第一章05 決勝戦
(2874年7月21日 正午)
オレが初めて見る権能者の姿、それはピンク髪のツインテールの少女であった。身長は140台半ばであろうか、非常に小さい。身長だけでなく他のところも小さい。そして少なくともヒト型である。
オレは飲み屋街の広告を見て、武闘大会を観戦しに来ていた。
会場のボルテージはいつの間にか最高潮に達する勢いで、気が付けば決勝戦が行われようとしていた。
観客席と舞台との間には頑丈そうな透明なガラスと思しきものがあり、中の音などはよく聞こえない。おそらくこれは観客に被害が及ばないように設置された防衛用のものである。観客席に聞こえるのは、観客の歓声とマイクを通じての司会者の声のみである。
オレはガラス越しに試合の様子を観る。
決勝はザバスとサラの対決らしい。
ザバスはいつも通りの鎧の重装備。戦に行くわけじゃないんだから、そんなに本格的でなくてもと思ってしまうが、これこそが彼のスタイルなのであろう。
それに対してサラは対照的に軽装備である紫色のワンピースみたいのに黒のマントを着用している。これから戦うという感じの装備ではない。というか装備というより部屋着だ。
ちなみにザバスは武器として木刀を持っている。対してサラという少女は何も武器を持っていない。
どうやら少女は自分の力に自信があるようだ。
司会者の掛け声とともに、ザバスは正面から突っ込んでいき、木刀を振りかざした。
動きの速さといい、力強さといい、手加減など一切していないことが見てとれた。
力強い一振りはその場に風を起こすほどであった。
だがサラは華麗にかわした。
「くっ…… 流石の身のこなしといったところか」
「遅いし、動きが単純すぎるのよ」
その一言がザバスの癇に障ったのか、少し怒った様子で容赦なく追撃を敢行する。
ザバスは体格のわりには動きが速い。
筋肉バカのパワー系かと思っていたが、どうやらそうでもないみたいだ。
しかしそれ以上にサラの動きが速い、確実にザバスの動きを上回っており、人間の動きとは思えない。
その後の連撃もサラは巧みなステップで軽々と回避していく。
オレはしっかりとその動きを目に焼き付けていた。相手の動きを何手先までも予測して動いているようであった。
「くっ…… ちょこまかと」
ザバスには申し訳ないが、既に悪人面になっている。
ザバスの額からは汗がダラダラと流れていた。でも、まだ少し息を切らしている程度でまだ動けそうだ。
このように細部までオレが観察できているわけは、舞台の上に設置されたモニターのおかげである。モニターには拡大された状態で試合が映されている。
観客のほとんどが選手を見ているのではなく、上のモニターを観ている。
「少しは期待していたんだけど。期待外れだわ。お遊びはここまでよ。次は私から行かせてもらうわ」
「なんだと!」
次の瞬間、大気が一変し、観客席の防衛システムが作動した。
仕切っていたガラスは鉄の壁へと変化し、約5秒もの間、観客席から舞台の様子を窺うことは出来なかった。
5秒後、鉄壁は解除され、元のガラスの状態へと戻る。
客席の誰しもがその異変に気づく。
「何が…… 起きたんですか?」
舞台の上には意識の朦朧とした状態のザバスが仰向けに倒れていた。
「おそらく、あのサラとかいう少女の力だろうな」
オレの問いかけにジルは冷静に答える。あまり驚いた様子ではない。
その後、ザバスの両耳から血が流れ出てきた。そして意識ももうないだろう。
司会者はザバスに近寄り、状況を確認した。
「ザバス選手、戦闘不能! よって勝者、サラ選手!」
「「「うぉーーー!」」」
司会者の勝者宣言を受けて、観客は盛り上がりを見せた。
「ジルさん。サラは一体何をしたんだ?」
「あの耳からの出血を見た感じ、おそらく彼女は”聴覚”の権能者だろうな。特殊な超音波か何かを放出して、気絶させたんだろう」
「ザバスさんは大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫さ。この大会は殺しなしだからな。彼女もそのくらいは頭に入っているだろうし」
そう話しながら、オレはサラに視線を送っていた。
そして一瞬だけその目とあった。彼女はすぐ目をそらし、舞台から降りていった。
それにしても鋭い目つきであった。願わくばもう関わりたくないくらいだ。
オレはこの時、初めて権能者の能力を知ることとなった。
あとこれは余談だが、オレはここでどさくさに紛れて、ジルにタメ口で喋った。違和感もあったが、そのうち慣れるだろう。
「おお、そういえばソウタ。今晩オレの居酒屋に寄っていかねえか? ごちそうするぜ」
「本当に……! そうさせてもらえるとありがたい」
こんな長旅になるとは思いもしなかったので、食料など持ってきてもいない。
オレにとってみてはこんなにも好都合な話はない。
もちろんもう二十歳は越えているのでお酒も問題ではない。
「それじゃ、決まりだな! オレの店どこにあるかわかるか?」
「わからない……」
「そうか。ちょっと待ってろよ」
ジルはポケットからスマホを取り出し、マップを見せてくれた。
ジルが指し示していた場所は幸いにも、あの広告が貼ってあったお店であった。
「了解。ありがとう」
「それじゃ18時くらいに来てくれ。もうやっていると思うから」
「わかった」
(2874年7月21日14時)
ジルとの約束の時間まであと4時間くらいある。
オレはひとまず行っておきたいところがあった。
広い目で見れば、情報収集も観察の一つと言える。何かを知るという点でオレにとっては大差ない。
オレは大会関係者の人たちに話を聞き、その目的地へと向かった。
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