第4話 見るなの座敷
店長の風当たりはますます強くなり、もはや虐待だった。ある日、バックヤードで僕が店長に叱られているところに、同じバイトの女の子が入ってきた。
「店長ぉ、〝ゴロワーズ〟っていうタバコが欲しいというお客さんがいるんですけどぉ、どれかわからないんですがぁ……」
店長は「まったく……」とため息をついて、店頭に出た。僕も後から出てみたが……
なんと、そのタバコを買いに来た客というのは、
「
「ちょっと近くに用がありましてよ」
僕から一旦子どもたちに視線を移し、その後で店長に微笑みかけた。
「店長さん、いつも宅がお世話になっております。吉永の家内でございます」
僕を虐待していた後ろめたさか、気まずそうに店長は笑った。
「お、奥様でしたか。こちらこそ、いつもご主人のおかげで助かっております」
心にもないお世辞に歯が浮きそうになったが、本当に驚いたのは
「店長さん、奥さんが身重でさぞ大変でしょうね……」
「え、どうしてそれを?」
「女ですもの。それくらいのことはわかりましてよ。ところで店長さん、奥さんもなかなかご飯を作るのは大変でしょうから、もしよろしければ、時々私がお食事を作って差し上げたいと思うのですが、いかがでしょうか?」
「え、いや、そんなこと……」
「ご遠慮なさることはありませんわ。宅のお世話になっている方がお困りなんですもの」
「え? あ、はい、もちろん……」
僕も店長に微笑みかける。そして店長は
「……それで、おタバコの方は?」
「ごめんなさい。宅が禁煙していたのを忘れておりましたわ」
ちなみに、僕はタバコを口にしたことは一度もない。
それから、
「吉永さんの奥さんのおかげで、ずいぶん家内の機嫌がよくなりましたよ」
ある日、店長は僕にそう言った。そういう店長も以前と比べて相当機嫌がよくなっている。そして、僕に当たり散らすようなことはほとんどなくなり、僕の労働環境はすこぶる良くなった。それは言わずもがな、
しかし、彼女はどうして店長の妻君が妊娠していることがわかったのだろう。考えれば疑問は尽きない。
僕は彼女を妻として完璧な女性だと思う。反面、謎めいた面もあることは否めない。言うなれば、恩返しをしに来た鶴の化身のような……。
「お話しするほどのことではないので……」
と、お茶を濁してしまう。
僕も追求しない。好奇心に負けて〝見るなの座敷〟を覗いてしまった老夫婦のように、すべてを失ってしまいそうな気がして怖かったのだ。
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