第一章13 忍び寄る足音


 (2874年7月30日)


 オレとサラの目の前にいたのは、1匹のゴールデンレトリバー、それも通常よりも大きく体長は2mほどあるだろうか。そしてその隣には、右手にナイフを持ち、こちらに構える運転手のエルがいた。


 「エルさん! どうしたんですか?」


 「ダメだわ。もう彼女は彼女ではなくなっている。彼女の眼からは生気が感じられないわ……」


 「どうしてだ……」


 「おそらく、これは何者かによって操られているわ。私が戦うと彼女まで殺してしまうかもしれないから、あんたの権能で何とかしなさいよ!」


 「何とかしろって言われても……」


 オレはまだ権能を使ったことはなく、使い方もよく分からない。

 何となく意識を集中させればできるんだろうか?

 そうこう考えていると、ゴールデンレトリバーがオレに飛び掛かって来た。


 「”サウンドショック”」


 とっさにサラが対応してくれたおかげでオレは助かった。

 一瞬でゴールデンレトリバーの動きは止まり、その場で倒れた。

 オレは流石だな、という思いでサラをぼーっと見つめる。


 「ぼーっとしてないで、早く何とかしなさいよ!」


 「わかったわかった」


 ゴクリ、とオレは唾を飲み込む。


 「”ヒューマンレスポンス”」


 オレはエルに向けて意識を集中させる。

 すると彼女の眼は正気に戻った、そんな気がした。

 オレは安堵の気持ちでエルに近づく。


 「大丈夫ですか?」


 「はい…… 大丈夫っ!」


 「……!」


 右ポケットから新たな刃物を取り出し、エルはオレに切りかかる。

 刃物はオレの首元目掛けて飛んでくる。


 「”サウンドショック”」


 間一髪のところでエルはその場に倒れ、オレは救われた。


 「あんた、油断しすぎ! その程度で自我を取り戻すわけないでしょ!」


 オレは返す言葉もなく、ただ突っ立っていた。


 「大丈夫だわ。ギリギリ殺してない。全くぼーっとしすぎよ!」


 サラはそう言いながら鞄から回復薬を取り出し、エルに与える。


 「多分意識は取り戻すけど、耳をやっちゃったから彼女まともにしゃべれないと思うわ。あんたの権能で何とか情報を聞き出しなさい」


 「わ、わかったよ……」


 やがてエルは意識を取り戻し、不思議そうな顔でこちらを見つめる。

 どうやら先ほどまでの出来事は覚えていないようだ。


 「なぁ……っかった……れっかぁ?」


 「ちょっと待ってくださいね。”ヒューマンレスポンス”」


 オレはもう一度試してみる。

 先ほどよりも数段意識を集中させた。


 「何かあったのですか?」


 「やはり覚えていないですか。実は今、どうやらエルさんが何者かに操られてオレに切りかかって来まして……」


 「そ、そんなことを……」


 「そこで思い出せる範囲でいいので、意識を失う前の記憶を教えてもらえますか?」


 「ええと…… 確か、急に眩しくなって、そしたら急に助手席の窓から犬が飛び込んできて、腕を噛まれました。そこまでの記憶なら……」


 確かに言われてみるとエルの左腕には少量の出血と歯形が薄っすらと残っていた。


 「ちょっとその噛まれたところ見せなさい」


 エルはサラに言われるがまま、噛まれた左腕を見せた。

 素人のオレからすると何の変哲もない傷跡のように見えるが、サラの様子は一味違った。


 「これは明らかに呪いの跡ね。こんな呪いを今どき使うのは呪縛師団関係者しかいないはずだわ」


 サラは真剣な様子で話を続ける。


 「これは明確にこの車を狙っての襲撃だわ。つまり私たちの行動はもう奴らの監視下にあるって訳ね。厄介だわ」


 「ど、どうするんだ。またこんな襲撃がいつ来るかも分からないぞ」


 「そうよ。だから今はこれを使うことにするわ」


 動揺するオレの前でも、サラは冷静であった。

 サラは鞄から透明な結晶を取り出した。


 「それは何だ?」


 「転送石よ。その名の通り行きたい場所に転移することができるわ。私は王国公認の権能者だから国から与えられているのよ」


 「チートだろ、それ。最初からそれを使えば良かったじゃないか!」


 「そういう訳にもいかないのよ。この石はあくまで公務専用品だから私的な目的での使用は禁止されているのよ。出来れば使いたくなかったのだけれど、まあ今回は村同士の資金交易とかなんとか適当に理由を付けることにするわ。まあいいわ、早速行くわよ。2人とも私につかまって!」


 2人は転送石を手に持ったサラと手をつなぐ。


 「転送!」


 車内は物凄い光で包まれた。


 ******


 今か今か、と従者からの報告を待つ男がいた。

 男はテーブル上のワインを一口飲む。

 ワインが男の喉を通り過ぎ終わったタイミングで従者が数十人規模で部屋に入って来る。

 その中のリーダーと思われる人物が報告を始める。


 「ドリス様! 只今ターゲットのレイクビワ村への入村が確認されました。なお奇襲はどうやら不発だった模様です」


 「そうか…… まあいい。偵察ご苦労」


 ドリスと呼ばれるその男は、どこか楽しげな表情で不敵な笑みを浮かべながら、従者たちに話し始めた。


 「ふっふっふ…… 残念だがソウタ君。私、ドリス・マインドが君の実力とやらをはからせてもらうよ。そして君たち従者には大きな期待を寄せているよ。呪縛師団の名に恥じぬよう、せいぜい頑張ってくれたまえ!」


 「「「ははっ!」」」


 従者たちは一斉に声を上げた。


 ******


 オレたちはレイクビワ村の市街地でも比較的閑静な所に転送された。


 「ここがレイクビワ村か」


 オレたちは村を探索し始める。ちなみにリムジン(車)は先ほどまでの場所に壊れた状態で放置したままだが、エルは車の予備をカプセルにして常備しているらしく、何も問題はないらしい。

 レイクビワ村は豊かな森に囲まれていて、村の中央には大きな湖、サンソ湖が広がっていた。なんでもクレデリア王国で一番大きな湖らしい。村の大きさはウェイト村の約3倍ほどらしく、中規模の発展を遂げている。


 「しかし、オレたちこれからどうするよ?」


 「どうするって、何しに来たと思っているのよ!? 資金援助の要請をしに来たんでしょ。呪縛師団の奴らに絡まれる前に村役場に行って、さっさと交渉を済ませるに決まっているじゃない!」


 相変わらずのあたりの強さにオレは不意打ちを食らった。オレの心は泣きそうだ。

 そこからオレたちはしばらく歩いて、村役場へと向かった。


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