引っ張った。


「わっ! 何す――」


 ついには口を手で塞がれる。そのまま強引に体を運ばれ、部屋にあったクローゼットの中へとは押し込められる。「犯す気ですか!」と叫ぼうとしたが、黎の真剣なまなざしで静かにと制されては押し黙るしかない。

 黎は自分もクローゼットに入り、ゆっくりと戸を閉めた。けして広いとは言えない中に、男女が二人。お互いほとんど三角座りで足を交差させながら向かい合う。


「どうしたんですか急に」

「下から物音がした」

「そういうのは信じないんじゃなかったんですか?」

「幽霊ならな」


 ぎぃ、と確かに音が響いてきた。三彩希は目を剥いて驚きの声を殺す。

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