第一章15 オレのサバ缶は……

 

 (2874年7月30日)


 「ここがサンソ湖かぁ」


 コンビニから徒歩約15分、オレたちは村の中心から北に離れた湖に辿り着いた。

 ちなみにこれはどうでもいいが、オレがコンビニで買ったのは、サバの味噌煮缶と即席みそ汁、そして果汁感グミである。

 サンソ湖は湖の向こう岸が見えないほどの広さで、この地平線の感じは海と言われても疑いようがない。

 目の前に広がる膨大の青は遠くから見る分にはどこぞの絵画に描かれていてもおかしくないくらいの美しさであるが、いざ近づいてみると、あまり綺麗とは言えない。


 「早速大鯰を探すわよ!」


 「探すって、こんな広いところからどうやって?」


 「……そんなこと考えているわけないじゃない! ばっかじゃないの!」


 なぜ彼女がキレているのか、オレにはよくわからないが、まあおそらく彼女の頭にこれと言った案がないのだろう。

 これを直接指摘すると殺されかねないので、オレは黙って彼女の怒りを流した。

 すると、サラは何か思いついたかのように、勢いよく喋る。


 「そうだわ! あんたがさっき買ったサバの味噌煮を餌におびき寄せればいいのよ!」


 何を言い出すかと思えば、オレの待望の食料を餌にしようとしているらしい。

 今日1日何も食べていないオレからすると非常に容認できない提案であった。


 「あのさ、サラ。『私、閃きました~!(ドヤ)』みたいな感じで言ってるけどさ、オレの昼飯はどうするんだよ!」


 「あんたにはあと2つもあるじゃない。”即席みそ汁”と”果汁感グミ”の2つで何とか乗り切りなさいよ!」


 「サバの味噌煮はオレの楽しみなんだぞ!」


 この会話を聞いていたエルが久しぶりに話に入って来た。


 「実は仲がよろしいのですねっ。そして、ソウタさん。コンビニで買われた食べ物の癖が強いように思われますっ。とても面白いですねっ!」


 エルがここまで表情を和らげたのをオレは初めて目の当たりにする。


 「エルさんまで何笑ってるんですか! 冗談じゃないですよ! 何買おうと自由じゃないですか!」


 「でも、その3つって。ふふふ」


 「ソウタ! ウェイト村のためだと思って、早くサバの味噌煮を寄こしなさい!」


 高圧的な態度でオレは新手のカツアゲを受けた。

 人生でカツアゲなんて初めての経験である。


 「もう、わかったよ」


 オレは諦めて一食の楽しみをサラに渡した。

 サラはサバ缶を受け取り、封を切り、なぜか持参していた釣り竿に餌を付け、何の躊躇もなく湖に投げ入れた。

 『ポチャン』というむなしい音と共に速やかにサバ缶は沈んでいった。

 果たして大鯰とやらは、こんな餌につられるのか…… もしこれで釣れなかった場合、オレの楽しみはただ単に捨てられるという虚しい結果になってしまう。

 今のうちに心の中でサバに謝っておく…… 『ごめんなさい! サバさん!』

 そして少し遅れてこう思う…… 『あーーー! オレのサバ味噌!』


 しかし数分経っても何も起こらない。


 「こんなんで来るわけ……」


 オレがそう言葉を発した次の瞬間、巨大な黒い影が少しずつ水面に浮かび上がってくる。


 「まさか……!」


 「やっぱりかかったわ。ほら言ったとおりでしょ」


 巨大な黒い影は釣り竿にかかり引っ張られる。

 それと同時にサラは見かけによらないすごい力で一気に獲物を引き上げる。

 引っ張り合いはどうやらサラの勝利のようで、『バッシャーン!』という大きな音と物凄い水しぶきをあげた。


 「これが、大鯰、なのか……」


 巨大な胴体に口元に極太の2本の口髭。顔が見るからに鯰だが、大きさが規格外である。

 体長は10mほどあり、そしてなぜかトカゲのように4本の足を持っており、陸地でも四足歩行できそうである。少なくともオレの知っている鯰とは一味も二味も違う。


 「流石にデカいわね」


 「もしかしてビビったのか? サラ」


 「調子に乗らないで! キモッ。ビビってないわよ!」


 少しは動揺するかなと思っていたが、サラの表情は相変わらずいつも通りであった。

 調子に乗ったと思い、オレは少し反省する。


 「ごめん。今のはオレが悪かった」


 「……しかし、様子が少しおかしいわ。目から生気が感じられないわ」


 オレの謝罪は華麗にスルーされ、サラは大鯰を冷静に分析しているようだった。


 「まさか、あの時と……」


 「ええ、おそらくそうだわ。私たちが襲われた時と同じようね」


 「マジかよ!」


 「何はともあれ、今は大鯰を倒すわよ」


 「お、おう!」


 「それにしてもやっぱりデカすぎるわ。どうしようかしら……」


 そうこう話していると大鯰がオレたちを襲う。

 大鯰は右前足でオレたちを踏みつけようとする。上空から巨大な足が勢いをつけて迫って来る。

 『ドスーン!』という振動音と共に大地が揺れる。

 オレたちは危機一髪何とか回避した。


 「”ペインウェーブ”!」


 不協和音が辺り一帯を襲う。

 オレは何も感じることはなかったが、大鯰は少しひるんでいる。

 ひるんだものの大して大きなダメージは入っていないようである。

 後方にいたエルが苦しそうにうずくまっているのが目に入った。


 「エルさん! 大丈夫ですか?」


 「え、ええ、何とか」


 「おーい! サラ! 味方にもダメージ与えてどうするんだ!」


 「しょうがないじゃない!」


 サラは反省しているどころか、少し怒っているようだった。


 『キェーーーーーー!』と大鯰は大声で鳴き、次の瞬間、巨大な尻尾を振ってサラを襲う。

 巨大な胴体だけあって、動きはとても鈍いが、その威力と攻撃範囲はすさまじく、尻尾と接触したものは薙ぎ払うがごとく粉砕していく。

 サラはその広大な範囲に及ぶ攻撃をよけきれず、かすった程度ではあるが食らってしまう。


 「くっ、よくもやったわね。仕返しよ、”サウンドショック”!」


 局部的に高音波を発した。高波数の凶器は尻尾のみに大きな衝撃を与え、大鯰の尻尾を切断した。

 あまりの衝撃に思わず大鯰も声を上げる。『キェーーーーーー!』

 すると戦闘の最中に思いもよらない傍観者が現れる。


 「いやー! お見事お見事!」


 尻尾切断をこの目に焼き付けた者たちはここぞとばかりに拍手喝さいを送る。

 それは実に奇妙な光景であり、オレの想定内でもあった。


 そこにいたのはノーステリアを先頭にして歩く、村の依頼主たちであった。


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