第一章12 束の間の道中
(2874年7月30日)
集会場での会議から一夜明け、オレとサラは隣町レイクビワ村へと行くことになった。
「ヘル師の事は残念だったわね。ただこれであんたに正式に”英知”の権能が受け継がれることになったわ」
「まだそんな実感ないけどな……」
やや陰気な雰囲気の中で沈黙の時間が流れた。
そこに車に乗った秘書のエルがやって来た。
「お待たせいたしました。お二方」
レイクビワ村までは村長の秘書、エルが送迎してくれるらしい。
オレらの前に宙に浮いた黒色の高級リムジンが停車した。
「おおっ! すごいな! 車が浮いてる!」
「そういえば、あんた過去から来たのよね。ヘル師から聞いたわ。今では当たり前よ。技術が発展しすぎたのよ……」
オレらは車に乗り込み、リムジンの広い空間の中に2人だけ乗車というやや贅沢な時間を過ごした。
そんな中、オレとサラは向かい合って腰を掛けていた。
静かすぎるのもちょっと落ち着かないと思い、オレは運転席のエルに声をかけた。
「そういえば、レイクビワ村まではどのくらいかかるんですか?」
「そうですね。約2時間ほどでしょうか」
「このリムジンでも割とかかるんですね」
エルに話しかけるオレを見てサラが口を開いた。
「2時間も2人きりとか最悪よ。変なことしないでよね!」
「しねーよ。あいにくオレはロリコンじゃないからな」
「あんた……死にたいの?」
「じょ、冗談冗談!」
オレはつい口走ってしまった言葉を否定する。
いつ見てもサラの威圧はすごい。今にも、ちびりそうである。
車の外に見える景色は、いつの間にか見渡す限りの草原になった。辺りにはいくつもの牧場がみられ、多くの羊、牛などの動物が点在している。
「そういえば、なんか技術が発展していると言う割には、街並みと言い、景色と言い、あまりオレの思ってた未来感がないな」
オレの想像していた未来とは、機械に囲まれた世界である。人と人工知能(AI)の共存なんかも想像していた。
「そうよ。それは都市と田舎での技術格差が大きいからよ。この辺は田舎だわ。この辺の都市というと一番近いのはキー村かしら」
「キー村か。確かレイクビワ村とサンリ村の間の」
「そうよ。今回呪縛師団がサンリ村を標的にしたのも、都市に一番近い田舎を拠点にするためだとも言われているわ」
「そ、そうなのか。ところで、今更だけど、この世界の地形について、もっと詳しく教えてくれないか?」
「そんなこともわからないの? まあいい、教えてあげるわ」
少し呆れた表情でサラは話を続ける。
「地形と歴史を簡単に説明するわ。世界各国は2060年頃から表面化してきた人口爆発問題を解決するため、食糧の供給に精を出したわ。そのために必要性を増してきたのが土地よ。そこで各国は2060年頃から同時に海を埋め立てて、土地を作っていったの。そうして地球はほとんどが陸地で覆われて、ひとつながりの大きな大陸と化したわ。ただ大陸化と技術革新の影響もあって、領土をめぐる戦争もまた勃発することになったのよ。戦争によって、多くの民は命を落とし、いくつもの国が潰れたわ。その中でも生き延びた国が今現存する4つの国という訳よ。西にオリンポス王国、東にクレデリア王国、南にアロストロ王国、北にバンデス王国という位置関係で、今私たちはクレデリア王国領にいるわ。その中でもさっき話題に挙がったキー村はクレデリア第2の都市と言われるほど発展しているわ」
サラは懐から地図を取り出し、クレデリア王国領と思われる部分を指さし、現在地を教えてくれた。
「なんか知らないことが多すぎて、頭がパンクしそうだぜ」
「頭なんてパンクしないわ」
「マジレスどうもっ!」
オレは少し意地になってしまった。
サラはそんなオレにはお構いなしに更に話を続ける。
「そして権能者たちはそれぞれの王国に所属するという形で任務を遂行しているのよ。私はクレデリア王国の直轄領を監視する任務をしているというわけね」
「そういうことだったのか。ただの旅人かと思ったぜ」
「誰が旅人よ! あんたぶん殴るわよ! これでも一応王国公認なのよ」
「そうか。つまりオレの時代の国家公務員のエリートってところか」
「何よそれ?」
「まあ言ってもわかんないか」
そうこう喋っていても、辺りの景色は相変わらず一面草原である。
やがて車はウェイト村とレイクビワ村のちょうど真ん中に位置するアイリス山脈を通り過ぎようとしていた。しかし車は突然停車した。
「ん? どうしたんですか?」
「どうやら検問のようです」
車の外には重装な鎧を纏った兵士が2人立っていた。
「我々はクレデリア王国直轄軍である。貴様らは何故ここを通ろうとしているのだ?」
「私はウェイト村の村長秘書エルと申します。この度はレイクビワ村に資金援助の交渉をするべく通行する次第でございます。どうかお許しを」
「レイクビワ村か。それならやめたまえ」
「なぜですか?」
「先ほど呪縛師団からレイクビワ村を破壊するといった脅迫めいたメッセージが届いてな。にわかに信じがたいが、我らクレデリア王国直轄軍が警戒にあたっているわけだ。そうである以上、危険地帯への通行を許可することはできない」
車に乗っていたサラが運転席に顔を出した。
「何さっきから止まってるのよ!」
突然のサラ登場に兵士たちが腰を抜かす。
「サラ様! お、お疲れ様です! 何故こんな所に!」
「あら、その服装はクレデリア王国軍じゃない。何してるのよ?」
「い、いや…… その…… ここから先は危険地帯でして、いつ呪縛師団が現れるかも分からない状況でして……」
「あっそ。で? 何? もしかして心配してくれちゃってるわけ? この私がやられるとでも?」
サラの周りからはひしひしと威圧的なオーラが感じられる、そんな気がした。
「い、いえ! サラ様がやられることなどございません!」
「そうわよね。あなたもそう思うでしょ?」
サラは1歩後ろに引いていたもう1人の兵士にも問いかける。
「は、はい! 私もそう思います!」
「じゃあさっさと通してくれるかしら?」
「はっ! 承知致しました!」
サラのおかげもあって、再び車は動き出した。アイリス山脈はかなり傾斜のある山で終始山肌が露出しているが、山頂付近には薄っすらと雪が積もっているようだ。
宙に浮いているこの車はこれといった支障もなく、山頂を軽々と越える。
高く聳え立つ山を越えるその時は物凄い絶景で、まるで空に飛んだ気分だった。
「お二方、もう間もなくレイクビワ村に到着いたします。どうか降りるご準備を」
「わかりました。なんやかんやでもう着いちまっ……」
次の瞬間、とてつもない閃光が辺りを覆う。
「うわっ!」
オレは思わず声を上げてしまった。
「気を付けなさいあんた。何か嫌な予感がするわ……」
「グルルッグルッ…… グルルッ……」
何か動物の声がするが、目の前は眩しくて何も見えない。
すると車体は大きく揺れ始め、ついには何か障害物に衝突した。
『ドーーーン』
車は強い衝撃と共に止まった。
「うわあっ!! おい、みんな大丈夫か?」
「私は平気よ」
サラの声だけが聞こえた。
少しずつオレの視界が回復してきた。すると必然的にその場の状況が目に入って来る。
その光景は実に奇妙なものだった。
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