第9話 ダ〇ョウ倶楽部

「じゃあ今日はここまで。今日やったとこ、次の期末試験に出る可能性が高いから、絶対復習しておくように」


 ガラガラ、という椅子を引く音で、皇子代みこしろれいは目を覚ました。

 彼が目を覚ました時、ちょうど四時間目の英語の授業が終わり、教師が教室を出ていくところだった。そしてすぐにチャイムが鳴り響いた。


「……腕が痺れない寝方を知りたい」


 いつも通り授業の途中で力尽きて寝てしまった黎は、自分の腕の痺れ具合から、相当の間眠っていたんだと気付く。両指を組んで腕を伸ばし伸びをする。


「なあ美登里みどり


 教科書の片付けを行う衣笠美登里の背中に声を掛ける。美登里は振り返ることなく、「なんだい?」と答えた。


「なんか大事なこと言ってたか? 次の試験の話、とか」

「いや、全くだね」

「そうか、それはよかった……テスト明けだから気が抜けてしまうな」

「黎ちゃんが寝ているのはいつものことでしょ。ま、試験に関して何か言ってたら教えるから安心して寝ててよ」

「美登里……お前はいいやつだなぁ……本当に友達様々だ」


 そんなこんなでやっと昼飯か、なんて時計を見上げると、


「黎! さぁ飯を食おう!」


 と、前の席の蒼海が身体は正面を向いた状態で背中を反り、首だけを黎に向けて言った。


「そうか。蒼、そんなに一緒に食べたいか。じゃあ恒例の交遊権争奪ク~イズ!」

「なんて上からの企画なの」


 美登里のツッコミを聞き流して蒼海はにこやかに笑い、


「よしっいつものか! どんと来い! いや、ドントカム!」

「拒絶された!?」


「come」という単語が直前の英語の授業に出てきたからそれを覚えていて、今こそ使いどこだと思ったのだろう。おかげで、全く逆の意味になってしまった。


「じゃあ問題だ。馬鹿は馬鹿でも取り返しのつかない馬鹿ってだーれだ?」

「むう、なぞなぞか……難しいな」

「そうだな。馬鹿だしな」


 椅子の上で膝立ちをし、両腕を組んで真剣に悩み始める蒼海。わざわざ「何だ」ではなく「誰だ」と答えのヒントを与えたのに、それに全く気付く様子もない蒼海の横から、


「わかった。答えは蒼ちゃんだね」


 と、美登里が蒼海を指さしながらそう言った。


「お前最低だぞ。言って良いことと悪いことがあるだろう」

「そのままその台詞にリボンを付けて送り返すよ。迷惑料の返信封筒も同封して」

「お前がめついな。ほんと外見が良いと中身は汚れてるもんだ」

「黎ちゃんよりはマシだと思うけどな。心ゴミ屋敷じゃん」

「どんな思い出も捨てられないハートフルな心ということかな。ありがとう」

「独善的で周囲の迷惑を顧みない自己中野郎ってことさ」

「愛すべき市民をそんな風に迫害するのはいかがなものだろうか。ほら、どっかのドMも言ってたろ。隣人を愛せと」

「黎ちゃんは隙あらば方々に敵を作りたがるよね」

「誰も俺のことなんか理解してくれないんだ」

「急に思春期に入らないでもらえるかな!?」


 何を言い返しても、ああ言えばこう言う黎に、美登里は辟易したように嘆息する。 美登里は黎から視線を外し、隣の三彩希へと視線をやった。


「ところで三彩希みさきちゃんも一緒に食べない?」


 そんな美登里の誘いに、黎がびくりと身体を揺らす。黎の右隣の席に座る転校生の虹倉三彩希は少し驚いたように目をぱちくりとさせる。


「私? いいんですか?」

「もちろんだよ。転校してきてわからないこともあるだろうし、よければ是非話したいな」

「お気持ちは嬉しいですが、お隣でえげつないくらいうざそうな顔をしているお友達がいますよ?」


 美登里の隣で、黎は言外に勘弁してくれという顔をしていた。


「気にしないでよ。黎ちゃんは基本こういう顔なんだ。ブツキラボー症候群って言う珍しい病気なんだけど」

「勝手に作るな病気を」 

「黎ちゃんもさっき助けてくれてくれたお礼を言いたいだろうし」

「ああ、あの眼鏡の白スーの先生のことですか。今朝助けていただいたお返しです。これで貸し借りは無しですね」


 そう言って満面の笑みを押し付けてくる三彩希に、黎は逃げるように顔を逸らした。


「ていうかあの先生大丈夫ですか? 今時あんな高圧的な人珍しいですよ」

「日本史の橙堂だいだいどう先生ね。あの人は、いつもああなんだよ。教師の間でも倦厭けんえんされてるらしい」

「だいだいどー……Dの意志を継ぐものかな? まぁ皇子代さんのためだけではなく、私もむかついたので晒してやろうと思ったんですが。か弱い女生徒をいじめるなんて」

「そもそも最初に黄泉路を辱めたのはお前だけどな」

「うっ……さすがにまさか、転校してきたクラスにいるとは思わなかったんですよ。反省してます」

「俺に言うんじゃなくて本人に言えよ」


 黎の言葉に三彩希が教室後方の黄泉路を見るが、彼女は既に座席にはいなかった。


「いませんね残念です」

「お昼休みはいっつもいないね、黄泉路さん」

「なんで美登里が知ってるんだそんなこと」

「可愛い女の子のことは漏れなく把握するでしょ」

「きんもっ。おい虹倉、こいつを晒せ」

「いいですが、おそらくむしろ良い意味で再生数が爆上げかと」

「なんでだよ」

「イケメンなので」


「は?」とつい自然と声が漏れる。腹立つ、と黎がこめかみをひくつかせていると、美登里はさもありなんと言いたげに、得意気な顔で爽やかに笑った。


「それよりもさっきの教師とのバカげた言い合いをアップしてみたいですね。思春期真っただ中の男子生徒VS白スーあいたた教師! みたいな」

「俺を晒したら肖像権の侵害で訴える」

「関係ないですね。炎上させてしまえばこっちのものです」

「そうやってたくさんの人をハメてきたのか」

「ハメたなんて人聞きの悪い。私はあくまでネタになりそうな動画をアップしているだけで、それをどう思うかは見た人次第ですので」

「なんだその都合のいい逃げ口上は。だから今朝みたいに絡まれるんじゃないか」

「あれは全く無関係です。私も被害者ですので」


 黎の挑発に、三彩希はむっと口を尖らせた。

 なんて喋っていると、この間ずっとなぞなぞの答えを考えていた――黎は途中で忘れてた――蒼海が、バンッ、と机に両手をついて言った。


「わかったああああああああああああああああああああ!!」

「あ?」「は?」


 蒼海のつんざくような叫び声に、黎と美登里は明らかな不快感を表情いっぱいに乗せる。


「馬鹿は馬鹿でも取り返しのつかない馬鹿……それは―――――――カバだ!!」

「「てめえだっつってんだろ!」」


 ハモる二人。黎は激しく蒼海を睨みつけ、


「死ねっ! ボケッ! 血筋絶て!」

「血筋って……さすがだね黎ちゃん。僕ももうそうするしかこの負の連鎖は止められないと思っていたところだよ」

「オウマイッ! なるほど、答え俺かあ。これはまさに灯台モトクラシーだなっ!」

「大正デモクラシーのノリで言うな」

「てか蒼ちゃん、オウマイッ、って……ゴッドまで言おうよ。『おお私の――』何なのかわかんないじゃんそれじゃ」

「馬鹿だなぁ、みどっちは。今は全部言わずに略すのが流行ってるんだぞ? KYとか言うじゃん?」

「情報古っ!」


 なんて三馬鹿がギャアギャアと叫び散らしていると、「あの〜」と三彩希が恐る恐る割って入ってくる。


「楽しそうなところ申し訳ないんですが、私はお昼を持ってきていないので、今日は購買で何か買おうと思ってるんですが……」

「ということは……」


 美登里はそう言って、ジャンケンの構えを取る。彼らはいつも、誰か一人が全員の分を買ってくるということにしている。もちろん何を買うかは買う人次第。そしてそれはジャンケンで決めている。

 しかし、黎がすっと手のひらを美登里に向ける。


「今日はジャンケンはやらない。蒼。今日はお前クイズに答えられなかったから、いつもだけど、今日は蒼が買いに行くのが順当だろう。いつもだけど」

「うんそうだなっ!」


 なんの不満もなさそうに、蒼海は元気いっぱいに即答した。この手法(というほどのものではない)で一週間くらい連続で蒼海が買いに行っている。

とんだ馬鹿野郎だ。

 なんの不満もなく蒼海は立ち上がり、教室を出て行こうとする。


「蒼ちゃん、ちょっと待って」


 すると美登里が蒼海を止めた。


「いくらなんでもこれは不公平だよ。蒼ちゃんの馬鹿さはもうそれは生まれたての赤子から脳みそを取り上げたくらいなんだから、蒼ちゃんにクイズを正解しろという方が無理がある」

「赤子関係ないなそれ」

「というか、蒼ちゃんが買ってくるせいで僕はここ一週間で昼食にコッペパン以外のものを食べた記憶がない。あんな味のないカスカスしたものをこれ以上は食べたくないんだよ」


 蒼海はごらんの通り馬鹿なので『ん~じゃあこれ六つ』と適当に指をさして商品を選んでしまう。性質が悪いのが、馬鹿なので前日に何を買ったものを覚えていないため毎回同じものを指さしてしまうところだ。だから今も買いに行かせれば、必ず一人コッペパン二つという落ちになる。

 当の蒼海は『何の話してるのかぁ~、早く買いに行きたいなぁ~』って顔をしながら黎たちの様子を伺っている。


「黎ちゃんもたまには買いに行きたいとか思わないの?」

「別に俺はなんでもいいしな。コッペパンなら安く済むしそれもいいかなと」

「良くないよ。食の偏りは人格の偏りだよ。最近イライラもが止まらないのもコッペパンのせいだ」

「それはお前、コッペパンの風評被害だろ」

「黎ちゃんは、買いに行く気はないの?」

「ありえないな。楽して楽しく、これ、俺のモットーだ」

「清々しいまでにクズだね。絶対に買いに行かない?」

「ああ絶対にだ。俺が妹以外の人間の為に動くことなど金輪際ありえない」


 堂々と断言する黎と美登里はしばし睨みあう。しかし先に美登里が折れたように視線を外した。


「そうか、じゃあ仕方ないね。僕が行くよ」


 美登里はそう言って手を高くあげた。


「いんや。大丈夫俺が行くって!」


 続けて蒼海が同じく挙手した。

 瞬間、黎は何かを感じ取ったかのようにこめかみをぴくりと動かした。


「そんな、じゃあ今日は私が行きますよ?」


 最後に釣られて虹倉が挙手をする。

 すると、頑なに拒んでいた黎の腕が、同じようにすっと垂直に真っ直ぐ上に伸びた。


「えっ、じゃあ俺が行くよ」

「「「どうぞどうぞどうぞ」」」


 振りがあればボケなければ気が済まないという黎の性質を逆手に取った、美登里の狡猾な作戦だった。黎はどこか心地良さそうにしばしの間目を瞑っていた。その後財布を持って席を立ちあがり、


「一片の悔いなし!」


 そう叫んで教室を出ていった。


「なんですかあれ、あの人以外と馬鹿ですか?」


 終わってから鉄板ネタの一員となった三彩希が、不思議そうにそうぼやいた。


「黎ちゃんはボケがあったら乗っからずにはいられない性質なんだ。見たでしょ、あの満足気な顔」

「なんていうか、思っていたより不愛想な人ではないんですね」

「黎ちゃんは誤解されやすいけどね。基本的にはお笑いが好きな馬鹿なんだよ。良くも悪くも子供ってこと」

「ふ~ん。三馬鹿ですか。なんか、なんだかんだ青春してて羨ましいです」


 最後にそう、三彩希は誰にも聞こえない小さな声で言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る