第3話 巻き込まれ事故

 校門が見えたところで、黎は自転車を止めた。


「やめてください非常識です!」


 普段は誰もいない――遅刻しているからだが――その道に、若い女性が一人と男性が二人、たむろしているのが目に入った。たむろっていると言えば聞こえはいいが、見るからに、男性2人に対して若い女性は迷惑しているようだった。


「こんなとこまで来るなんてルール違反です! 互いのプライベートには踏み込まないって、配信者の暗黙の了解ですよね?」

「だから、俺はマジで来てんの。なんでわかってくれないかなぁ。配信とかファンとか関係ないの」

「じゃあ後ろのカメラはなんですか?」

「プライベートのどんな些細なことも撮り逃さない。それが俺らでしょ?」

「とりまカメラ止めてください」

「そんなこと言わずにさぁ~。ネタでもいいからOK頂戴!」


 黎と同じ年頃の男女が、人目もはばからず言い合っている。少なくとも女性の方は制服を着ているから同年代だろう。しかし黎とは違う高校のようだ。その少女は目の前の男性をうっとうしく感じているのか、迷惑そうにけわしく眉根を寄せている。


「学校の前で勘弁してくれ」


 黎はそう愚痴りながら、その横を通り過ぎようとした。


「ちょ、ちょっとそこのあなた!」


 すると、その女子が黎を見かけ声を掛けてきた。しかし黎は、面倒事に巻き込まれてはごめんだと、それをガン無視して通り過ぎる。


「聞こえてますよね! 助けてください!」

「……」

「無視しないでください! それでも男ですか!?」

「あ、自分女なんで」

「絶対違いますよね!? お願い待って!」


 その時襟を引っ張られ、ぐいっ、と遠慮の無い力が黎の首にかかる。一瞬息が止まりそうになりつつ振り返ると、今の女子が黎に助けを請うようにその濃い二重の目で見つめていた。


「お前な、いきなり引っ張んな」

「私ミサキチって言います! 助けてください!」

「マジキチ?」

「ミサキチ! 助けてくれたら、ほら、コラボとかしますよ!?」

「いや、誰だよ……てかコラボって?」


 突然の申し出に、しかし意味がわからないと黎は眉根を寄せる。彼女の後ろには、大学生くらいだろうか、男性が二人。片方はカメラを構えた少し小太りの。もう一人は、見るからに女性受けのよさそうな。おそらくこの二人に言い寄られていたんだろうと推測する。


「ナンパか?」

「ちょっと、君ここの生徒? 今撮影中だからさっさと行って」


 顔の良い方の男が、手をひらひらとさせて黎にそう指図した。


「撮影? テレビか?」

「は? テレビとか何古いこと言ってんの? てか俺らのこと見てわかんない?」

「……誰?」


 少し考えてみたが、わからない。黎が困惑した表情をすると、2人の男は少し驚いたように顔を見合わせ、けらけらと笑い出した。


「まじか。ミサキチはまだしも、俺ら見たことないとか、君んちネット繋がってないの?」

「原始人現るぅ」


 男二人がそう言って嘲笑うものの、黎には目の前の人間が誰か一切わからない。何がそんなにおかしいのか。そんな不快感を覚えつつもその場を去ろうとした黎だったが、しかしその視線を男の足元で止める。


「おい」

「は? なにぶっ――」


 黎が目の前の男を突然殴った。

 本当に急に。

 何のためらいもなく。あまりの唐突さに、誰もが何が起こったのかを一瞬理解できずに固まった。


「おい! てめぇなにすんだよ!」


 地面に尻餅をつき抗議する男を無視して、黎は地面に落ちいていた紙を拾いあげる。それは黎が愛する妹から今朝もらったばかりの紙バッヂである。おそらく少女に引っ張られた時に、胸ポケットから落ちたのだろう。そこには茶色く足跡がついている。言うまでもなくそれは、男の物だ。

 黎は手に持ったそれを静かに見下ろしていた。


「殴るぞお前」

「もう殴ったろ!?」


 ゴゴゴゴゴ、と黎の背後にどす黒いオーラがあふれ出る。それに危機を感じ取ったのか、男は後ろのカメラを持った小太りの男を指さしながら叫んだ。


「お前な、全部撮ってんだぞ!? タダで済むと思うなよ! 全世界に晒してやるよ!」

「あれ、駄目だ。撮れてない」


 粋がる男に反して、もう一方の小太りの男が焦り気味にカメラをカンカンと叩く。


「は? どうして?」

「わかんない、急にブラックアウトしちゃって……」

「ボコお前な……いっつもいざというときに使えねぇな! 充電して来いよ!」

「したって! 電源はついてるんだけど……でも、あれ、ごめん!」


 ワタワタと、わかりやすく焦りだした小太りの男。どうやらカメラが正常に働かないらしい。二人は、今度は互いに非難を始める。すると、黎がおもむろにそのカメラを鷲掴みにした。そしてそれを強引に取り上げ、あろうことかカメラを脇に広がる田んぼの中へと放り投げた。それは綺麗な弧を描いて、田んぼの中へと消えていった。


「おまっ、なにすんだよ! あれ高いんだぞ!?」

「悪い」

「てめぇ!」

「悪い」


 その男は決して背は低くはない。しかし180は超えるであろう黎が圧するように見下ろすと、彼はそれに屈したように視線を下げていく。有無も言わせないオーラに黙りこくってしまった。


「おい、もうやめとこうぜ。一般人の高校生に絡むのはさすがにまずい」


 それを見かねたボコと呼ばれた小太りの男が、体を引っ張り黎と引き離す。そして謝る気があるのかないのか、適当な会釈をしてその場を逃げるように去っていった。


「なんだったんだあれ……お前も一般人だろ。なぁ、おい、あれって」


 当然、黎は巻き込まれた理由の説明を求めて少女を振り返る。

 しかし、そこには誰もいなかった。

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