第12話 美味い飯は人を救う(BGMへの誘導リンクを試験的導入として貼りました!)

 読み慣れた小説であればそのページをめくる速さというのは自分でも驚くほどに早いものであり、また存外に月日が経つ速さもそれと似たようなものだなと僕は感じるのである。というのも、マクシミリアンが愛国者連盟に参戦すると彼は瞬く間に辣腕を振るい始め、あれよあれよという間に愛国者連盟が一つの組織として確立していったのだ。


 まず愛国者連盟の隠れ蓑組織を作ろうとマクシミリアンは提案した。これはというと、イリオス連邦共和国はその名の通り共和制であり実権を持った議会が存在している。また、その議会のための政治団体を結社することは人々の自由なのだ。となると、マクシミリアンの提案はこれを利用して愛国者連盟の隠れ蓑組織を立ち上げ、市井の人々にも積極的に顔を出していき、そこから隠れ蓑組織に参加してくれた人が革命政府関係者でない限りは愛国者連盟に迎え入れていこう、という訳なのだ。

 そして、その表の顔たる隠れ蓑組織はマクシミリアン曰く、

「ふふっ、ちょっと過激な右翼政治団体といったところでしょうか。それと名前は……かの名君アッティラから引用したアッティラ協会というものでしたらスペクタクルが見えてきませんか?」

 果たして反革命を起こすことが「ちょっと過激な」に該当するものかどうかは疑わしいが、僕はマクシミリアンの提案を喜んで引き受けた。


 次にマクシミリアンは愛国者連盟の内部に手を付け始めた。これは役職や規則を明確にし、内部組織やを設立していくことなのだが、当然の如く僕は愛国者連盟最高指導者に任命されるという苦々しい名誉をもらい、ユニティは僕の秘書にそのまま就任した。またマクシミリアン自身は愛国者連盟の内部組織を総括する総務局の局長に就任し、ゼークトとバルボアは総務局の管轄から独立している反革命軍の指揮の担当となった。

 まぁ、大雑把に愛国者連盟の中身を権力順に並べると、指導者>総務局=反革命軍>内部組織、といった感じなのだが、もちろんこれも僕は二つ返事で承諾した。


 最後に、アッティラ協会を設立するにあたって僕らの本部はマクシミリアン主導であの地下要塞もどきから地上の建物に移動することになった。さて、何がどうマクシミリアン主導なのかというと、マクシミリアンの家のコネで不当に……ではなくマクシミリアンの謎の力によって急激に安くなった没落貴族の館「薔薇の紋章ジャルファリス邸」を買い取り、アッティラ協会兼愛国者連盟の本部がそこに設置されることになったからだ。

 

 このようにして僕は初めて「反革命の準備が始まった」と自身を持って言えるようになり、次第に僕の仕事も増えていく。今のところはYESという結論ありきでマクシミリアンやゼークトの提案を吟味することくらいなのだが、これからは資金的な支援者の調達や、人々への示威運動、また最大の目的である反革命の計画づくりと想像するだけで泣きたくなるような仕事と向き合なければならない……。まずは文字の読み書きからだね。とにかく、今日も今日とてそのように愛国者連盟の発展に複雑な想いを抱えながら暗澹たる面持ちで薔薇の紋章ジャルファリス邸から下宿への帰路につき、下宿の晩御飯のメニューを想像していればあっという間に帰り着くのだが、僕の部屋では良い意味で思いもよらぬものが僕の帰りを待ち構えていた。


「はわっ、お帰りなさいませ!」


 ユニティだ。見た目麗しきユニティが木製の器を持って僕の部屋にいるのだ。異世界だろうが何だろうが男女の仲ではあるので二つの部屋を下宿の主人とは契約している。しかしこれは一体全体どういうことか。

 僕はしどろもどろに、

「た、ただいま、という言葉が相応しいのだろうか」

 ユニティは僕にパタパタと近づいてくると、

「宿のオーナーさんにキッチンを貸していただいてこれを作ったのですが……」

 ユニティは自身が持っている器を精一杯持ち上げ、僕の目にはその器に華やかに盛り付けられた三つのスイーツが捧げられる。

「なっ……」

 僕は息を吞んだ。そして、震える人差し指でその器を指しながら念には念を入れてユニティにある確認を取る。

「もしかして……だが、このスイーツは私に食べて貰うために?」

 ユニティは地獄の閻魔も惚れ落ちるようなとびきりの笑顔で、

「もちろんです!!」

 その声を聞いた瞬間、僕の頭はぐらっと揺れ、心中でこう叫び散らす。


 やったあああああ! なんでこれが起きているかは分からないけど、何が起きているかは分かる。ユニティが僕の為にこのスイーツを作ってくれたんだ! 感謝感激! やっぱりこの娘はとっても優れた人格を持っている! それに外見はバイオテクノロジーでも再現不可能だと思えるほど愛くるしい。つまりっ、容姿端麗で純粋無垢な完璧超人! きっと『ネプチューンマン』も舌を巻くだろう。


 しかし、ユニティの特性が脳裏をよぎると心中で吐く言葉は別の系統のものになる。


 待てっ! ユニティの属性にはドジっ娘というものがあるじゃないか。おとといなんか、その日の予定の時刻全てを午前と午後が逆で覚えられており、僕が面会予定だった人々に激怒されたんだ。つまり、砂糖と塩を逆で作ったなんていうラブコメお約束展開が現実として起きるかもしれない。うむ、少し慎重になろう。


 僕はひっそりといくらか深呼吸を繰り返し、思春期の学生のような舞い上がった気持ちを無理矢理抑えて大人の対応を心掛けながら、

「まずは礼を言おう。ありがとう。そして、これは素晴らしいな。宝石商の目玉商品のように輝いて見えるよ」

「そ、そうですか! はわわわ、頑張った甲斐があります! 右から順にトルキー、セクシル、キャラリラ、と言いまして、是非召し上がってください!」

 僕はそう言われると、とりあえず落ち着いて兜を脱ぎ、心はやや慎重しかし手付きは大胆にトルキーを手に取ると、幾ばくかまじまじと見つめた後にそれを舌に味合わ――、


「――美味すぎるっ! 甘みと苦みのコントラストをうまく利用している上とても嚙んでいるとは思えないほどのフワフワとした食感がある! 例えるならそう『ケネディ』と『フルシチョフ』も簡単に仲直りできるほどの美味! なぜ神はこのスイーツを元の世界に用意してくれなかったのか? いや、違う。ユニティがいるからこそこの美味が成り立っているのだ!」

「はわわわ……、あ、ありがとうございます?」

 気付けば空気を読むことのできないお調子者を見つめるような目で僕に視線を送るユニティの顔がそこにあった。だがしかし、愛らしい。

「はっ!」

 僕は我に返り、眼球を右に左に揺らしながら、

「ごほんっ、つまりは美味しいということだ」

「で、ですよねっ、私、嬉しいです! 残り二つもどうぞ!」 

「う、うむ、そうだな」

 僕は再び精神の安定化に努め、それが成ったと確信すると、セクシルを手に取ってそのまま舌に提供し――、


「――美味いっ、文句0賛美100で美味いっ! 舌に乗せた瞬間化学反応のようにとろけていき、そこから溢れ出る味は重厚でまろやかなロマンティック・オペラ! 『ウィーン会議』の一品に並べられていたら会議はもっと躍り上がったに違いない! 『タレーラン』にも是非味合わせたかったものだ」

「これは私の中でも自慢の一品でして、喜んでいただけて何よりです!」

 ユニティは僕のノリを学習したようだ。よって、僕は何者にも制止されることなくそのままの勢いで最後のキャラリラを口に――、


「――くぁwせdrftgyふじこlp! 素材の皮すらも活かして、その刺激的でみずみずしい果肉を湖のほとりで水浴びをする美女のローブのように覆い隠している! これが味にそぐわない神秘性を生み出し、二つの価値観を一つの料理に混在させているのだ。素晴らしいっ、これさえあれば米国による平和パクスアメリカーナならぬキャラリラによる平和パクスキャラリラーナが達成される!」

「うふふっ、何をおっしゃっているかは分かりませんが、褒められている、ということはよく伝わります!」

 ユニティはその赤く染まった顔に手を当て、獣耳をぴくぴくと震わせながらそう言った。そして、僕はこれが自分の悪いところか良いところなのかほぼ直情径行的に、後になって思わずのぼせてしまうようなことを口走る。


「今度一緒に作ってみたいものだな!」



youtube.com/watch?v=rK_v4iNQFV8 (リンク先はYouTubeです)



 『ランボー』を創ったのは神では無く『トラウトマン大佐』だったけれども、ユニティこそ神がお創りになったのではないだろうか。そう思えるほどにあの日のスイーツは美味しかった。書類の山が一定の高さを超えると必ず地面に激突してしまうようなドジっ娘にあれほどまでの料理の才があったとは驚きだよ。

 そして、今日はあの日から五日経ったのだが、どうやら僕の直情径行的な約束はしっかりと履行されるようだ。


 以前、この世界の食事の材料が元の世界とあまり変わらないことに驚いて、

「魔族なのだから人間などを食べたりしないのだろうか?」

 そう質問されたユニティは一気に顔を青ざめさせ、

「――さんの世界ではそんなおぞましいことが行われてるんですか……?」

 つまり、嬉しさ9割悲しさ1割でこの世界のファンタジー要素の薄さを僕は感じたのだが、流石に甲冑姿の騎士と鉄仮面の獣少女が下宿のキッチンでスイーツ作りというのは意味不明な状況である。しかし、パリであれば焼きたてほかほかのパンの匂いが鼻腔に漂ってくるような朝であることも関係し、僕は随分と弾んだ心で調理器具を並べており、表情から察するにユニティも機嫌は上々なようだ。

 そんなユニティは柔らかい声色で、

「今日はセクシルを作ってみましょう!」

 セクシルか、あれはとても美味しかったなぁ。

「君が自慢の一品だと言っていたあれだな」

「はい、その通りです!」

 ユニティはそう元気溌剌に答え、そのまま僕に調理方法についての解説を始める。


 することはそんなに難しい話ではなかった。コンビニ弁当で済ませていた僕にでもできる気がする。しかし、どうも漠然とユニティが作るのと同じものはできないだろうと感じるね。

 ともかく、そうしてユニティと共に実際にスイーツを制作していく。ユニティの手さばきはもの見事と言えるもので繊細かつ大胆に素材を扱い、まるでユニティの手の上で転がしているようだ。僕はそれにただ驚き、目を丸くしながら質問する。

「どうやってそんな技術を身に着けたのだ?」

 ユニティは突然の質問に少し驚き、また恥じらいながら、

「はわわわ、陛下がこういった甘味をこよなく愛していたので、激務を乗り越えた陛下にスイーツを提供しようと考えていたら、です」

「そ、うか……」

 それを聞いて少し僕は落胆する、嫉妬ともとれる穢れた感情で。


 やはりイシュメールか、全部彼のおかげだ。誰も彼も、今の地位も、全て全て彼がいたから今僕のもとにあるのだ。結局のところ、他人の殻の範疇でしか僕は動くことができないのか? 僕はイシュメールじゃない。だからこそ、僕をイシュメールと考えて近づかれることがとても辛いんだ。まったく――、


「――ですが、こうして――さんと一緒にスイーツを作ったり、この前のように召し上がっていただけると、やはり陛下と――さんとは違うんだなと感じます」

 僕ははたと思考を止め、鉄仮面の奥の綺麗な目を捉える。

「陛下は滅多に感情を見せない方でしたから、感想を聞けずじまいでした。しかし、――さんはああして情熱的に私のスイーツの感想を言ってくれたので本当に嬉しかったです!」

「…………」

「それに、――さんにとって全然関係のない私達の国を統合するために反革命を起こそうと私に語ってくれたあの日、最初はどうしてそんなことを言ってくれるのか論理的に理解できませんでした。でも、今ならはっきりと答えを言えます」

 ユニティはそこで言葉を切り、両手を合わせて、

「優しさ、だと思います。――さんは優しいのです。それはとっても素晴らしいことで、あなたが陛下とは違った意味で素晴らしい方であることの証左です」

 そして、ユニティはおもむろに僕の手を取り、手の甲に付いているクリームをふき取ると、

「――さん、頑張ってください。私、応援してます!」


 やはり僕には直情径行的な節があり、こうもされると胸がドキンと跳ね上がり並々ならぬ自信が湧いてくるのだった。そして、実はこの時感情をどう抑えようとも目尻が潤んでしまったのは永遠の秘密である。

 




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