第一章02 知らない景色


 (2020年7月20日)


 身支度を済ませ、オレが家を出たのは、訳あって連絡から2日後のことであった。


 ここからサンリまでは、西にウェイト、レイクビワ、キーの3つの地を越えて行く必要がある。

 いつもなら、お金をケチって夜行バスを利用するが、今回は緊急ということもあって、新幹線を利用することとした。

 しかし困ったことにスマホから新幹線の予約ができない。というかどうやらオレのスマホ自体が壊れてしまっているらしい。回線の所には”圏外”と表示されていた。


 まあ、慌てることはない。まだ在来線を乗り継いでいくという手段がある。多少の時間は掛かるが、夜行バスほどではないはずだ。オレは最寄りの駅まで歩いて向かうことにした。


 この時点で、オレはまだ異変に気付いてはいなかった。


 その予兆、変化は特になかったからだ。


 オレは月曜日と火曜日を全休にしているため、今日、大学に行く必要はなかった。つまり実質土曜日から火曜日までの4連休を毎週送っていた。ちなみに残りの水曜日から金曜日はフルコマ(1コマから5コマまで全部授業で埋まっている状態)である。


 午前8時、オレは3日ぶりに外に出て、日光を浴びようとしていた。傍から見たらニートかもしれないが、れっきとした大学生であり、単位もきちんと取っている。


 『ガチャ、ガチャ』


 ドアを開けた瞬間、オレは異変に気づく。


 目の前に広がっている外の風景は3日前のそれとは明らかに異なっていた。


 アパートの3階に住んでいたオレが今まで見上げていたビル街は消え去り、多くの建物はアパートの3階と同等かそれより低い高さとなっていた。

 また行きかう車は宙に浮いており、近未来的な乗り物だと見当がつく。さらに今まで向かって右手に見えていた山々は緑を失い、完全に岩肌が露出してしまっていた。

 謎の光景を前に恐る恐るオレは歩みを進めた。


 まさか今流行りの異世界召喚というやつであろうか?


 実はオレが今ハマっているアニメのほとんどが異世界ものである。それに影響され過ぎて夢でも見ているのだろうか。そんな考えがオレの脳裏をよぎる。


 ただ、実際はそういう訳でもなさそうだ。電柱に貼ってあるポスター、街頭にある掲示板なども全て読める。また通行人は人間しかいない。異世界であれば、ゴブリンや獣人、エルフといったヒト以外のものも現れるだろう。


 以前までの町の面影は、はっきり言ってほとんどない。オレは試しに大学までの通学路を辿ってみる。

 道中には新しくできているドラッグストアがあれば、行きつけのコンビニは無くなっていた。

 なによりオレが通っていたカレッジ大学もまた無くなっていた。その跡地は広大な空き地となっていた。


 「えっ…… マジかよ」


 オレは驚き、そう呟いた。それと同時に少し嬉しい気持ちが芽生えてしまった。

 大学でのオレは言うまでもなく、陰キャである。友達も片手で数えられる程度。(ギリぼっちではない。ただ行動は基本ぼっち)大学デビューに憧れていたものの、実際そう行動に移せる性格でもなかった。

 今となっては高校の時の方が楽しかったなぁなんて思ってしまう。正直、大学生活に退屈を覚えてきてしまったのである。


 とりあえずオレは大学から駅に向かうことにした。

 オレは記憶を頼りに大学跡から駅に向かって歩いていた。そのつもりであった。


 「えっ? 駅がない」


 本来、駅があるべき場所は大きな公園になっていた。公園ではお年を召したお爺さんたちが午前中からウォーキングに励んでいる。定年退職後の健康管理といったところであろう。

 オレは仕方なくお爺さんに話しかけることにした。


 「あ、あの… この辺に駅ってありませんでしたっけ?」


 「駅? 駅なんてないびゃー。この辺さ電車なんか走ってないよ」


 「そ、そうでしたか。すいません、ありがとうございます」


 オレは訛りが変わっていないことに関して少し安心した。


 いずれにせよ、今現在においてこの辺に電車もバスもないらしい。意味が分からないが、受け入れるしかないらしい。


 仕方なくオレはヒッチハイクを狙いつつ、歩いて実家まで向かうことにした。

 どのくらいかかるか、など分かるはずもない。歩いたことなどないから。


 不運なことに誰からも拾ってもらえることもなく、チェリーの隣町、ウェイトの入り口付近までやって来た。もう軽く2時間は歩いただろうか、とても疲れた。


 ウェイトの入り口にはなぜか関所があり、関所前には長蛇の列が並んでいた。

 正直、今どき関所など聞いたこともない。少なくともオレは知らない。


 オレは周りの人たちに合わせて、列に並ぶことにした。

 思った以上に待たされる。どこぞのテーマパークなみだ。


 2時間後、ようやく俺の番が回って来た。

 そこでオレはちょっと怖めの門番と対峙する。

 年は30代半ば程で、今どき珍しい中世西洋風の重たそうな鎧を着ている。体つきもガッチリしており、日々鍛錬を積んでいるに違いない。これは偏見だが少々暑苦しそう。現時点での判断は失礼だが、今のところオレの苦手なタイプである。


 「おいお前。身分証を出せ」


 「はい」


 オレは財布から保険証を取り出した。


 「ふむ。サンリ村出身か。帰るのか?」


 「サンリ”村”…… ま、まあそうだ。急いでいる」


 なぜだか知らないが、地名に”村”という呼称がついている。

 まあ今はどうでもいい。


 「やめとけ。あそこは最近呪われた奴らの支配下になったと噂されている」


 「なんだよそれ。アニメじゃあるまいし。そんな怖い顔で冗談を言わないでほしい」


 「冗談ではない。兄ちゃん、やめときな」


 「心配ありがとう。それでもオレは行かなければならない」


 荷物検査を終え、いざ入村しようと門をくぐった。


 『ビー―ッ! ビー―ッ!』


 「いったい何の音だ?」


 「残念だが、お前体重で引っかかったな。ウェイト村は60キロ以下でなければ入村を許可できないこととなっている」


 今どき訳の分からない入村規制にオレは悩まされることとなった。

 確かにオレの体重は68キロ。8キロも痩せるなんて…… 絶望しか見えない。


 「なんだよそれ! オレは早急にサンリに行って、家族の様子を見に行こうと思っているんだ。というか今どきなんだよその規則! おかしいだろ!」


 「おかしい? ここにはここのルールがあるんだ。文句のある部外者は消えな!」


 周りが騒然とする中、オレと門番の睨み合いは続いていた。


 その騒ぎを聞きつけてやって来たのかどうかは知らないが、ふと1人の老人が現れる。

 年は60代半ば頃であろうか。見るからに仙人という感じだ。

 老人は少しほつれた白いローブを羽織っており、顔をうかがい知ることは出来ないが、顎から延びる白髭がとても印象的である。


 「おぬし、もしや体重で引っかかってしもうたのか?」


 「あ、はい……」


 「関所のお前さんや。この坊主はワシが責任をもって様子を見るから、今回はワシに免じて見逃してはくれまいか?」


 「そう言われましても……」


 すると騒ぎを聞きつけた屈強な男がウェイト村から姿を現した。

 今度の男もまた、筋肉バカである。この男も門番の男同様、全身鎧である。

 オレは内心で『こいつら絶対60キロ以上あるだろ!』と思いながら、見つめていた。


 「ザバスよ。その老人。いや我が師匠ヘル師に免じて見逃してやれ」


 「ははっ! これは村長ニッカ様。承知いたしました!」


 この門番、ザバスの態度が一変した。


 「少年よ。ソウタと言ったな。入村を許可する」


 「ザバスさん。ありがとうございます」


 「良かったのう」


 こうしてオレは何とかウェイト村に入ることができた。

 ただこの先の道のりはどうやら長くなりそうだ……


 (7月20日 16時 ウェイト村に入村)


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