第7話 先生

 教わった教会まではさほど遠くなかったので、歩いて行った。教会の前に行くと、若干肥えた体型の中年男性が、Tシャツにジーパンという姿で玄関の掃除をしていた。店長は足早に近づき、話しかける。

「あの……こちらの牧師さんですか?」

「ええ、私が牧師の千々岩光秀ですが、どのようなご用件でございますか」

「あの……こちらに生田涼真さんが通っていたと聞きまして、生前の彼の様子などをお聞きしたいと思いまして」

「ええと、失礼ですが?」

「僕……って言うより、こちらは生田涼真夫人の今の旦那でして……」

「申し遅れました、さいの夫、吉永直です」

 僕も店長に続いて自己紹介する。千々岩牧師は警戒を解いた様子で「では、中でお話ししましょう」と教会内へ入り、牧師室へと案内した。そしてほうじ茶と、奥さん手製の豆腐プリンが出された。正直なところ味は微妙だったが、店長はやたらと褒めちぎった。千々岩牧師も褒められて気をよくしている。

「まあ、私は別にベジタリアンというわけではありませんが、家内は私の健康面が気になるようでして……」

 千々岩牧師は自分の脇腹をパンパンと叩いた。

「それで先生、生田涼真さんのことなんですけど……」

「ああ、そうでしたね。彼は熱心に私の話すことに耳を傾けておられました。結局、洗礼は間に合いませんでしたが、今頃は天の御国で、神の懐で安らかにしておられることでしょう」

「その、亡くなられる時のことですが、何か変わったことはありませんでしたか? 実は生田さんはさいに遺言を残しておりまして……『自分の死が先生の迷惑にならないように』と謳われているのです。もしかして、その先生というのは千々岩先生のことでしょうか?」

「いえいえ」

 千々岩牧師は笑いながら被りを振った。「吉永さん、桑田健康会という名前を聞いたことがありますか?」

「桑田健康会……?」

 僕が何のことかわからずキョトンとしていると、店長が割り入って答えた。

「あの医師法及び薬事法違反で逮捕された桑田正志が運営していた団体ですよね……」

「そうです。独自に配合した薬草で治療するという療法で、一度テレビ番組で取り上げられてから、爆発的に大きくなったそうです。それから末期ガン患者が彼の元に多数押し寄せるようになりました。ところが、ガンが根治せず亡くなった会員のご遺族が訴訟を起こして……マスコミがインチキだと囃し立てたのです」

「実際それはインチキだったんですか?」

「私にはわかりません。でも、生田さん自身は桑田療法を信頼していました。その療法で完治した会員も多数いたと。……結局桑田氏は釈放されたのですが、社会的信用を失って会員は激減、借金が膨れ上がり自己破産したとのことです」

「その桑田という人は、今はどうされているんですか?」

「去年亡くなられました。交通事故だったそうです」

「そうだったんですか……」

「生田さんは、医者にはかからずに桑田療法で根治を試みました。しかしそれでも完治は難しい段階に達してしまったので、私のところに来て、いわゆる〝終活〟をなさったのですね。イエスキリストを信じて天国に行けるのだから、死を恐れはしない。しかし、桑田氏に迷惑になることは避けたい。それが生田さんのご遺志だったのでしょう」

 さいの沈黙に平仄ひょうそくが合った。桑田療法の是非はともかく、生田涼真の人柄は立派で、自身も幸福であっただろう。僕には何も言うことはない。

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