第一章09 招かれざる客

 

 (2874年7月28日)


 1週間にわたる稽古から一晩明け、オレは更なる教えを請おうと、いつも通りヘル師の家へと向かった。


 「おはようございます! 今日からは何をすればいいですか?」


 「……今日は自由に村を観察しておれ」


 「わかりました」


 今日のヘル師は一段と重々しく感じた。何か深刻な表情をしているような、そんな気がした。

 おそらく気のせいだろう。

 オレは指示通り、村の観察を遂行した。

 村の風景は全く変わらないいつも通りの光景であった。

 オレはふらっと村の離れにある草原に足を運んだ。この場所と言えば記憶に新しい、そうオレがあっけなく気絶した場所でもある。

 よく見てみると実にのどかな景色だ。広い草原にはこれといった動物はいないが、一面に紫色の花畑が広がっていた。その花畑の要所要所に風車がいくつか設置されている。

 オレはその草原に寝転がり、心地よい風を感じていた。

 そうしていると段々と眠くなってくる……

 時刻はちょうど正午といったところか。さっき寝たばかりのはずなのに。

 オレは仰向けで目を閉じる。


 「「「キャー――!」」」


 今の情景に似つかわしくない悲鳴が微かに聞こえた。

 オレの眠気は一気に吹き飛んだ。

 もしや、と思い、オレは急いで村の中心部へと向かった。


 ようやくオレは村の大通りへと辿り着き、村の様子を目の当たりにした。

 すると今にも村に近づいて来る巨大な獣が確認できた。

 村の人々はその獣の存在に気づくや否や、一目散に避難する。


 あの獣は間違いない……人喰いの悪魔だ。


 オレはその先で避難誘導を行っているニッカ、エル、ザバスと合流した。


 「何が起こっているんですか?」


 「私にもわからない。ただあの化け物は間違いない……悪魔だ」


 ニッカはただならぬ表情で悪魔に視線を送り、エルとザバスに指示を出す。


 「ザバスは逃げ遅れているものを、エルは先に逃げた者をそれぞれ地下の避難所まで誘導してくれ」


 「村長はどうされるのですか?」


 「オレはソウタと共に奴を殺す」


 「そんな……」


 エルは心配そうな眼差しをニッカに向ける。

 それで、なぜかオレも駆り出された。オレは今すぐにでも逃げたいのに……

 オレもそれなりに不安そうな眼差しをニッカに向けてみることにした。


 「なあ、ソウタ! お前もヘル師の弟子ならもちろん行くよな」


 「は、はあ…… ところでヘル師は?」


 「ヘル師なら、もう悪魔と対峙して、足止めをしてくださってる。私たちも早く向かうぞ!」


 「は、はい!」


 オレの願いはあっけなく散った。

 オレの無駄死には確定か……

 オレとニッカは走って悪魔の下へと向かった。


 ******


 「久しいのう。人喰いの悪魔」


 「オマエハアノトキノ、マズイカラ、イラナイ」


 「すまんのう。人肉じゃなくて」


 「ナンノヨウダ、ドケ」


 「そういう訳にもいかなくてのう」


 「ジャア、シネ!」


 そう言うと悪魔の右拳が、ヘル師目掛けて飛んでくる。


 「”アースレスポンス”!」


 ヘル師は地面を利用し、瞬時に目の前に土壁を建造し、悪魔の右腕を防ぐ。

 悪魔の拳は土壁とぶつかり、辺りに物凄い振動が走った。

 パンチは防いだものの、土壁はひびが入って崩れた。


 「流石のパンチじゃな」


 「ウルサイ」


 「どうしてここに来た? 誰の指示じゃ?」


 「ソレハイワナイ」


 「つれないのう」


 「オレ、イイカゲンハラヘッタ、ドカナイトコロス」


 「ワシはどか…」


 ヘル師が喋り終わる前に悪魔は攻撃を仕掛ける。

 悪魔はもう一度右拳で殴り掛かる。

 ヘル師ももう一度土壁を作る。


 「オナジテハ、クワナイ」


 悪魔は右拳で殴ると見せかけ、翼を使い土壁の上を越えてきた。土壁の上から姿を現すと、ヘル師目掛けて、ドロップキックのようなモーションで空中から急降下してくる。


 「”グラビティレスポンス”!」


 ヘル師は大気中の重力を変化させ、悪魔もろとも地上に叩き落した。

 『ドス―ン』という大きな音と共に、大地が揺れた。叩きつけられた悪魔の周りには小規模のクレーターができた。

 一瞬砂ぼこりで見えなくなるが、すぐに悪魔は立ち上がった。

 悪魔にある程度のダメージは入ったようだ。身体の所々で出血がみられる。


 「オマエ、ナニモノダ」


 「ワシか? ワシはただのジジイじゃよ」


 「クッ…! ナメルナ!」


 悪魔は一度激昂したように見えたが、次の瞬間、少し不敵な笑みをこぼした。


 ******


 オレとニッカは先ほどからの異常な音と振動を受けて、急いで震源へと向かった。

 オレたちが着いた時点では、多少のダメージを負った悪魔とヘル師がなにやら喋っていた。

 次の瞬間、悪魔は口から黒い煙幕を吐き出し、この辺り一帯が真っ暗になった。


 これは……何かの足音? こちらに近づいて来る。

 まずい! だが今は何も見えない。


 オレはとっさに叫んだ。


 「ヘル師ー! ここです!」


 「”ウインドレスポンス”!」


 ものすごく強い風が吹き荒れ、あっという間に煙幕を晴らした。

 どうやらヘル師もこちらの存在に気づいてくれたようである。

 オレはなんとか助かった。


 ただオレの視界には誰もいない。

 景色は変わらないのに……


 その答えは空中にあった。

 見上げるとそこには悪魔に首根っこを掴まれ、絶体絶命のニッカと空を飛びそれを助けようとするヘル師の姿があった。


 「くっ……! 息が……」


 「オマエモヒサシブリダナ」


 「き、貴様…だけは…ゆるさ…」


 「オイシソウダナ……シネ」


 次の瞬間、首が飛ぶ。


 それは静かに、あっけないものであった。


 空中からは一瞬の血の雨が。


 そしてオレはこう思う。


 『流石です。ヘル師』


 不意に背後に回り込んだヘル師の手によって、悪魔の首と胴体は地面へと落っこちた。

 ヘル師はそれと共に落下するニッカを抱え、救った。


 「また助けられました。ヘル師」


 「…………」


 ヘル師は無言で頷いた。


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