第10話 容疑者 黄泉路蜜
「それとこれ、あとそっち。それとコッペパン6つで」
相変わらずの仏頂面で、黎は購買部のおばさんにそう告げた。購買部のおばさんは慣れた手つきで指定されたパンを袋に詰めてくれた。黎は代金を支払い商品を受け取る。
「あんだけ嫌がってる人に結局コッペパン買うとか、意地悪がすぎるでしょう。鬼ですかあなた」
「急に後ろから話しかけるな」
背後から現れた三彩希に、黎は特に驚いた様子も見せず、不快な表情で返した。
「リアクションうっすいですね~」
「生まれながらこういう性格なんだよ」
「その人殺しみたいな顔も?」
「はっ。やかましい」
と笑い捨て、黎は三彩希をほとんど無視して廊下を急ぐ。
「なんか私にだけ冷たくありません?」
「ていうかお前何しに来たんだよ。俺が買っていくから大人しく待ってろよチューバッカ」
「チューバッカってなんですか。私実はじっとしてられない質でして」
「実は? 見るからにそうだろ」
「ああ言えばこう言う。衣笠さんたちといるときみたいに、私とも楽しく会話をしようとしてくださいよ」
「ママに友達は選べって言われてるからな」
「絶対ママとか言わないタイプですよねあなた。むしろ母親に死ねとか言いそう」
「さすがにそれは言ったことない」
「あ、ストップ!」
「いだっ! なんだよいちいち引っ張るな!」
軽快に進んでいた黎の服を、急に三彩希が掴んで止める。黎が三彩希の視線の先を見遣ると、校舎裏の方に人影が入っていくのが見えた。
「あれって」
「さあさあ、本格的な調査の開始ですよワトソン君!」
「誰がワトソ――っておぉい!」
三彩希が黎の襟服を引っ張り、否応なしに校舎裏の方へと導く。彼女は校舎裏に出る手前の校舎の角で立ち止まり、顔だけを校舎裏にのぞかせた。
「殺す気か!」
「しっ! 見てください。あれ」
渋々、同じように顔を覗かせると、校舎裏の日陰で一人の女生徒が三角座りをしているのを見つける。それは先程見かけた後ろ姿から想像していた通り――
「
あの寡黙な彫刻のような少女が、汚い地面に何も敷かずに座り込み、黎と同じく購買部で買ったであろうビニル袋から総菜パンを取り出した。
「あんなとこで何してるんだあいつ。ぼっちかよ」
「黄泉路蜜は昼休みにいつも一人でどこかに消えてしまうそうです。行く先は校舎裏で、いつも一人で購買部で買ったパンを食べるのが日課。いつも買うパンは余りものから選ぶのですが、好んで選ぶのは玉子サンド。好んで履く下着の色は白か黄色の爽やか系です」
「なんで今日転校してきたばっかのお前がそこまで知ってるんだよ。あと最後の情報は余計だ」
「聞き込み調査をしましたからね。探偵の基本です。この私がじっと大人しく授業を受けるだけだと思いましたか? ちなみに男性からは比較的好意的な、女性からは悪意的な意見が聞けました」
「ストーカーかよ」
「確かに、探偵とストーカーは紙一重ですね」
三彩希は黎の嫌味も気に留めず、おもむろにポケットからスマホを取り出した。そしてそれを黎に手渡す。
「なんだよ」
「今からオープニング撮るので、撮影をお願いします」
「は、なんで俺が……」
「私の世話を頼まれてますよね? それがあなたが今生かされてる理由ですよね?」
「いつからそんなに話が肥大した」
「私の助手を担えるなんて家宝ものですよ? あ、ファンの人から嫌がらせとか来るかもですがその時は私に言ってください」
「おい、巻き込まれてんじゃねぇか!」
「はいはい。ワトソン君、ではスマホのカメラ向けてつっ立っててくれるだけでいいですから。ほら早く!」
言いながら、三彩希は鏡で髪を整え、あろうことか膝丈だったスカートを太ももギリギリまでさらけ出すようにたくし上げた。白く健康的な太ももが厳しい夏日の下に露わになる。
「こうした方が再生数伸びるんですよ」
「なんだよそれ。結局エロ需要じゃねぇか」
「ホラーとエロは運命共同体です。エロで吊り、内容でバズらせる。女の武器は使わないと損ですよ損。はい、カメラ回して」
言われて黎が再生ボタンを押す。
「はい、皆さんこんばんわ。1,2,3のミサキチです!」
少し声音をあげて、それでいて声量は少し落とし気味に、あの寒々しい挨拶をして見せる。ぴょこんとスカートが跳ね、危うく中が見えそうになる。これも三彩希の戦力だ。
「今回はですね、あの噂の少女を追って、転校先の高校の校舎裏まで来ております」
まるでレポーターのような口調で言って、三彩希は黎を手招きで寄せる。どうやらカメラを死角から覗かせて、黄泉路を映せということらしい。
「なんで俺が……」
いいように使われていることに不快感を覚えながらも、どうにもカメラが回っていると思うと大きく出れない。黎は仕方がなく言われた通りにカメラを向けた。
「あれが今回私が調査している未解決事件、その中心人物となる女生徒です。名前は伏せますが、正直めちゃくちゃ可愛いです。勉強もできて眉目秀麗。男子にもとても人気があるそうですが、校舎裏で昼食をとる姿はとてもリア充には見えません。あんな可憐な少女に何があったのでしょうか。クラスメイトに調査したところによると、あの事件以来一切喋らなくなったどころか、誰とも関わろうとしなくなったそうで、噂どおり昼休みも一人で校舎裏で昼食をとっています……皇子代さん、ズーム。ズーム!」
「ズームってどうやるんだ?」
「は? 2本指で内から外に向かってスワイプです!」
「そのスワイプってなんだよ」
「まじですか……貸してください
ひどい言い草だ。と少し傷つく黎の手から、半ば強引に三彩希はスマホを取り上げた。そして指先をまるで魔法使いのように巧みに操り、カメラを調整して黄泉路蜜を映し出す。先程黎が撮っていた適当な画面とは打って変わって、黄泉路にピントが合っていて移り映えもよい。
「へぇ、すごいな」
「今時普通です。格安でもいいのでスマホを持つことをおすすめしますよ原始人」
「金がかかるからいらないな」
「原始人どころかラミダス猿人ですね」
「意味は分からんが馬鹿にされてることはわかるぞ」
やれやれ、と半眼になりつつ、三彩希は画面に視線を向けた。
黄泉路蜜は、先程からまるで動かず、ただもぐもぐと口元とパンを持つ手だけを動かしている。しかしその座り方や仕草一つ一つに、どこか品が垣間見える。彼女の育ちのよさそうな風貌は、決して見た目だけではなさそうだ。
「もともとはいいところのお嬢様だったというのは本当っぽいですね」
「動画とか言ってたけど、あいつの何をそんなに調べてるんだ?」
「3年前に隣の町で起こった、黄泉路夫妻惨殺事件。知らないんですか? 私は今回その事件の真相を追ってるんです」
惨殺事件。その不穏なワードに、黎は黄泉路から三彩希に視線を落とした。
「惨殺って……しかも黄泉路って」
「あの人しかいないですね。そんな苗字は」
再度、黄泉路蜜に視線を戻す。惨殺なんて言葉は似合わないその静かな様子は、事件なんてものから最も遠い存在に思わせる。
「黄泉路家は町でも評判の家族でした。背が高く壮健な父親に、美人な妻、そしてその二人のいいところを受け継いだ美人娘の三人暮らしで、つつましくも幸せに暮らしており、誰もがうらやむ家族だったそうです。しかしある晩、その黄泉路宅から、大きな悲鳴が聞こえてきました。近隣住民が慌てて駆けつけると、黄泉路夫妻が惨殺されており、見るも無残な亡骸で発見されました。しかしなんと一人娘の黄泉路蜜だけは、無事で気を失っていただけで救出されたそうです」
さすがミステリーハンターと名乗ることだけはある。三彩希は何気なく事件の概要を話しているだけで、少しそのおどろおどろしさが伝わってくる。
「しかし結局犯人は捕まらないまま、今日まで未解決事件として残っているという話です」
「それは……悲惨な事件だったな」
「あら、意外とこういうのに
「俺にだって人情くらいある」
「それは今日一番の驚きです」
こいつ、と黎は三彩希の後頭部に向かって睨みをきかせた。もちろん何の意味もないことではあったが。
「それで、ここから黄泉路蜜を撮影して何になるんだよ」
「決まってるじゃないですか。灯台下暗し……犯人は彼女しかいません」
「は?」
「ミステリーの題材にすらなりませんよ。惨殺現場に唯一いた生き残りですよ? 警察をどう言いくるめたか知りませんが、彼女が第一容疑者であることは間違いありません。私はその証拠をつかんで、真実を明るみにするんです。犯罪者は野放しにできません」
三彩希がそう言い切るや否や、スマホの画面が真っ黒になる。それは黎の手が三彩希のスマホを掴んだからで、そのまま強引にスマホを取り上げられてしまった。
「あぁ! 何するんですか!」
「何の証拠もないのに、他人を犯罪者扱いして晒し上げるのがお前の趣味か。世界中の人が見るんだろ?」
「大丈夫ですって。顔にはモザイクをかけますし」
「モザイクかけたところでわかる人にはわかるだろ。意味ない言い訳すんな。そうやって誹謗中傷で死ぬ人だっているんだろ? ニュースでやってたぞ」
「それは私の責任ではありません。面白がって中傷する人はどこにだっていますし」
三彩希の言い逃れるような軽妙な態度が引き金だった。黎が唐突に、三彩希のスマホを地面に叩きつけた。
「あぁ!! なにするんですかっ!?」
激怒し顔をあげた三彩希は、しかしすぐに黎の表情を見て言葉を失う。
黎は仏頂面をさらに厳めしくし、怒りに満ちた、それでいてどこか冷たい表情で三彩希を見下ろしていた。この時ばかりは、180はあろう背丈が、とても威圧的に感じる。
「ふざんけんな。やるなら自分で責任を取れ。他人のせいにするな」
「……それは……」
三彩希がらしくなく萎縮していると、すぐに黎は踵を返しその場を離れていった。残された三彩希は、ひび割れたスマホを拾い上げつつ、黄泉路を見遣る。するとそこにはもう彼女の姿はなかった。
「……なんなんですか、もうっ」
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