第一章17 精神操作
(2874年7月30日)
オレはサラとバトンタッチしてエルの下へと行った。
サラは物おじすることなく、巨大な大鯰と対峙する。
「大鯰。あんたの強さ見せてもらうわ!」
「お前は誰だ?」
「私はサラ。女だからって手加減しないでよね!」
「あいにく俺にそのような精神はない」
「それなら好都合だわ」
大鯰は小さなサラを捕まえにかかる。
サラはその手を避ける。
サラは相変わらず動きが速い。オレが権能でサポートするのも一苦労だ。
サラはいつの間にか大鯰の後ろに回り込む。
「”サウンド・ロック・インターフェース”!」
今にも鼓膜が張り裂けそうなほどの騒音が大鯰を四方八方から包み込み、音の殻が形成され、大鯰を封印していくがごとく押しつぶさんとす。
大鯰の大きな体は大きな音の殻に包まれた。
大鯰は『ぐ、ぐぉーーー!』と鳴き声を上げたように見えたが、サラの音にかき消される。
「よし! これで封印成功ね。あとは破壊するだけだわ」
サラは大きく息を吸って、力強く詠唱した。
「”サウンド・エクスプロージョン”!」
『ドカーーーン』という大きな音と共に音の殻とその中身の大鯰は一瞬にして跡形もなく消え去った。
サラは一連の権能を使った後、その場で意識を失ったのか、湖へと落っこちていく。
「……疲れたわ。あとは頼んだわ、よ……」
オレは突然落っこちていくサラを権能で支える。
風の力を利用して、陸地までサラを運んだ。
「そういうことか…… おつかれ、サラ」
オレはサラをおんぶして感触を楽しみながら、エルと一緒にとりあえず村役場に向かうことにした。
目的の大鯰は討伐したが、当の依頼者であるノーステリアたちも片付けてしまった今、オレたちはどうすれば良いのだろうか……?
村役場に到着したオレたちの目の前で村役場から1人の黒ずくめの男が出てきた。
男の懐にはウェイト村への援助資金と思われる封筒があった。
男はこちらの存在に気づき、話しかけてきた。
「おやおや、また会いましたね。ソウタ君」
「あなたはさっきコンビニにいた……」
「先ほどは少し驚かしてしまいましたか、すいません……」
「一体誰だ? あなたは」
男は待ってました、と言わんばかりに食い気味に自己紹介を始めた。
「申し遅れました…… 私は呪縛師団”病”担当、最高補佐ドリス・マインドと申します」
「呪縛、師団?」
「まあまあ、そう警戒しないでくださいな」
後ろで話を聞いていたエルの態度が変わった。
「ソウタさん。下がってください! 私が奴の相手をします」
するとエルは懐から短刀を取り出し、交戦の構えを見せた。
その姿を見たドリスは肩をすくめた。
「おや、おっかないなぁ。その美貌が台無しですよ。それにソウタ君、君が背負っているのは、もしかして聴覚の娘かい?」
「無駄口もほどほどにしなさい! 呪縛師団!」
エルは正面からドリスに切りかかった。
エルも運動神経は抜群で、忍者のような動きをする。まあオレは忍者を実際に見たことはないが。
まあつまり、エルの動きはオレが想像していたよりずっと速いということである。
ドリスはエルの動きに合わせてかわす。
「お姉さん。そんなに早く死にたいのかい?」
ドリスは一瞬目を瞑り、次の瞬間大きく見開いた。
そしてドリスは『はっ!』と一言放つと、次の瞬間、変化が現れた。
なんとエルの動きは止まり、その場にしゃがみ込んでしまった。
「おい! 何をしたドリス!」
「何って。ただ彼女の精神に少し介入しただけですよ」
「精神に介入、だと?」
「はい」
「えっ…… どういうことだ?」
「全く物分かりが悪いですね。つまり精神操作ですよ。あなたも体験してみますかっ?」
そう言ってドリスは先ほどと同様、目をいったん閉じて、そして大きく見開いた。
もしこれが奴の権能なのだとしたら……
オレはドリスの攻撃に身構えた。
「うわっ!」
オレはエルと同じようにその場にうずくまった。
「はっはっはっ! どうだ私の権能力、ネクロス様から一部を分け与えてもらった”精神的病”の権能さ。今私が行使したのは”うつ病”だ。時間が経つにつれ、君の精神は自分を傷つけ、崩壊していくことになるだろう!」
オレは理解した。あの道中の車内での出来事といい、ノーステリア、大鯰といい、こいつが裏で糸を引いていたのだろう。
「なる、ほど…… そういうこと、か……」
「まあ、その前に私直々に討伐してやるがな!」
ドリスは腰に据えていた太刀を抜き出し、オレに刃先を向けた。
絶体絶命のオレは質問を投げかけてみる。
「ど、どうして…… オレを、殺そうとするんだ?」
「まだ喋れるのか。大した奴だ。まあ死ぬ直前だし教えてやろう。それはお前が邪魔だからだよ。ソウタ君」
「オ、オレの妹と何か関係が、あるのか?」
「ああ、お前の妹は大切な実験材料なんだよ」
「じ、実験?」
「詳しくは言えないが、とにかくお前はその計画に邪魔な存在であるということだ」
実験で使われているということはオレの妹が殺されている確率は非常に低い。
またこの証言から妹もこちらの時代に来ていることが分かった。
「お喋りもここまでだ。普通なら喋れもしない状態のはずだが、ここまで精神を保ったことを誉めてやろう。そして、死ねっ!」
ドリスは太刀を構えて、オレに向かって一直線に走る。
「首は貰った!」
次の瞬間、『スカッ』という乾いた音が風を切った。
オレはドリスの太刀を軽く避けた。
「どうしてだ! なぜお前はこの状況下で動けるのだ!」
背負っていたサラを安全な場所において、オレは答える。
「どうしてかって? 簡単な話さ、実はオレも権能者なんだ。これで通じるかな?」
ドリスは驚きの表情を隠さないまま、呆然と立ち尽くす。
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