死秋の死

 めぐり来る秋も間近となった。一年続いた夏が、まもなく終わろうとしている。空が鉛色に陰りつつある。

 庭の揺り椅子に座ったアウルは、老残の身でありながら、子どものように震えた。死が怖いのではない。四年に一度の秋が、すべてを枯らせてしまう、その無情が怖いのだ。天は、われわれの生をあまりにも機械的に刈り取る。老幼を問わない、あまねき死。

「“一粒の麦、地に落ちて死なずば、唯一つにて在らん、もし死なば、多くのを結ぶべし”」

 刷り込まれた御言葉の一節を唱えても、納得はできないし、恐怖は去らなかった。ごまかしようがない。やはり、怖いのは死だ。組み込まれた死が怖いのだ。われわれの生になんの意味もないのが怖い。

「アウル、どうしたの?」

 幼いミミズクが、不思議そうに問う。この夏に生まれたばかりの、あどけない少年。冬生まれのアウルよりも遥かに年下の樹人じゅじんだ。それでいて、すでに死を受け入れている。幼いからこそ、差し迫る死になんの疑問も持ってない。ものごころがつくと同時に、死を認識し、死を抱擁する。他にどうしようもないからだ。

「怖いのだよ。死が、怖い。秋が来る。この惑星全土を秋が覆う。すべてを無情に枯らす死の秋が」

「どうも、よくわからないんだ。季節というのは、なぜあるの?」

「地球と呼ばれた惑星は、太陽を公転している。まわりをぐるぐるまわっているんだ、一年かけて。地軸の傾きによって、球体である地球は、場所ごとに太陽との位置関係が変わる。それによって気温も変わり、季節が生まれるんだ」

「でもそれは、の話だよね?」

「そうだ。は違う」

 アウルは首を振った。老いたアウルの顔を埋める葉が、さわさわと揺れた。

「ここでは季節は一年つづく。四年の歳月をかけて四季はひとめぐりする。ではわれわれの惑星は、地球とは公転周期が違うということか? どうもそんな単純な話ではない。そもそもわれわれがいるここは、惑星なのか? われわれ樹人は、いかなる生命体なのか? 人間は、種を放出した。そしてわれわれが生まれた。それは知っている。しかし、それだけだ。図書ケーブルをつないでアクセスすれば、人間と、人間の住んでいた地球については知ることができる。だが、膨大なデータは、われわれ樹人と、われわれの生まれる場所については、腹立たしいほどに黙して語らない。人間が種を蒔いた。われわれは生まれた。それだけだ」

「ぼくたち樹人が、自力で探索するようにって。そう願ってるんじゃないかな」

「いいや。私は違うと思う。連中はなにも願ってはいない。なにもわれわれに望んでいない。探索するにも、われわれの寿命はあまりにも短い。秋が来れば、死ぬ。そう定められている。しかし種は残る。そして秋が過ぎれば、また生まれる。短すぎる生の、短すぎるサイクル。一体この過酷な運命はなんなのか? 連中はわれわれを面白半分に生み出し、そしてとうに忘れてしまったのではないか? 私はそれを怖れているんだ」

「どういうこと?」

「仮想空間というのを知っているか?」

「コンピュータがみる夢みたいなものでしょう?」

「まあ、そんなところだ。私は、ここがそうなのではないかと思っている」

「預言者が唱える仮説のひとつだね。聞いたことがあるよ」

「“われわれは夢と同じ素材でつくられており……”か。しかしそれも、どうでもいいことだ。われわれが夢であろうが、宇宙に放出された人工生命であろうが、仮想空間のプログラムであろうが、どうでもいいことだ。肝心なのは、死だ。すべてが夢でも、死は現実だ。われわれは枯れる。われわれは死ぬ。もうすぐ。もうすぐ、秋が来る」

 ミミズクは、アウルの震える手をそっと握った。葉と葉が重なり、接ぎ木のように寄り添った。

「大丈夫だよ。アウルのいうとおり、この世界の正体なんて、どうでもいいんだ。ぼくらは死ぬ。そして生まれる。それだけなんだ」

「おまえはなぜ、それが怖くないんだ?」

「死をわが友となせ。生まれた時に、だれかにそう言われた気がするんだ」

「……それだけか?」

「それだけで十分だよ。死ぬために生まれたんだ。喜んで、死ぬよ」

 ミミズクは微笑みながらそう言う。諦念すら見当たらない。老いたアウルには、理解できなかった。

「……若い連中の気持ちは、さっぱりわからん」

「年だね、おじいさん」

 二人はなおも、静かな断末魔を交わしあった。穏やかに時は流れた。そのあたりのどこかで、秋風が吹いた。そのあたりのどこかで、定められたとおりに樹人たちは死んでいった。揺り椅子がきいきいと揺れていた。接ぎ木されたような、枯葉だらけの塊がそばにくずおれていた。秋が来たのだ。

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