影との対話

 人は生まれるときに影と出会い、死ぬときに影と別れるという。出会わなければよかったし、別れなければよかった。どんなにそう願っても、それは起きてしまう。あらゆる出会いや別れと同じように。


「はじめまして。わたしがあなたの影です。これから死ぬまで、一緒だね」

「うん、よろしく。あなたには顔がないんだね」

「顔はあなたの領分だから。影には必要ないものだよ」

「そうなんだ。わたしとあなた、同じようで、ずいぶん違うね」

「あなたが実体で、わたしは影だから。でも、一緒だよ、何があろうとも。死ぬまでは」

「うん、死ぬまでは」

「死ってなんだろう。生まれたら、わかるのかな」

「きっとわかるよ」

「きっとね」


 彼、もしくは彼女、またはどちらでもないだれかは、生まれて、生きて、死んだ。影と生涯を共にして。


「人生、おつかれさま。長いようで短かったね。どうだった、旅路は? 幸せだった? 楽しかった? そうでもなかった? 嫌だった? 答えなくていいよ。その答えは知っている。わたしはあなたの影だから」

「そう。なら、言わないでおく」

「その方がいいよ」

「これからどうなる?」

「お別れだよ。あなたはわたしから自由になるし、わたしはあなたから自由になる。さよならだね」

「存在しなくなるってこと?」

「そんなところだね。わたしは、黒塗りのページに書かれた文字のように、だれにも読めなくなる。あなたは、真っ白なページに置かれた空白のように、輪郭を失って消える」

「そう。なんだか寂しいね」

「うん、寂しい」

「生まれるときと同じくらい、寂しい」

「寂しい」

「でも、存在しているあいだ、孤独ではなかったんだね。いつも、あなたがいたから」

「いつも、一緒だったよ」

「わたしが忘れていても」

「あなたが忘れていても」

「影のあなたは、そこにいた」

「影のわたしは、ここにいた」

「さようならあ」

「さようならあ」


 影と別れて、死が終わる。おやすみなさい、影のない人。おやすみなさい、人のない影。淡く薄く、いつまでも静かに。

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