第一章21 クレデリアの研究


 (2874年7月31日)


 「うわぁー! この時代にもブター・バックスあるんだな」


 オレがかつていた時代にもあった人気の喫茶店だ。

 お金にケチ臭いオレからすればかなり縁遠いお店である。

 オレはゴースキンの車の助手席に乗せてもらいながら、キー村の景色を眺めていた。


 「というか、これはもう村じゃなくて都市だなぁ」


 「でも、村なんですよ」


 ゴースキンは真面目な口調で反応し、話を続ける。


 「これはこのクレデリア王国に限ってですが、田舎も都市も全て『村』という区画単位を用いているんです」


 「それは、どうして?」


 「それは他の国との決まり、つまり約束だからです」


 「約束?」


 「そうです。先の大戦で残った4つの王国についてはご存じですよね?」


 「ああ、知ってる」


 「その4つの国の中でもクレデリア王国は一番規模が小さく、また被害も大きかったため、和平協定において4番目の地位、つまり最下位の地位に位置づけられたのですよ。この『村』という呼称もその和平協定の際に取り決められ、他の国より低い地位であるということを宣言しているようなものなのですよ」


 「王国間の地位か……」


 「はい、そうです。現時点では1位がバンデス王国、2位がオリンポス王国、3位がアロストロ王国、4位がクレデリア王国となっています」


 「た、確か…… 北がバンデスで、西がオリンポスで、南がアロストロで、クレデリアが東だっけ?」


 「はい、その通りです。こうして和平協定は平等の下の平和ではなく、埋めようのない格差の下に平和を求めたのです。一応今は休戦状態ですが、今度いつ戦争が起こるかわかりません。私はそれに備えて、『フルアーマー・スーツ』の研究に力を入れているのです」


 「なるほどな」


 車は大通りを外れ、人気のない路地に入ったと思いきや、また開けた道に出てくる。

 そこには少し風情のある、さっきまでとは別物の世界観が広がっていた。そこはなんとも時代劇で見るような江戸時代の街並みを巧みに再現しているように見える。


 「うわっー! なんだここ?」


 「ここは約1000年ほど前のニッホンという国の街並みを再現した観光地です。実は私たちの研究所もその一角にあります」


 「あっ、本当だ」


 古風な街並みの中に明らかに異物として存在している現代的な建物が奥の隅っこに存在していた。

 この江戸の街並みをぶっ壊しかねないほどの破壊力を持っていた。


 「うわぁ…… 世界観にひびが……」


 「何か言いました?」


 「い、いや何でもない」


 オレは苦笑いを浮かべて、車を降りた。


 その現代的な建物の中に入ると、何人もの白衣を着た研究者と思しき人たちが各グループになって、機械と睨み合っていた。

 その静寂に満ちた真剣な場にゴースキンの声が通る。


 「お疲れ様です! 皆さん!」


 「おお、ゴースキン戻ったか。もう始めてるぞ」


 「あ、遅れてすいません。実は先ほどコンビニ強盗に遭いまして……」


 「強盗!? 大丈夫か? ケガはないか?」


 「はい、大丈夫です」


 「それは良かった……」


 オレは会話相手の研究者と目が合ってしまった。

 友達と面識のない友達の友達との会話は傍にいて気まずい、これは学生時代から知っていたことだ。


 「ゴースキン、そちらの方は?」


 「ああ、こちらはソウタさん。私を強盗から救ってくれた恩人です」


 「どうも、初めまして、ソウタです。よろしくお願いします」


 「オレの名前はジェンだ。一応ここの研究所でリーダーを務めている。よろしく」


 シャープな眼鏡をかけたその男は髪色こそオレンジ色と明るめだが、見るからに研究者のエリートという感じがする。またこちらが心配するほどかなり痩せている。研究ばかりでろくなものを食べていないのだろうか。


 「ところで今回は一体どんな用で来たんだい?」


 「あの、実はさっきゴースキンから『フルアーマー・スーツ』の話を聞いて、自分も一度見てみたいと思いまして……」


 「そういうことか。いいぞ、案内しよう」


 案外快くオレのワガママを聞いてくれた。

 そうしてオレはジェンに連れられ、ゴースキンと共に研究所の地下2階へと行った。


 「うわぁ、これはすごい」


 オレの目の前には、試作品とみられる人工知能ロボットたちが1本の道を挟むようにしてズラーッと軽く100体以上透明カプセルに入って陳列されていた。

 人工知能ロボットの見た目は人間そのもので、何も言われなければ人間と認識してしまうほどのクオリティーである。そのリアリティーからはある種の恐怖を感じることもでき、オレは恐る恐る1本の道を突き進み、奥まで辿り着いた。

 1本の道の先には2つの装備用スーツがカプセルに入った状態で陳列されていた。


 「これが『フルアーマー・スーツ』だよ。今は試作品として2着置いてあるけどね」


 「これが……」


 『フルアーマー・スーツ』は正直見た目だけではそのすごさがイマイチ分からない。ちなみに見た目は全身ピタっとした密着タイプで通気性はかなりよさそうな素材で出来ているように思える。胴体の大半はそのピタっとした感じだが、頭と手と足が少し硬そうな素材で出来ている。


 「着てみるかね、ゴースキン」


 「良いんですか? ジェンさん!」


 「ああ、良いとも。この下の地下3階は闘技場になっている、よければそこでひと暴れしてみてくれ」


 「でもひと暴れって、1人でどうやって……」


 「それは……」


 ジェンはそう言葉を続けようとすると、オレの方を見て、ニヤッとした。

 まさか、とは思うが……


 「じゃあ、相手はソウタ君でいいかな?」


 オレの嫌な予感は的中した。


 「えっ、オレですか?」


 「今朝キー村で話題になっていたよ。ウェイト村に来た人喰いの悪魔を撃退させたって。それっておそらく君だろ?」


 「それを知ってて……」


 「頼む! 実験に付き合ってくれよ! 君の強さと比較してみたい」


 「わかりましたよ」


 オレは渋々ジェンの頼みを聞くことにし、ゴースキンのお相手をすることになってしまった。


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