第6話 遺言書

 生田涼真の遺言書には、このように書かれていた。


──私の死が先生のご迷惑とならぬよう、充分に配慮して欲しい。私はこの身の終わりを先生に委ねられたことを幸いに思っている──


 何とも謎めいた文面に、僕たちは首を傾げる。

「この文章から推察するに、例えば生田涼真氏が政治家の秘書などをしていて、秘密保持のために自ら命を断った……というようなことかな」

「いずれにせよ、さいが前夫の死について語らなかったのは、故人の意志を尊重してのことだったわけですね」

 店長は大きく頷いた。

「後は……M県N市へ行ってみましょう。そこで真相を掴めるかもしれません」

「ええ!? 何もそこまで……」

「車で飛ばして行けばここから2時間ほどで到着できます。日帰りで行って帰って来れば問題ないでしょう。その分ちゃんと時給出しますから……」

 覗き見するような後ろめたさはあるが、〝時給は出す〟という殺し文句には勝てない。翌日、僕らはN県M市にまる一日かけて出かけることになった。


🚗


 朝早く、勤務先から店長の車に乗り込んだ。店長の運転はかなり荒っぽかった。急発進、急ブレーキ、短い車間距離……目的地に到着するころには、僕は心労ですっかりヘトヘトになっていた。車を降りると、新鮮な空気で生き返った気持ちになる。町を歩く人々の話している言葉は標準語に近いが、どことなくさいの話し方を彷彿させる。

「吉永さん、まず市役所へいきましょう。奥さんの除籍証明書を取得するんです」

「そんなこと、できるんですか?」

「草野さんは配偶者ですから問題ありませんよ」

 店長の指示通り、僕は窓口でさいの除籍証明書を請求した。すると、すんなりと発行してもらえた。

さいの旧籍は......N市中桜台5-2-1……」

「では、そこに行ってみましょう!」

 凄まじき積極性。元なんでも屋の粘着性と行動力。恐るべし。


 店長の車は旧戸籍の住所までやって来た。だいたい予想はしていたが、さいの旧家は空き家になっていた。店長はためらうことなく、その隣家の呼び鈴を鳴らした。すると、家の扉が開いて一人の主婦が出て来た。

「はい……どちら様ですか?」

「すみません、お隣に住んでいた生田涼真さんの……亡くなられた時のことについて何かご存知ではありませんか?」

 主婦はあからさまに警戒の色を表情に浮かべた。

「あなたたち、警察の方?」

「いえ、まあ、探偵と申しましょうか……実はこちら、生田さいさんの今のご主人なんです」

 僕が店長の紹介に合わせて頭を下げると、さいの元隣人は少し態度を和らげた。

「そうねえ……癌で亡くなられたとは聞いたけど、家族葬だったから詳しいことはわからないのよね……そう言えば、亡くなる少し前に教会に行っていたそうだから、そこの牧師さんが何かご存知かも」

 僕たちは彼女から教会の場所を聞き出し、そこへ向かうことにした。

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