第4話 推理④
「卵の殻を破らねば雛鳥は生まれずに死んでいく。我らが雛で、卵は世界だ。世界の殻を破らねば我らは生まれずに死んでいく。世界の殻を破壊せよ。世界を革命するために」
―少女革命ウテナ(JAPAN CREATIVE STAFF)
(一)
では自分の推理をお披露目しよう。
Aが口火をきり
「円にまつわる話をする」と宣う。
「またかよ!! それ昨日もやっただろ。もうπ説はB一人でうんざりなんだよ。π!π!π!π!お前たち。このπsが!!」
怒るCに落ち着けと涼しい顔で制止にかかるB。
「Aが順当ではある」
「うむ。では早速始めさせてもらうとする。自分の推理の立脚点はガシャポンの構造だ。ガシャポンのカプセル設置面を思いだしてほしい。中心に小さな円があり、その周りを五つの大きな円で囲っていただろう」
「別に問題ないだろ。他のも同じと聞いてるが」
Bの言うとおりだ。自分も空同然の台を見たことは今まで何度かあるけれども特に違和感はない。
「問題は商材の方だ。コイツをここに置くとしたならば図像に変化が生ずる」
Aが『釈迦ミス』を取りだし中央へ仰むけで置く。
五つの円が仏を囲む形となった。
この図像は―。
「おいおいおい曼荼羅ってかよ。文具屋。ふざけんのも大概にしろ」
「ふざけてなどいない」
思慮深いAにしては珍しく断言した。
「筐体―カプセル―袋に守られた三層の囲いも須弥山の世界感とも符号する。いわゆる三句の法門の囲いだね。菩薩心・大悲・方便は大乗仏教の基本的な教理でありそれを織り込んだ曼荼羅のことを胎蔵曼荼羅とも言う」
「おべんちゃらはいいからさっさと次に行ってくれよ。頭痛くなってきやがった」
「うむ。コインを入れると中の土台を支えている曼荼羅が回転する。一周回った所でストッパーに抑えられ生命の卵が胎道をぬけて現世にいずる。しかし卵から出てきたのは仏だ。ここで一つ問題が生まれる。輪廻転生していきなり解脱―涅槃に至ってすなわち仏と成るにはステップを一つ無視しているんだ」
なんだか頭が少しくらくらしてきた。
「まさかそんな馬鹿な」Bが声を荒げる。
「そう。そのまさかだ。死が欠落している。よってこの塩ビ人形は殺されなければならない。これがこの事件の動機そして―おそらく犯人は極端に過程を正しい順序で踏みたい人間―密教信者とみた」
「待てよ、それならその正しい過程とやらにはどうやって軌道修正するんだ」Bが疑問を投げかけた。
「簡単な事だ。ミステリの密室といえば皆なにを思いうかべる?」
「自殺に他殺にあと、えーとトリック?」
「それだけではない。皆これまでの推理の中で見落としている点が一つあるだろう。錠前を解くは」
「……鍵 か」BがAの上げたトスにアタックを決めうつ。
「そうだ。ただしミステリ小説なんかに出てくるもちろん
コインを入れて台座回転盤とレバー操作の両方を駆動させる歯車のロックをまずは解除する。次に人形の首にピアノ線を交差させ絡ませる。そして袋に戻しカプセルを閉じる。線の両端はレバー裏側の歯車とかき混ぜ棒の内の一つにでも巻きつけておく。二つの運動方向は真逆なので―」
「なるほど!! 人形の素材は塩化ビニル樹脂(C2H3Cl)nでできている。ゴム製だから柔らかい。その上樹脂は運動エネルギーが起こす摩擦熱に弱く千切れやすい」Bが補足を入れる。
「そうだ。カプセルが落ちると同時に首がねじ切れる。同時に鍵は閉まり密室状況からの首切りが完成する。死を演出するには首切りでなく胴体でもいいが人形はSDデザインなので頭部が大きいから糸を絡ませやすいこのトリック固有の利点がある。
輪廻の台座が回りスロープを胎道と見立てると、その過程で生まれ―死を経験とし―見事に仏と成る」
「でも、そんな都合よく首を切りたいカプセルが出るだろうか。やっぱり無理じゃないかな。それにワイヤの処理もどうするんだ」
「いや、出る。自分も昨夜そこに行き詰まったんだが、ガシャポンの原理で調べてみると、台座の穴に置く位置によって落とし穴に入るカプセルの順番がふるい分けられているんだ。ピアノ線は途中でねじ切れ歯車に巻き取られる。万一残ったとしても証拠は匣の中になる」
たしかにAの推理だと、どのケースも切断箇所が統一されてることの証左にもなりうる。
さらにそれは連続切断魔であり犯人が一人である裏付けにも。
「そしてその証拠物を容易に回収できる人物がただ一人いる」
「誰なんだそれは」
「一番匣に触れて怪しまれないであろう人物になる。やはり業者が犯人だ」
(二)
後ろ手に縛られている。ここはどこだ。
ドアが開く音がする。目隠しをとられる。
後光を受けて人物が現れる。
「た……助けて。命だけは。誰にも喋らないわよ。あなただって事は秘密にするから……やめて……!殺さないで」
首筋に刃が当てられている。冷たい。
だめ。やめて……やめて……やめて……。
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