第一章06 交流の一週間


 (2874年7月21日 14時30分)


 オレは闘技場でジルと別れた後、大会関係者の人から負傷したザバスが搬送された場所を教えてもらった。病院で足止めをくらうと思っていたが、案外すんなりとザバスの病室まで案内してくれた。

 病室の扉を軽くノックして、ザバスの返事を待ち、オレは病室に入った。


 「ザバスさん。大丈夫ですか?」


 「おお、ソウタか。どうして?」


 「たまたま試合を見ていて……」


 「なるほど。それでわざわざ見舞いに来てくれたという訳か。感謝する」


 ザバスの傍には村長のニッカが座っていた。


 「これはソウタ。関所で会った以来だな」


 「あの時はありがとうございました」


 「どうだ。ヘル師にはお世話になっているか?」


 「ええ、まあ放任的ですが、お世話になっています…… あの、そういえばニッカさん。ヘル師とはどういった関係なんですか?」


 「そうだな。ヘル師は以前、私の師匠であった。しかし私の力不足もあって、ヘル師の願いは叶わず、師弟関係も解消されたというわけだ」


 「どういうことですか? ヘル師は一体何者なんですか?」


 「それはだな……」


 ニッカが言いかけた時、タイミング悪く病室の扉がノックされた。


 「ザバスさん、村長。秘書のエルです。お邪魔します」


 扉を開けると、リクルートスーツのスレンダー美人が部屋に入って来た。シャープな眼鏡が彼女のカッコよさをより引き立たせている。これぞクールビューティーって感じだ。


 「構わん。なんだね?」


 「村長。そろそろ村の定例会議のお時間です」


 「そういえば、そうだったな。すまない、ソウタ。この話の続きはまたの機会としよう」


 結局、ヘル師の事は聞きそびれた。

 その後ザバスから試合のことについて聞いた。


 「試合の時に何が起こっていたんですか?」


 「それは俺にもわからん」


 「そうですか」


 「ただ、体感としては強烈な音と振動を感じた。うるさいという領域を超え、耳の感覚は麻痺していたと思う。音が脳に直接響く感じだ。そして気づいたときには倒れていた」


 これはなんのトリックもない純粋な能力だとオレは確信した。

 こんな魔法みたいなことが現実に起こり得るとは。

 オレはしばしの雑談をしたのち、病院を後にした。

 ザバスは先端医療技術のおかげで、夜には完治してしまったらしい。


 (2874年7月21日 18時)


 オレはその日の夜、予定通りジルの経営する居酒屋に行った。

 ジルはオレを見つけるや否や、元気よく声をかけてきた。どうやらもう酔っているらしい。


 「おお、ソウタ! 来たか! もう始まってるぞー! 飲め飲め!」


 「「「うぉ―――」」」


 なぜか周りの酔っぱらいが反応して声を上げる。

 このノリ、まさに新歓コンパを思い出させる。陽気な人々の中になかなか入っていけずに、1人でスマホの画面とにらめっこしていたような。

 オレはとりあえず生ビールを頼み、空いているカウンター席についた。

 今日はどうやら月に一度の集まりらしく、かなりの人数が店に集まった。

 1人で黙々と飲み食いして終わるかと思っていたが、嫌でも酔っぱらいが絡んでくる。

 まあオレにとっては寂しいよりマシである。オレは予想以上に意気投合した。

 オレは多くの顔と名前に接触している。これはチャンスでもあった。


 「ところでソウタ。何でまたウェイト村まで来たんだ?」


 「いや、ちょっとサンリ村に用事があって…… それで」


 「噂のサンリ村か。危険な状況らしいぜ。なんでも王国が動いているらしいからな」


 「なんかザバスさんも同じようなことを……」


 未だにオレは王国という響きに違和感を覚える。

 本当にそんなものが実在するのか。オレはまだこの世界観についていけない。

 すると話を聞いていた1人の酔っぱらいが近づいて来る。


 「まあまあ、今日はそんな難しいこと考えずに飲め飲め!」


 「は、はあ」


 言われるがままにオレは飲み続ける。

 オレの目の前には空のジョッキが1つ、また1つと増えていく。

 お酒もまた予想以上に進み、気が付いたころには軽い乱闘騒ぎが起きていた。

 見兼ねたジルが止めに入る。


 「やめろやめろ! お前ら店で暴れるな! 今日はもうお開きだ!」


 ジルがそう怒鳴ったころには時刻は午前4時を指していた。


 宿に帰るとオレは真っ先にベッドに直行して、ぐっすりと眠った。


 (2874年7月22日)


 翌朝、というよりも昼、オレは起床と共にとてつもない罪悪感と気持ち悪さに襲われた。

 オレは飲み過ぎで人生初の二日酔いになったのである。

 そして減量すべきなのに飲み明かしてしまうという罪悪感に襲われ、稽古2日目にあたる日は結局どこにも行けず、一日中宿で過ごす羽目になった。

 この時オレは久しぶりにあの思考に至った。


 《疑問:どうして稽古は1週間なのか?》


 ベッドに寝ころんでいるままでは到底答えにたどり着くことは出来ない。

 結局今回も考えることを放棄した。


 そうこう言いつつ、時は流れ稽古3日目、4日目、5日目と映画館、デパート、村役場など、さまざまな施設に訪れては、人々の特徴を捉えるのに尽力した。

 しかし全員が全員記憶に残っているかと言われると、正直自信はない。


 (2874年7月26日)


 今日で稽古6日目を迎える。残された期間はあと2日。

 とにかくたくさんの人と交流し、覚えていくのが最善である。

 特に予定がないまま、オレは宿から外に出て、大通りをいつも通り歩いていた。

 大体同じ時間帯にここを通るため、先日会った人に再び会うということも少なくない。

 無口な中年の男性に関して言えば、二日酔いで調子が悪かった日以外、全ての日で遭遇している。

 おそらく向こう側もオレの存在を認識してきているはずだ。

 今日も変わらずオレは話しかける。


 「おはようございます」


 「ああ、おはよう。今日も散歩かい?」


 「ええ、はい。今日も会計の仕事ですか?」


 「そうだよ。今日は忙しくなりそうなんだ…… それじゃ」


 無口の男性は足早に去っていく。きっと忙しいのだろう。

 でも無口だった男性が心を徐々に開いてくれているのは確かに感じた。

 口数が明らかに多くなっている。

 友達ってこうやってできていくのだろうか。


 何となく歩いていると、目の前に1人の少女が現れた。体格に似合わないフード付きの黒いローブを着ているため、顔は分からないが、間から見えるピンク色の髪にオレは見覚えがあった。


 オレはこの少女を知っている。できれば関わりたくなかった……


 すると少女はフードを取り、中から特徴的なツインテールが出てくる。


 「そこのあんたに用があって来たわ」


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