第一章07 ツンの中のツン
(2874年7月26日)
オレはこの少女を知っている。ピンク髪のツインテールに鋭い目つき、おまけにこの小柄な体格。
しかしなぜオレに用があるのかはわからない。
「何やってるのよ。あんた」
「お前は確か…… あの時の……サラだな?」
「ええ、そうよ。よくご存じで。あんたも名乗りなさいよ!」
「オレはソウタ。よろしく」
「ソウタね……」
サラはまじまじとオレを舐めまわすように見る。
負けじとオレもサラを見る。
話しかけられたことが嬉しかったオレは頬が少し緩む。
「何ニヤニヤしてんのよ。マジキモイんですけど!」
「ああ、ごめん……」
どうやらサラにとってはニヤニヤしているように見えたらしい。
笑顔とニヤニヤは似て非なるものだ。
人間、本当に面白いと思ったときにこそ笑顔になると考えがちだが、中には面白くなくても、さぞ本物の笑顔かのように振る舞う人もいる。残念ながらオレはそんな器用な人間ではない。
また今回の場合、面白いというより嬉しいという感情のため、ニヤニヤという表現の方が妥当であろう。
そう考えるとさっきからオレのニヤニヤは止まらない。
まあそれも仕方がない。オレは彼女いない歴=年齢の魔法使い見習いみたいなもんだからな。
異性に話しかけられると、つい気持ちが高揚してしまう。実に陰キャらしい。
「なに無言で突っ立ってるのよ。キモッ。とにかくあんたに用があるのよ。ちょっと来なさい!」
「もしかして…… オレに一目ぼれして、強引なデートの誘いか何か?」
オレはつい調子に乗って陰キャらしからぬ言動をしてしまった。
それを聞いたサラの反応はもう言うまでもない。サラはひらりとこちらを振り返った。
「そんなわけあるか! 殺すわよ!」
「冗談だよ……」
当然覚悟していた反応であったが、思った以上の迫力であった。そこらへんの小学生なら泣き出しているだろう。
オレはサラに連れられて、村の外れにある広大な草原へと足を運んだ。
「なーんだ、ピクニックデートか。サラちゃんも可愛いなぁ」
「キモッ。”ちゃん”付けで呼ばないでくれる。子ども扱いしないで。今度なんかふざけたこと喋ったら、マジで殺すわよ」
それにしても怖い。怖さで言うとそこら辺の女店長よりは怖いだろう。
しかしオレは案外嫌いじゃない。
オレは今度こそ真面目なトーンで話すことにした。
「ところで、何の用だ?」
「ソウタ。私とここで戦いなさい」
「……はぁ? 急に何を…… オレが敵うわけないだろ」
「やってみないと分からないじゃない」
「オレは見たまんまの只の凡人。そして付け加えるとすれば陰キャだ。殴り合いのケンカすら、まともにしたこともないぞ」
「そんなことどうでもいいわ。試したいだけよ。それじゃ……行くわよ!」
次の瞬間、サラは物凄いスピードでオレに向かってきた。
かろうじて動きは見えるが、到底攻撃がかわせるとは思えない。
サラの右拳がオレのお腹目掛けて飛んでくる。
オレはそのパンチを自分なりに避けようとした。
そしてさらにパンチの後に来るであろう左足の初動が確認できた。
それにも備える必要があるようだ。
「…………!」
サラの右拳、左足のキックは無情にも風を切った。
どうやらなぜかオレは避けられたらしい。正直理解に苦しむ。
「よくも避けたわね……」
「へっ?」
「ていうか、今の回避って私の真似? キモイんですけど」
真似? 無意識ではあったがオレはサラの真似をしていたのか?
もしやこの前の決勝戦でのサラの動きを観察していたことで会得したってわけか?
オレはさらに混乱する。(ダジャレではない)
「もしかしてまだ気づいていないの? ソウタって本物のバカ?」
今更だが、どうして今日会ったばかりの人にこれほどまでツンツンしているのだろうか?
見た目が見た目なだけに少しくらいはデレが入ることを希望する。
オレはそこまで熱狂的なオタクではないが、1人のオタクとしてツンデレというものに対する尊敬の念は深い。
「ソウタ。あんたはいずれ権能の継承者になる者なのよ。権能は師から弟子へと受け継がれることになっているわ。あんたがその一人なのよ」
「ということは師ってまさか……」
「そうよ。あんたの師はヘル師だわ。彼の権能は人間の理性にちなんだ”英知”の権能だわ。誰に受け継がれるのかと思って来てみれば、こんな陰キャだとはね。あんたそんなことにも気づかないなんて、本当にバカね」
「そういうことだったのか…… でもなんでオレなんだ?」
「そんなこと私に聞かないでもらえる? 弟子を選ぶのは師の役目なんだから」
「そうか」
「まあいいわ。そろそろ決着をつけさせてもらうわ。”ペインウェーブ”!」
「うわーーーっ!」
サラが何かを唱えたかと思ったら、その途端オレの耳に途轍もない衝撃が走り、目の前は真っ暗になった。
******
オレが目を開けると大通りの噴水の前に横たわっていることに気づいた。視界には夕焼けのようなオレンジ色の空が広がっていた。ただ、ただの夕焼けではなさそうだ。
市街地のいたるところからは悲鳴、叫び声が聞こえてきた。
次の瞬間、オレは異変に気づく。
「これは…… 火事?」
市街地の建物は今も燃え続けている。それも何十もの建物が。
オレはその場に立ち上がり、火事の起きている方角を見た。
寝ているときは見えなかったが、そこには見たこともない獣が村を襲撃していた。
既に獣のいる奥の一帯は廃墟と化していた。
逃げている村の人々が、叫びながらこちらに走って来る。
「悪魔が…… 悪魔が出たぞ! 逃げろ!」
「「「キャーーー!」」」
一体何が起こっているんだ……
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