第一章22 フルアーマー・スーツ


 (2874年7月31日)


 地下3階の闘技場に来たオレたちは戦闘にあたってジェンからの説明を受けていた。

 ジェンは闘技場を上から見渡す位置の席についており、マイクから声を伝える。


 「よし。それじゃあ2人には軽く、いや思いっきりバトルしてもらう。バトルと言ってもルールを決めておこう。ルールは先に相手の頭、胸、背中の3か所に設置された紙風船を割った方が勝ちとするという単純なものだ。時間は無制限、力尽きるまでやってくれ。最悪死んでも、ここには最新の蘇生装置があるから安心してくれ」


 「あ、安心できるか!」


 オレは思わずジェンにツッコんだ。しかしオレの声は届かない。


 「まあまあ、ソウタさん。お互い全力で頑張りましょう!」


 「お、おう」


 オレとは正反対でゴースキンはとても気合が入っていた。

 するとゴースキンは腕に取り付けた端末を操作し始めた。

 次の瞬間、ゴースキンは全身黒タイツ状態になった、というかスーツを着用するとこうなるのだろう。


 「それじゃあ2人とも始めてくれ」


 『パンッ!』という乾いた空砲と共に勝負は始まった。

 信じられない速さであっという間にゴースキンはオレの目の前まで来る。

 これがスーツの性能なのか……


 「……!」


 「もらいました!」


 『パンッ!』とオレの胸の紙風船があっけなく割れてしまった。それと同時にオレは強烈なパンチを胸部に食らい、吹き飛ばされ、闘技場の壁に背中を強打する。

 背中を強打するとともにまたも嫌な音が響いた。

 そう、オレの背中の紙風船が割れたのだった。


 「痛っ……」


 思った以上に痛い…… 平和主義者のオレにとって殴り合いのケンカは非常に縁遠い。イライラしたときは相手に反発するのではなく、黙り込んで戦線離脱するタイプであった。

 しかしどうしたものか、ゴースキンのパワーとスピードは半端ないし、オレの権能を使う猶予すら与えてくれそうにない。

 するとヘル師の一言が脳裏をよぎる。


 『よーく、対象を観察するのじゃ。観察することで会得できるものもたくさんあるぞよ』


 観察か……

 そうこう考えていると、ゴースキンが再びこちらに向かってくる。


 「よーし! この調子でラスト1つも頂きますよ!」


 さっきと同じモーションで今度は頭を狙ってくる。

 先ほどとは少し違う角度からの右拳だが、振りの感じはさっきと同じだ。いくら速くても予測すればなんとか…… いや、やっぱマズイ!

 『パンッ!』と先ほどと同じ音がむなしく響き渡った。


 「…………!」


 「やった! 頭ももらいました!」


 オレは頭に強烈なパンチを食らい、軽い脳震盪を起こした。そして案の定、再び壁に背中を打った。

 オレは自分の体の骨がいくつか折れていることも何となくわかった。もうボロボロで動けない。動きたくもない……


 「なんと!」


 ジェンは驚きを隠せない様子であった。

 そしてそれから数秒後、ゴースキンもあることに気づいた。


 「へっ!?」


 ゴースキンもまた驚いた。なんとゴースキンの頭と胸の紙風船が割れていたのだ。


 「あ、あと一つ…… だったんだけどな……」


 「いつの間に……」


 「ゴースキンは毎回、殴り掛かるモーション、の、時、オーバーになる傾向が、ある、からな。防御が、ざるだった、な」


 「な、なるほど。そういうことでしたか」


 傍観していたジェンも感嘆していた。


 「1つも割れないと思っていたが、まさかあの状況で2つもゴースキンのを割るとは…… なかなか見どころのある人間だな」


 とは言えオレの負けは負け、それは疑いようもない事実である。

 実際問題、オレとスーツを着たゴースキンとの力の差は歴然としている……

 そう考えていると、オレはある異変に気付いた。


 「はぁ、はぁ、はぁ……」


 ゴースキンの息の荒れようが半端じゃない。

 まさかこれがこの装備の欠点。

 明らかにその表情からは疲れが見て取れた。

 このスーツの弱点、それは異常に使用者の体力を削ることである。

 オレは既に敗北し、かつボロボロの状態であるが、ゴースキンの背中にある紙風船を狙った。


 「エキシビジョンマッチといこうぜ」


 オレの行動に気づき、ゴースキンは回避を試みる。

 流石にオレの素のスピードでは敵うはずもなく、初手は簡単に避けられる。


 「いきなりとは卑怯ですね」

 「”ウインドレスポンス”」


 ゴースキンの反応お構いなしにオレは権能を使う。

 風の力を利用して、自身を加速させる。

 オレはゴースキンの背後に回り込もうと試みるが、スーツの性能はその速さに追いついてくる。


 「流石は権能者ですね」


 背後の取り合いをめぐる攻防が数回にわたって繰り広げられた。

 2人は縦横無尽に空を飛び、ジェンもその攻防を追いかけるのに精一杯であった。


 「な、なんと…… あのスピード、スーツに引けを取っていない、だと!」


 背後の取り合いは数分にわたり続いた。

 その中でますますゴースキンのスピードが落ちていくのをオレは感じていた。


 「……くっ!」


 「疲れてきたか? ゴースキン」


 「負けるか……!」


 2人の負けず嫌いによる攻防はぎりぎりまで続いた。

 そして終止符はあっけなく打たれた。


 「そこまで!」


 ジェンの声が響き渡った。


 「スーツの耐久値が限界まできてしまった。今日はここまでだ」


 終了の合図とともに、力を出し尽くしたオレたちは空から地面に落ちていく。

 オレの意識はそこで途絶えた。


 ******


 「2人ともお疲れ様」


 「お疲れさまでした!!」


 2人の息はたまたま揃った。その後一瞬の沈黙があったが、互いに向かい合い、共に爆笑した。


 「ははははは!!」


 今回の実験で、『フルアーマー・スーツ』は身体機能向上に大きく貢献するものの、多大なエネルギーを消費することから、使用者の基礎体力及び更なる改善が必要との今後の研究方針が研究チームでまとまった。

 そしてオレは研究所での別れ際、ゴースキンに礼を言った。


 「いいものを見せてもらったぞ。ありがとな、ゴースキン」


 「はい、こちらこそ…… そこでこれと言っては何ですが、これからこのスーツと共に実践を積みたいと思っているので、ソウタさんの旅に同行させてもらえませんか?」


 「ほ、本当か! 実はオレも移動手段とか、道案内とかで困っていたんだよ。願ったり叶ったりだぜ」


 「は、はぁ。それなら良かったです」


 ゴースキンは少し複雑な気持ちになった。


 「それじゃあ早速行くか、ゴースキン」


 「あ、はい」


 オレは新たな旅の仲間にゴースキンを加えた。


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