この六畳一間には神が住む。
ばつ
六畳一間
六つの畳が敷き詰められた古い部屋には衣装タンスやテレビといった家具は一切見られない。
そんな引っ越し前ですみたいなオーソドックス六畳一間に布団も敷かず雑魚寝している男が一人。カーテンの締め切られた暗い部屋で暑そうにけつを掻いている。
因みにクーラーもない。
カーテン越しからでも少し眩しい太陽を鬱陶しそうにしている時刻、午後二時を過ぎたところ。
今日は平日。サラリーマンは出社して仕事に精を出している頃だろう。
しかし、男は全く起きる様子がない。
今流行りの働きたく無い病患者であろうか。はたまた今日は休日なのか。
こうして1日を潰して行くのだろうか。
と思われた。が、突然扉をノックする音と同時に玄関の扉が開かれた。
おいインターホンを押せ。
「まだ寝てるんですか!? それと鍵開けっぱでしたよ!」
と可愛く怒っている少女が六畳一間にドスドスと足を踏み入れた。鍵はすまん。
「起きてくださいよ!」
とピンク髪の少女がげしげしと右足で寝ている男の背中を蹴ると、それが弾みで「ブッ」という音がけつからでた。
「くっっさい! 勘弁してくださいよ!?!」
端正な顔についている小さな鼻を摘みながら更にげしげしと威力高めに足蹴にされる。
しかし、男は起きない。
ぶっとまたけつで音楽を奏でる。
「もうぅっ!」
バシン!
いや寝ていないですこれは。確信犯のオナラ。まさに狸寝入りであろう。
足蹴にしてくる少女を物ともせず二度寝という禁断の果実を手にしようとしているのではないか。
「…起きないなら朝ご飯も昼ご飯もおやつも晩ご飯も全部抜きです」
「それだけはご勘弁を!」
シュタッという擬音を口で出しながら素早く少女の前に正座をする。
男は胃袋に屈したのだ。
決して少女に屈したのではない。
「はい。ちゃんと起きれて偉いです。明日からはもっと早く起きて下さい」
「嫌です」
「ご飯抜き」
「すいませんでした」
ぷんぷんと可愛らしく起こり続けている少女には毎日お世話になっている。
家事洗濯炊事全てを完璧にこなす究極の美少女なのだ!
「…今更褒めたって何も出ませんよ」
と少し頬を紅くして目を逸らすのだった。
「はぁ。もう二時なんで、お昼にしますか?」
「お願いします」
平伏する男は少女に屈したのではない。自らの胃袋に屈したのだ。
「なんか、反省していない気もしますが。お昼はオムライスです」
と極上の笑顔で天使はそう言った。
「なんと!? 中のご飯はケチャップライスかな!?」
「勿論です。油っこいのでバターライスは苦手です…」
「では用意してくれ給え」
男はオムライスが大好物のようだ。
ニヤケ顔が止まらないままスッと自然に寝る態勢にシフトしだすとバチンと今度はハリセンで叩かれてしまう。
「そんな物どこに持っていたんだ」
「乙女には秘密が沢山あるんです。それよりまた寝ようとしましたね。もう怒りました。オムライスは夜にします。お昼は抜きです。早く仕事に行きますよ! 立ってください!」
オムライスが延期されたと聞いた瞬間、男の顔はガーンと効果音がつきそうな程に酷い顔へと変わった。
「仕方のない人です」
ぐぃっと寝転がっている男のシャツの首元を引っ張ってどうにか起こそうとする少女。
「いや待て。待ってくれ」
「待ちません」
「私が何故こんな狭くて窮屈な部屋にずっと居ると思っているんだ!」
パッと掴んでいた手を離し、驚愕の顔を浮かべる少女。
「ま、まさか途轍もない理由があるのですか!?」
「ふ。そのまさかだ」
「その理由とは?」
男は襟を正し勿体つけながら話し始めた。
「実はな。昔から畳のある部屋には座敷童が住むと言われていてな」
「はい。確かに言われておりますね。座敷童は幸運を運んでくれるとくれないとか。それで?」
「それだけだ」
「それだけ!? 意味がわからないのですが?」
「うるさい奴だ。座敷童様が逃げるだろう」
「座敷童様?! え?この部屋に居るんですか?」
「いや居ないけど」
「居ないのかよ!」
はぁはぁと息を切らせながらツッコミにキレを見せる少女。因みに息を切らせるとツッコミのキレを掛けてます。
「うるさいですよ!」
「まぁつまりの所、神様とはどういうものか研究用としている訳だ」
「かなり飛躍しましたね。何故、仕事をサボってそんな訳の分からない事をしているのですか?」
チィーチッチッチと指を振り出す男。
「そんなの決まっているだろう。どうやって神が愛されていて、どのような事をしているのかが知りたいのだ。それに座敷童だけではなく他の神についても研究している最中なんだ」
「はぁ。そんなこと調べて意味がありますかね…。普通神様っていうのは勝手に愛されていくものと古来より決まっているんですよ。でも、はい。わかりました」
「お! わかってくれたか」
「…強制的に仕事場に連れて行くしかありませんね」
「えっ」
「お覚悟を!」
「やだやだー」
そうして六畳一間の鬼ごっこが始まった。
「捕まえました!」
終わった。こんな狭い場所で鬼ごっこなんて出来るはずがなかった。
ドサリと押し倒されて、二人は見つめ合う。
「あ、あの」
照れたように女子が目を逸らした瞬間。
「逃ぃげるんだよぉおお!」
「あっ待って下さい!」
脱兎の如く逃げ出して、ガラリと押し入れの中に閉じ籠もった。
「私はここから出んぞ…」
ゴゴゴという謎のオーラが押し入れから吹き荒れる。
「もぅいい加減にして下さい!」
少女が襖を開けようとするが、固く閉ざされている。
「わかりました。仕事場の方でオムライス作ってあげますから」
少し襖に隙間が開く。
再三言うが胃袋に屈したのだ。
「かかりましたね!」
ガッと指を隙間に挟み勢いのままに襖を横にスライドする!
「謀ったな! だがしかし私はそっちではない!」
襖をガラリと開けきると少女に青い何かが落ちてきた。
「ギャッ! なんですかこの狸の置き物!」
「それは狸ではない! 猫の神様の置き物だ!」
「嘘つかないで下さい! 猫の耳なんかないじゃないですか! これはどう見てもタヌキですよ!」
それ以上タヌキと言うんじゃない! 怒られますよ!
「これ結構重いんだからな。押し入れになおすの手伝えよ」
「うぅ重い」
お前が悪いのだ。
「むっ! 私は悪くないですよ! それなら言わせていただきますけれど、何でずっとナレーションみたいな事をしているんですか? アホなのですか? それともう一つ、今更神について研究してるって、あなた何年、神様やっているんですか! このアホ神!」
アホとは神に向かって何事だ! 因みに神に就任してまだ1500年といったところだ!
「普通に喋って下さい!」
「すいません」
「何で今日は仕事もサボっているんですか! 神様が仕事を放り出したら大変なことになるんですよ!」
「仕事を放っぽり出しているとは人聞きの悪い事を言うんじゃない。私はこれでも仕事をしていたのだ」
「どういう事です?」
「なに、君はナレーションとかなんとか君は言っていたがね。神というものは俯瞰して世界を見ねばならぬのだ。その練習にこの六畳一間を世界に見立て俯瞰し実況していたのだ」
「ちょっと何言ってるかわかりません。もう気付きませんでしたが、カーテンも閉めっぱなしにしてたら駄目じゃないですか。ほら今日は雲一つない快晴ですよ。下界がよく見渡せます」
「ほんとだ。凄い快晴。むにゃむにゃ」
「神様また寝ようとしないで下さい。仕事に行きますよ」
「イタタ。耳を引っ張るんじゃない!」
少女は神の耳を引っ張り玄関の外に引き摺り出して扉を閉めた。
この六畳一間には神が住んでいる。
この六畳一間には神が住む。 ばつ @icomac
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