第一章08 悪夢

 

 意識を取り戻したオレの目の前には混乱した村の人々と以前とは比べ物にならないほどの荒れようが広がっていた。

 騒ぎの根源はあの獣であろう。

 村の人々は口をそろえて悪魔と言っていたが、あれが本物なのか。

 獣はヒト型の二足歩行をしており、体長は5メートルほどであろうか、かなりの大きさだ。

 顔の様子は人間というよりはアニメで見るようなエルフで背中には黒い翼を生やしている。

 獣は逃げ惑う人々の波につられて、オレの方へと向かってくる。


 「ココノニンゲン、オイシイ。モットホシイ」


 「「「キャーーー!」」」


 叫び声をあげる女性を捕まえて、そのまま口の中に運ぼうとする。

 するとふと脇の建物の屋上から2人組の男が獣に飛び掛かった。


 オレはその2人に見覚えがあった。


 何を隠そう、その2人組とはヘル師とニッカさんであった。

 声をかけようにもオレの位置はまだほど遠い。かろうじて目視できる距離だ。

 おそらく今オレが何をしても無駄死にするだけだ。

 オレは建物の陰に身を潜め、2人と獣の様子を見ていた。


 「ニッカよ。ワシが奴の動きを止めている間にその剣で切り裂くのじゃ」


 「わかりました。師匠」


 「英知の権能”地との会話。アースレスポンス”!」


 すると獣の足元で地割れが起き、獣は足を取られて、バランスを崩した。


 「クッ! ナニ!? オマエハ、アノトキノ!」


 「久しぶりじゃのう。人喰いの悪魔」


 「ジジイ……!」


 「今じゃ! やれニッカ!」


 「「「うおーーーっりゃーーー!」」」


 ニッカによる渾身の一振りが獣、いや人喰いの悪魔の背中の翼に当たる。

 『カキ―ン』という金属音が鳴り響くとともに、悪魔の翼に傷をつけた。


 ただ…… ニッカの剣は折れてしまった。


 「か、硬い……!」


 「ザンネン。オマエウザイ、シネ……!」



 『…………ガブッ…………』



 振り向きざまに悪魔はニッカを投げ飛ばし、自身の口へと葬る。

 ニッカは悪魔に食べられたように見えたが、間一髪のところでヘル師が助けた。


 「危ないとこじゃったのう。ニッカよ」


 「ありがとうございます。師匠……」


 次の瞬間、ニッカはある異変に気づく。


 「し、師匠! ひ、左腕が……」


 「起きてしまったものはしょうがないのじゃ」


 ヘル師が無事にニッカを救ったように見えたが、その代わりにヘル師の左腕が犠牲となった。

 しかし奇妙なことにヘル師の左腕から出血は見られなかった。


 「ジジイノウデ、オイシクナイ。ヤッパリニンゲンノホウガオイシイ」


 「くっ…… あいつめ! よくも師匠の腕を!」


 「オレ、モウツカレタ。カエル」


 「ただで帰らせてたまるか!」


 再びニッカは悪魔に向かおうとした。


 「やめておけ!」


 その様子を見たヘル師はニッカを引き留めた。


 「どうしてですか?」


 「おぬしに死なれては困る。今は帰らせておくのじゃ」


 「…………くそっ!」


 悪魔はどこかへと行ってしまった。村は一瞬にして廃墟になり、大通りには人々の残骸がいたるところに転がっていた。


 オレは誰かに揺らされている。

 オレの周りには誰もいないはずだが、一体……

 オレの意識は徐々に遠のいていく。


 そしてオレはそして再び気絶した。


 目を覚ますとそこには白い天井が広がっている。

 どうやらオレは夢を見ていたらしい。ここは病院のベッドだ。最近来たばかりだから何となくわかる。

 オレの傍にはニッカが座っていた。


 「やっと目を覚ましたか。ソウタ」


 「ニッカさん。オレはいったい……」


 「ここは病院だ。いったいどうしたんだ? 草原の上で気絶して」


 ああ、そうか。そういえばオレはサラと戦って、それでやられたんだ。


 「いや…… ちょっと色々あって。ところでニッカさん。聞きたいことがあるんですが」


 「なんだ?」


 「ヘル師の左腕のことなんですけど……」


 「なぜそれを知っている……! 私が奪ってしまった師匠の腕のことを」


 「やっぱり、あの夢は事実か……」


 「夢?」


 「はい。今の今までそれに関わる夢を見てまして」


 「そう、か。では話そう。今から30年前、この村は人喰いの悪魔に襲われた。奴はたった一体で1万人いたこの村の人口を400人にまで減らしてしまった」


 「そんな悲惨なことが……」


 「その際にオレは悪魔と戦った。ヘル師の助力もあり討伐まであと少しのように思われたが、大事な場面で私の剣は折れ、私は死ぬ寸前であった。そんな私を救い、ヘル師は自身の腕を失った。その騒動を機に私はヘル師の弟子を辞めた。私の未熟さ故に招いた失態なのだから」


 病室の外で話を聞いていたのか、ニッカが喋り終わったタイミングでヘル師が病室に入って来た。


 「まだそんなことを言っておるのか。ニッカよ」

 「ヘル師。私は未だその罪を忘れたことは一度もございません。どうかお許しを」

 「もう良いのじゃ。起こってしまったことは仕方ないと言っておるじゃろう。本当に大切なのは、そこからおぬしが何を学ぶかじゃ。失敗、過ち、これらをそのまま終わらせるのではなく、次につなげるのじゃ。ちなみにワシはもう許したはずじゃが」


 そう言い残し、ヘル師は病室を出ていった。

 オレの無事な状態を見てもういいと思ったのだろうか? オレもヘル師と少しは何か喋りたかった。


 (2874年7月27日)


 迎えた7日目、オレはなぜか行きかう人全ての顔と名前がわかるようになっていた。

 それだけにとどまらず、その人の性格、行動、言動もまたわかるようになっている。


 これが権能の力か?


 すると珍しいことにヘル師からオレに話しかけてきた。


 「どうだね、ソウタよ。覚えることは出来たかね?」


 「はい。なぜかわかります」


 「そうかね。じゃがまだ”英知”の権能とは言い難いのう。”英知”を習得すれば、その人の思考、人以外の生物の思考、さらには万物を読み解き、あらゆる物質を操ることも可能じゃぞ」


 「それで、万物を観察させたわけですか?」

 「そうじゃとも」


 「よしっ! これからも観察に励みます!」


 「そうと言いたいとこじゃが、時間は限られておる」


 「1週間ということですか?」


 「……まあ、それもそうじゃな」


 ヘル師の言い方には少し含みがあったように感じた。


 「おぬしには今のうちにこれをやろう」


 そう言ってヘル師は懐から1本の何の変哲もない剣をくれた。


 「これは?」


 「それは”意志の剣”じゃ。おぬしに力を貸してくれるじゃろう」


 言われるがままオレはその剣を受け取った。

 この後に何が待ち受けているのかなど何も考えず軽い気持ちであった。


 「そして、ワシの稽古も今日でお終いじゃ。頑張ったのう。それなりの器にはなっていそうじゃ」


 「稽古、ありがとうございました!」


 こうしてヘル師との1週間にわたる稽古は一旦終了した。

 明日からは自由にして良いという。

 今すぐにでもサンリ村に行くべきだろうが、ヘル師の助言もあり、もう少し教えを受けてから向かうことに決めた。


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