第2話 面接

 久々に求人話にありついた僕は、すがる気持ちで応募した。面接会場では既に四人の男性が面接の順番を待っていた。真新しい床のリノリウムの匂いが、否応なく緊張感を高める。やがて、僕の名前が呼び出された。

「失礼します……」

 三人いる面接官のうち、太田という男が主に質問した。度の強い眼鏡がギラつく。相手の欠点を見逃すまいと瞬きすらしない。

「弊社を志望する理由は何ですか?」

「以前プログラマーとして働いていたのですが、今回職種がシステムエンジニアということで応募させていただいた次第です」

「プログラマーですか……システムエンジニアとの仕事の違いは理解されていますか?」

「……いえ」

「システムエンジニアという仕事はですね、単に机に座ってキーボードを叩いていればいいというわけじゃないんですよ。クライアントやプロジェクトメンバーとも円滑に意思の疎通をはかり、場合によっては交渉や調整も必要ですから、コミュニケーション能力が絶対不可欠なんです。あなたそういうの、大丈夫ですか?」

 太田には僕が人付き合いが不得手であることを見抜かれている。暗に向いてないよと言われているのだ。僕は悔しくて膝の上で拳を握りしめた。


 面接からの帰り道、最寄りの駅に着くと、さいが子どもたちを連れて待っていた。僕が呆然としていると、

「帰りましょう」

 とさいが微笑んだ。子どもたちも、母親を真似て「帰りましょう」と言った。でも結局は、子どもたちの要望で真っ直ぐ家には帰らず、団地の近くの大きな公園で彼らを遊ばせることになった。そこにはとてつもなく大きな滑り台があり、大人の僕が滑っても、案外スリルがあって楽しい。

「こんなに早く、どうしたのですか?」

 僕が訊くとさいは子どもたちから目を離さずに答えた。

「保育園から連絡がありましたの。輝がお腹を壊したそうですわ。それで仕事を切り上げて迎えに行ったのだけど、もう良くなったみたい」

 僕は申し訳ない気持ちになった。

「いつも任せっきりですみません。本当は僕ももっと子どもたちの世話が出来たらいいのですが……」

 さいは軽くかぶりを振る。

「気になさることはありませんわ、私は大丈夫だから。あなたと出会えて、私はとても助けられているの」

 それは僕の言うべき言葉だった。この、絵に描いたような良妻賢母のおかげで、不甲斐ない僕でも人並みに生きていられるのだ。僕はさいの美しい横顔を見ながら、出会った時のことを思い出していた。

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