第一章03 夢ではないらしい
(7月20日)
ウェイト村の印象は一言で表すと少し貧しい街である。
家や施設といった建物の多くは平屋であり、人口も極端に少ない。
道路の整地もままならず、行きかう車も少ない。
コンビニや居酒屋、病院、村役場など最低限の施設はどうやらあるようだが、発展しているとは言えない。
オレは手を差し伸べてくれた老人について行き、老人の家に連れられた。
さっき村長の人も言っていたように、老人の名はヘル師と言うらしい。
ヘル師の家は木造平屋であり、1人で住むには十分すぎるほどの広さである。
室内にはモノはほとんどなく、テーブル、ベッド、テレビくらいしか見当たらない。
「そこに腰を掛けてくれたまえ」
そう言われオレとヘル師は円卓のテーブルで向き合って、イスに座った。
そしてヘル師は電子タバコをポケットから取り出し、片手に持ちながら、話を始めた。
「おかしな入村規制におぬしもさぞ驚いたことじゃろう」
「え、ええまあ」
「この村はのう、今から30年ほど前に人喰いの悪魔っていう凶暴な人工生命体に襲われたのじゃ。その悪魔は好んで脂ののった人間を求めるんじゃ。そういう訳でこの村は悪魔の標的にならないように60キロ以上の人間の入村を原則として禁止にしているのじゃ」
”人工生命体”? オレの知らない単語が自然に出てくる。この口ぶりからするに人工生命体というのは周知の事柄と判断していいだろう。
よく理解できていないが、入村規制の原因は何となくわかった。
オレはその後も半信半疑のまま、ヘル師との会話を続ける。
「理屈は分かりましたけど、そもそも人喰いの悪魔の事件なんて初耳でした」
「な、なんじゃと! おぬしは人喰いの悪魔を知らぬのか?」
「えっ、はい……」
人間なら誰しも知っていて当然のような態度をとるヘル師にオレは少し困惑した様子だった。
オレはふとヘル師の後ろに貼ってあったカレンダーが目に入ってきた。
そこでオレは異変を感じとる。なぜこのような事態になっているのか、皆目見当もつかない。
念のためオレはヘル師に質問をぶつけてみる。
「質問ですが、今現在の西暦は何年ですか?」
「えっと、確か…… 西暦2874年だったかのう」
「……えっ。今なんて言いました?」
「確か2874年じゃろ……」
ヘル師本人も合ってるかどうか不安になったのか、後ろに振り向きカレンダーに目をやる。
そして確認した後、小さく頷いた。
どうやらヘル師は納得のいったようだが、オレは当然ながら納得いっていない。
少なくとも『もう2874年かぁー』とはならない。年代が違いすぎる。
夢の可能性も考慮し、頬を強くつねったが、とても痛い。つまりこれは現実に違いない。
オレはこの時、なぜだか知らないが、タイムスリップしたのだと、そう飲み込んだ。そしてそれと同時にこうも思った。
『時間を歪ますのは、浪人だけで勘弁してくれー』と。
******
室内は机に置いてあるランプのみで照らされており、薄暗い。
かろうじてお互いの顔は確認できるといったとこか。
1人の男は机に両肘を置き、顔の正面で右手の拳を左手で包み込み、神妙な面持ちであった。
机の前には1人の女が姿勢よく立っている。そこからはどことなく緊張感が感じられる。
「例の計画は上手く運べているか? ネクロスよ」
「はっ! デザイア様。例の少女の捕獲と転送には成功しました。しかし少々気になる点が……」
「なんだね? 述べよ」
「なにやら少女は通話中に転送されたため、通話相手もまた転送された模様です」
「通話相手の身元は分かっているのか?」
「はい。名はソウタ。只今ウェイト村にいる模様です」
「そうか。把握できているのであればよい。引き続き監視を続けろ」
「はっ! 我が主、煩悩を司る者にして呪縛師団の長、デザイア様に忠誠を誓い、この私、ネクロスが責任をもって監視致します」
「ふむ。頼んだぞ」
******
(2874年7月20日 17時頃)
それからオレはヘル師から時代の変遷や事情について教えてもらった。
ヘル師曰く、2100年辺りまでは高度な技術開発が積極的に行われ、世界全体が活気に沸いていたという。しかしそれ以降は支配権、先端技術の争奪を巡って戦争が相次いで行われ、多くの民は命を落とし、戦争誘発を避けるためにも技術開発は各国で停滞していったようだ。しかし戦争が収まる気配はなかった。
でもある時、戦争はなくなったという。この度重なる戦争を仲裁し、鎮圧出来た者がいた。それは”権能者”という特殊な力を持つ者であった。2150年頃、戦争の鎮圧をもくろんだ一国の国王が秘密裏に進めていた技術の応用によって、当国の王子が遊んでいたゲームソフト「倫理」からゲームキャラを召喚することに成功し、生み出されたとされる。
そして召喚されたのはゲーム上の設定らしいが、人間の五感にちなんで5体と人間独自の”理性”にちなんでもう一体の全部で6体だ。しかし勿論、敵キャラも同時に放出された。人間の煩悩と苦しみにちなんで5体である。
今はその召喚された者たちの牽制のし合いで戦争は起こっていない。
説明を長々としていたヘル師が思い出したかのように言う。
「それよりおぬし、早く体重を落とすのじゃ。いつ人喰いの悪魔が現れるか分からんぞ」
「わ、わかってますって……」
そう言えばそうだった。オレはすっかり忘れていた。
三日坊主のオレがダイエットに成功したことなど、当然あるはずがない。
飲むだけで痩せるドリンク、着るだけで痩せるスーツなど夢見たものの、無論そんなものはない。
「おぬし、もしや自信が無いのか? ならばワシが手伝ってやろう」
「手伝うって。ヘル師は一体何者なんですか? さっきだって村長から師匠って言われてましたし。もしかして武術の達人とかですか?」
オレはついその仙人面に口を滑らせる。
「違うのう…… ワシは少し物知りなただの老人じゃよ」
「そうですか……」
オレはじーっとヘル師を見続けた。
「ああ、そうじゃとも。そんな人を疑うような目で見るんじゃない! 早速じゃが、明日から一緒に稽古をつけてやろう」
「稽古か…… よくわかりませんが、お手柔らかにお願いします」
オレは何となく軽い気持ちで、ヘル師の提案に乗っかった。
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