第一章04 稽古の中身

 

 (2874年7月21日)


 翌朝6時、オレは眠たい目をこすりながら、村の中心にある噴水の前で、待ち合わせていたヘル師と合流した。

 普段からこんなに朝早く起床することはめったにない。

 よく起きれました、と自分を褒め称えたい。

 そんなオレの内心をよそに、ヘル師は話を始めた。


 「よし。早速稽古を行うぞ」


 「ところで稽古って何をするんですか?」


 「そのことじゃが、おぬしには万物の観察をしてもらおうと思う」


 「観察って…… オレはてっきりトレーニングで体を鍛えたり、有酸素運動したり、断食したりして体重を落とすのかと……」


 「確かにおぬしの言っていることも一つの方法じゃな。ただ観察を甘く見る出ないぞ。万物の観察は身体ではなく、頭を酷使する。時間は掛かると思うが、頭を使うことでも、十分エネルギーを使うことになるからのう」


 頭を使って体重を落とす。確かにそれも一理あるかもしれない。

 オレは浪人を経て経験していた。頭を使えば糖分が欲しくなる。それはその分のエネルギーを消費できているからである。

 ただそこで糖分を取るのが普通の人間である。だから痩せない。これはあくまでオレの見解だが。

 この理論からすれば、糖分を取らなければ、痩せる……のか?


 まあ現実そんな上手くいかないだろうが。


 「わかりました。やってみます」


 『モノは試し』である。オレの好きな言葉だ。

 オレはヘル師の提案を受け入れることにした。


 「では、まずはこの村の全ての人間の行動、言動、性格などの個性を把握してもらおう。人間は十人十色、全員に何かしらの違いがあるものじゃ。もちろん顔と名前を覚えるのじゃ」


 「は、はぁ…… お伺いしますが、この村の人口はどのくらいですか?」


 「ふむ。380人じゃな。容易いことじゃろ。ほっほっほ!」


 「へっ、へへへ……」


 一つの地域にしては確かに少ない人数だが、覚えることとなると訳が違う。

 村の全員、380人との交流が必須となってくる。

 そしてそもそもオレの頭の容量のことも忘れてはいけない。

 そんな人数、そう簡単には覚えきれない。


 「そして稽古の期間は1週間じゃ。頑張れよ」


 「い、1週間! それは短すぎますよ!」


 「何を言っとる。おぬしも急いでいるのじゃろ? それとも……家族は心配じゃないのかのう」


 「どうしてそれを……」


 突如巻き上がる強大な砂ぼこりと共にヘル師の姿は消えた。

 あの人は一体?


 早速オレは村の人々の観察を行った。

 観察と言っても、ストーカーのように後ろからこっそりというわけではなく、挨拶と少しの会話をする形である。


 ヘル師の言っていた通り、十人十色である。始めに話しかけたおばさんはとにかく早口である。終始、何を言っているのかわからないこともあったが、そこら辺は愛想笑いでごまかした。オレが一話すと、十で返してくる。最初にしてはパンチが強めであった。


 次に話しかけたのは中年の男性であった。こちらはさっきのおばさんと逆であった。


 「おはようございます」


 「ああ……」


 「今からお仕事ですか?」


 「ああ」


 「何をされているのですか?」


 「……会計士」


 「……そうでしたか」


 「…………」


 全く会話が続かない。オレが嫌われているのか?

 いやおそらくこういう人なのだろう。その後もいくつか質問したが一方通行で終わった。

 次に出会ったのは登校中の子供たちである。


 「おはよう!」


 「おはよーございます! お兄ちゃん!」


 「今から学校?」


 「……うん」


 子供たちは挨拶だけで終わると思ったのか、会話を続けようとするオレに戸惑った。


 「ん?どうした?」


 「お兄ちゃん…… もしかして不審者? 先生に言っちゃうよ」


 どうやらオレはロリコンの誘拐犯だと思われてしまったらしい。

 残念ながらオレはロリコンではない。

 今はそんなことどうでもいい。否定するなら誘拐犯の方を否定すべきであった。

 そうこう考えているうちに、子供はどこかに行ってしまった。


 こういってはなんだが、オレは挨拶も会話の一つに数えている。

 そんなオレにとって、今のコミュ力には自分自身でも感心する。


 固定観念とは恐ろしいものである。初めに植え付けられた印象がどこまでも付きまとう。

 もちろんコミュニケーションにおいてスロースターターのオレには最初から陰キャのレッテルが貼り付けられる。


 人間は急激な変化に拒絶するものだ。オレがいきなり話し上手になってしまったら、どうだろうか?


 今までのオレを知っていた人物にとってみては実に気味の悪い光景に見えるかもしれない。


 ただこの時代に今までのオレを知る人物はいない。

 だからここまで喋れているのだと、そう信じている。

 そう考えると、いろんな意味でこの稽古はオレに一種の変化をもたらしてくれた気がした。



 ******



 時刻は午前11時、村の大通りから少し外れた路地に入ると、そこは飲み屋街になっていた。

 そのうちの一軒の店にはこんな広告が貼ってあった。


 『”ウェイト村 第125回武闘大会 本日開催!”』


 特に普段から格闘技を見るというわけではないが、村の人がたくさん集まりそうなので、オレはこの大会を観に行くことにした。

 大会の会場は村の市街地から少し外れたところにあるスタジアムで行われるらしい。

 大きいので建物の存在にはすぐに気づいていた。

 オレは早速会場に足を運んだ。


 会場の中は村の人でいっぱいであり、大会の途中ということもあり熱気がとにかくすごい。

 会場は闘牛場のような舞台とそれを覆うように観客席が円形にズラーッと広がっている。

 オレはちょうど開いている席に座った。


 すると不意に隣の席の男が話しかけてきた。

 男は30代頃の坊主頭で、頭に白い鉢巻をしていた。服装は白のポロシャツにダメージジーンズとややラフな格好をしている。オレが言うのもなんだが、鉢巻と微妙にミスマッチしている。


 「兄ちゃん、見ない顔だな。どこから来たんだい?」


 「チェリーからです」


 「チェリーって隣町か。まあいい、俺は近くで居酒屋を営んでるジルって者だ。隣の席になったのも何かの縁だ、よろしくな」


 「オレはソウタって言います。よろしくお願いします」


 「ソウタか。覚えとくぜ。あと敬語なんて使わなくていいぜ。もっと力抜けよ」


 ジルはそう言ってオレの肩をぽん、と叩いた。

 どうやらとんでもないコミュ力の持ち主の隣に座ったらしい。


 「それにしてもすごい盛り上がりですね」


 「おうよ。噂によると今年はあの”権能者”様も参加しているみたいだしな」


 ”権能者”と言えば、先日のヘル師の話に出てきた戦争をも仲裁する、すごい能力を持つ者のことだったか。

 特に注目して観察するとしよう。


 いつの間にか武闘大会は佳境を迎え、遂に決勝戦が行われようとしていた。

 司会者による入場アナウンスが流れる。


 「さあ! 遂に決勝戦でございます! 決勝まで勝ち残った選手の紹介です。西側、村の番人とも言われ、村の力自慢、ザバス選手! 対して東側、今大会初参加で紅一点、サラ選手!」


 会場のボルテージがさらに上がる。


 「「「うぉーーー!」」」


 ザバスと言えば、あの時の関所の…… まさかそんな有名だったのか。

 選手の2人は入場して、規定の間隔をとり、互いに向き合った。


 「それでは、準備はいいですか?」


 「…………」


 司会者の問いかけに両者は無言で頷く。


 「レディー……ファイト!」


 司会者の合図とともに戦いの火ぶたは切って落とされた。


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