鳥を燃やす

 竜は来なかった。にえを捧げに捧げたのに。村は半狂乱だった。

「やはり、こんな粗末な供物では……」

「竜は火を喰らう。人を、燃やすべき時か」

「魂の消尽で竜を呼ぶ。可能性はあるだろう。だれを燃やす?」

「外れの中から、適格者を選ぼう。心当たりがある。みなから疎まれている卑賎の子だ。いつも鳥と戯れている」

「ああ、あれか。不気味な親なしの鳥小僧。奴なら文句も出ないだろう」

 化石のように冷たく老いた村民たちの会議で、生け贄は決まった。少年の意志とは関わりなく、死ぬことを決められたのだ。燃やす。生きたまま。竜を呼ぶために。

 少年は逆らわなかった。逆らわなければ殺されるが、逆らっても殺されるだけだ。石斧で頭をかち割られるだろう。身寄りもなく、友達もなく、希望もない。閉ざされた村の、疎まれた孤児。お情けで生かされていただけで、その情けは功利的なものだった。いわば余剰品だ。有事の際には役立つかもしれない。そしていま、少年のいのちの使い道が決まった。供物だ。竜を呼ぶために。少年は燃やされて死ぬだろう。逃げようとすれば殺される。どちらにせよ死ぬ。そう決められたのだ。他人のいのちを左右する連中によって。

 ただ、少年は最後にある思いつきを提案してみせた。悪あがきといえるのか。意固地な抵抗といえるのか。生まれたくもないのに生まれ、死にたくもないのに死ぬ、自分の意志とは関わりなく決められたその運命に、無気力な少年なりの怒りがあったのか。ろくに期待も抱かずに、少年は言った。自分の前に、鳥を燃やしてみてはどうか。

 許可は下りた。それで竜が来るならば、人間は燃やされずに済む。少年は、自分を慕う鳥たちを犠牲にすることで、竜を呼ぶ。燃やすのだ。鳥たちを。竜を呼ぶために。

 その夜、崖の上で、少年の周りには数百羽もの鳥たちがたむろしていた。それを遠巻きに、松明を掲げた村民たちが囲んで、気味悪げに眺めている。少年は無表情で、準備をせっせと進めていく。油を塗られ、紐でつながれた鳥たちが、少年と別れの挨拶を交わす。

「ぼくのために、死んでくれる? なんの意味もないけれど」

 言葉はなくとも、返答はあった。羽のざわめき、眼の輝き。かすかなさえずり、傾げた首。燃やされるのだ。竜を呼ぶために。

「そう。ありがとう」

 準備は整い、刻限が来た。骨笛の合図が鳴らされた。少年は村民の一人から松明を受け取り、少しのためらいもなく鳥たちに点火した。点火役の村民たちも、それにならった。

 空中に、壮麗な炎が踊りあがった。数珠つなぎの火炎が、巨大な生きもののようにのたくった。ぎゃあぎゃあと、つんざくような、この世のものとは思えないような断末魔の叫びをあげながら、鳥たちが燃えている。火をうろことする、竜のように。

「ありがとう、みんな。さようなら」

 火の粉に頬をあぶられながら、少年は涙ぐんだ。それは鳥たちへの訣別か、世界への訣別か。

 竜は現れたのか。少年は許されたのか。燃やされたのか、殺されたのか、生き延びたのか。それはわからない。ただ、村はいずれ滅びた。子どもを殺す人間たちに、未来はない。

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