第一章16 仕組まれた罠


 (2874年7月30日)


 オレたちの支援をしてくれるのか、それともただの野次馬か、その真意はわからないが、今ここに来るのは非常に危険である。いつ大鯰の攻撃に巻き込まれるか分からない。


 「流石ですよ、サラさん。権能者の力がこれほどまでとは!」


 「何よあんたたち! 今ここにいるのは危ないから引っ込んでなさい!」


 「なあに御心配には及びませんよ……」


 不敵な笑みを浮かべながら、ノーステリアは胸ポケットから紫色の石を取りだし、大鯰に向けた。


 「あんた…… それってまさか」


 「そうですよ。そのまさかです……」


 「何であんたがそんなもの持っているのよ!」


 「ノーステリアさん。その石はいったい?」


 「これは権能石と呼ばれる代物ですよ」


 「権能石?」


 「ええ。これは特定の権能を被ったものの力を高める石。まあその代償として理性そのものが失われますが……」


 そう言うとノーステリアは石を掲げ、石は『ピカ―ン』と紫色に輝き、その効力を発揮するようであった。

 ただその権能石に反応したのはサラではなく、大鯰とレイクビワ村の村人たちであった。


 「どうして、かしら? 権能者及び権能力者は私とソウタ以外にいないはず……」


 大鯰は体を変異させ、大きさはさほど変わらないが、二足歩行の怪獣へとなった。

 また同時にレイクビワ村の人々も人間の姿から類人猿へと変貌し、身体能力が向上したのが見て取れる。


 「これは厄介だわ……」


 「サラ! オレは大鯰を相手する! お前は小物の類人猿たちを一掃してくれ!」


 「わかったわ」


 オレは風の力を利用し、空中を浮遊、大鯰を引きつけ湖の奥地へと誘導する。

 とりあえず湖の上でなら、類人猿たちは来れないだろう。

 一方のサラは数十体の類人猿たちの相手をしていた。


 「あんたたち、誰の命令で動いているの?」


 「ウキーーー! ウキーーー!」


 類人猿たちには言葉が通じないようである。

 対話に諦めを覚えたサラは容赦なく戦うことに決めた。


 「”サウンドブレイク”!」


 広範囲にわたって爆音が鳴り響く。しかし実際に意識を失ったのは5体ほどであり、残りの20体ほどの類人猿たちが襲い掛かる。


 「くっ! 数が多いわね」


 「「「ウキッ! ウキーーーッ!」」」


 いくつもの方向から繰り出される攻撃をサラは必死に回避する。

 単純なパンチではあるが、サラ1人に対する数が多い。

 サラは避けるのみで精一杯である。


 「しつこいわね! あんたたち、私いい加減怒るわよ!」


 そういうとサラは類人猿たちから少し距離を取り、いつの間にか類人猿たちから100mほど離れた。


 「……!」


 さすがの類人猿たちもその速さには驚いたらしい。

 その驚きもつかの間、サラは意識を集中させ権能を唱える。


 「”サウンド・ジ・エンド”!!」


 無音の空間に包まれ、瞬く間に類人猿たちの息の根を止めていき、全滅した。

 その大技を放った直後、サラはその場に膝から崩れ落ちた。


 「ふぅ…… 久しぶりに撃ったけど、やっぱり精神的に疲れるわね……」


 近くに隠れていたエルがサラのもとに駆け寄り、手当てをする。


 「助かるわ……」


 「お疲れ様です。どうかお休みください」


 一方でオレは湖のど真ん中で大鯰と対峙していた。

 大鯰は二足歩行のため腰下まで水につかっていて、上半身は水面より上にあるという何とも気持ち悪い状態であった。少なくとも、もはや鯰ではない。


 「”アニマルレスポンス”!」


 これでオレは動物と話せるようになったはずだ。

 ちなみに余談だが、オレは権能者になって以来、何となくではあるが権能の使い方は理解出来ている。これは特別な特訓をしたというわけでもなく、感覚的なものに近しい。

 おそらく権能者という者はそういう設定なのだろう。

 オレは早速大鯰に話しかけてみる。


 「こんにちは。大鯰さん」


 「貴様と挨拶する必要はないと感じている。俺はこの湖の主、大鯰だ。よろしく」


 「よろしく……って結局挨拶してますけど!」


 オレはつい突っ込んでしまったが、大鯰にたいした反応はない。

 そうか、そういえば、理性を失っているのか。もしかしたらその影響もあるかもしれない。

 オレはこのまま対話を進めてみる。


 「大鯰さんは何で暴れているんですか?」


 「なぜか、だと? 俺にも分からぬ。単にわが心はドリス様にあるのみ」


 オレはここで初めて聞く名前を耳にする。

 その人物についてもっと詳しく聞いておく必要があるだろう。


 「ドリス? それはどのような人物ですか?」


 「単にわが心はドリス様にあるのみ」


 「それは知っています。だから……」


 「単にわが心はドリス様にあるのみ」


 その後も大鯰は同じ言葉を繰り返す。

 これでは何も聞き出せない。

 油断していると、大鯰は突然切れた尻尾を振って、オレに攻撃してきた。

 『シューーーン!』という音とともに鈍いの攻撃がやってくる。

 これは油断していなければ、オレでも避けられるレベルの速さだ。


 「あっぶねー」


 油断していたが、さっきサラに対してはなった時のモーションを記憶していたおかげで間一髪避けられた。

 するとエルとサラがこちらに来たのが見えたのでオレは一旦陸地へと戻った。


 「類人猿の方は片付けたわ。あとはこいつだけね」


 それを聞いていたのか大鯰が反応する。


 「”こいつ”ではない。俺は大鯰だ」


 「うわっ! 喋った!」


 「いや厳密には違う。オレの権能を使って動物との意思疎通ができているだけだ」


 「あんた、どこに権能の力を使っているのよ!」


 「しょうがないだろ。力勝負じゃ確実に負ける。だからサラが類人猿を片付け終わるまで時間稼ぎをしていたんだよ」


 「なるほど。それでお喋りで時間稼ぎってわけね。あんたにしては上出来だわ。でも私に少し頼り過ぎよ!」


 「それはほんと申し訳ない! それじゃ……あとは頼んでいい、ですか?」


 思っていたよりサラが疲れているようだったので、オレはとても気が引けた。

 でもこれが最善の道だとオレは信じている。


 「しょうがないわね。一瞬で決めてやるわ…… その代わり戦った後はよろしく頼んだわよ」


 「何を頼むって?」


 サラは颯爽と大鯰に立ち向かっていった。


 「あんた! さっさと権能の力で私を空に飛ばせなさい!」


 「了解!! ”ウインドレスポンス”」


 オレはサラを風の力で上昇させた。どうやらサラは湖の上で大鯰と戦うらしい。


 「待たせたわね! 大鯰! 私が相手してあげるわ!!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る