第11話 マクシミリアンはボヘミアン

「そうか、エッカート」

「いえ、マクシミリアンで結構です。その方が距離感を詰めやすいでしょう」

 ふらっと現れた奇術師たるマクシミリアンは両手を広げながら言った。僕はその提案に頷くと、人差し指をピンと立て、

「では始めよう」

 マクシミリアンは返事として眼だけで微笑むと、席に座った。しかし、こうして顔だけを見てみるとまるで『ポーランドボール』だ……まぁいい、始めようと言ったのだから始めよう。

 僕は丁重な態度で、

「まず、よくこの地下要塞に来ることができたものだ。元々ここを知っていたのだろうか?」

 これは僕が純粋に気になることだ。

 マクシミリアンはユニティと同様に例の紙を取り出すと、

「いえ、この紙をたまたま通りで見つけたのですが――」

 しかし、この地下要塞もどきを見つけた理由はユニティと違い、

「――この地図はやけに分かりにくて、幸い僕は地図を読むことはそれなりに慣れているのでどうにか見つけることができた、という感じです」

「なるほど、そうか」

 僕は自分に両手を差し向けて、

「私はヴォルフ。ここ愛国者連盟の指導者を務めている。そして、私達愛国者連盟は君マクシミリアン・エッカートを心から歓迎する

 僕はいかめしくアクセントを意識ながら言った。それと反対にマクシミリアンは紳士的な態度で、

「それはありがたいことです」


 なぜ僕が「用意がある」と言ったのか。これまたゼークト曰く、となるのだが、僕が面接についての説明をゼークトとバルボアから受けている時、

「閣下、面接に来た者の素性についてですが、その者の口から聞いた素性を後で部下の調査結果と照らし合わせます。そして、その者が見栄を張ったりしたぐらいでは特に事を起こすなどはしませんが――」

 ゼークトはそこで意味深に言葉を切り、やや間をおいてから、

「――もし仮に革命政府関係者であった場合は身柄を拘束し、尋問にかけ、あらゆる情報を喋り終わらせた後に殺処分致します」

 稀代の独裁者が行うような恐ろしい事を僕に告げた。


「…………」


 僕に何が言えるのか分からなかった。ただ何も言えずにゼークトを見つめることしかできなかった。

 FPSゲームではいくらでも人を殺せるが、現実では僕にはネズミの一匹も殺せない。まさしくこういうことなのだ。反革命に死が纏わりついていることを頭で理解しつつも果たして僕に他者の生命を奪うことなどできるのだろうか? 

 答えを出したくない、その問題に目を合わせたくない! トロッコの方向は五人の作業員ではなく一人の作業員であるべきだが、実際にそうしてしまえば本当の意味で僕が――とは違った者に変化してしまう気がする……。 

 不意にバルボアが決まり悪そうに、

「閣下、連邦共和国とはいえイリオス人ですから殺すことに気が引けるのも分かりますぜ。だけどよ――」

 しかし、そんなバルボアの口を封じるようにゼークトが勢いよく左手を伸ばし、

「――恐れながら閣下‼」

 そして右手は何かをつかむように空中に伸ばしながら、

「いえ、陛下、ご存知と思いますが、革命家に必要なのは道徳を捨てる覚悟、つまり我々は悪に堕ちて正義を為さなければならない!」

「…………」

「陛下、不思議なものですな。あなたには革命家としての経験があるでしょうに」

 ゼークトは最後にそうに言った。

 

 という事もあり、そう簡単にマクシミリアンを愛国者連盟に引きもむことはできないのだが、僕はマクシミリアンが革命政府の関係者でないことを賽銭箱に全財産を注ぎ込む気持ちで祈っている。

「それで、君の年齢は?」

 魔族の寿命は種類によってバラバラであるものの基本的には百年であるらしく、成人年齢は十六歳だ。

 マクシミリアンはやや気恥ずかしそうに、

「僕は十七の若輩者ですね」

 若い! 日本で言ったらまだ高校生⁈

「……まぁ、特に気にしないでくれ。我々には年功序列的なものなど存在しない」

 とはいえ、そんな驚きを表面化せずに僕は話を進める。

「次に君の学歴、職歴について話せる範囲で教えてくれないだろうか」

「あぁ……、僕は学校には通わなかったので初等教育も済ませていません。ですが父の職業を手伝ったり、図書館でそれなりに学習しているので人並みの知識はあると思っていただけると幸いです」

「父の職業を手伝う? それは一体どんな?」

 マクシミリアンはさらに気恥ずかしそうに、

「その……父は冒険家で――」

「――冒険家⁈」

 僕は食い気味にマクシミリアンの言葉に飛びつく。

「えぇ……、やはりおかしな話でしょうか?」

 いいや、違うんだよ! 冒険家だって? なんだかやっとこの異世界のファンタジー部分に触れた気がするよ! そういえば、この世界にも冒険者ギルドとか存在するかな?

 僕はマクシミリアンの目を捉えると、

「とんでもない。立派な職業だ」

 そして腹をすかせた肉食獣のように質問を投げかける。

「それどころか、君がどういう風に手伝ったのかがよく知りたい!」

 恐らく「我を忘れて」というのはこういうことなのだろう。しかし、そんなことはこの時の僕の好奇心に歯止めをかけるには不十分な事項だ。


 マクシミリアンは目を細めて、もの不思議そうに口火を切る。

「わ、分かりました。僕は父と共に各国やを渡り歩いたのですが、高名な軍人としての過去を持つ勇敢な冒険家である父に僕が付いていけたのは、父が文字の読み書きや基本的な算術、また自分が見た光景をスケッチすることもできなかったので僕を必要としたからです」

 とうことは、学校に行かずに文字の読み書きや算術を習得できる家庭環境だったのか……。

「そして、僕と父は先の戦争が始まるまでに様々な所を訪れましたが、それらの全てを僕は忘れることができません。例えば、水の実がなる木が立ち並ぶ森林地帯、空中に浮かぶ巨大な黒色の物体群、一面銀色の雪の大地に自然に生まれた数々の氷の造形物、巨大な河川の中央に空いた大陸を貫くような穴、金の生産地で発見された未知の地底都市等々と。さらに、訪れた場所の人々の性格や暮らし、行事などは興味深いものでした」

「ほぉ……、それはなんと!」

 僕は無邪気な子供のようにマクシミリアンの話に耳を傾けている。

「鏡の砂漠では結晶石づくりの仮面専門の行商人がいましたし、星が降り落ちる墓所ではたった銅貨一枚で何時間も僕らのために情熱的に歌ってくれるストリートシンガーに出会えました。あっ、リバタリア連合都市の皆さんは本当に自由気ままな性格なので何度か宿の予約を忘れられたりと。また、新大陸では200日間の周期ごとに一回子孫の発展を願って大々的に火の絵を創る地域がありまして、これについて父と僕でまとめたレポートは学会でかなりの好評でしたね」

 へぇ、なんか最後に現実的な言葉が聞こえた気がするけど、いいなぁ、冒険者はそんな魅力的な場所をいくつも訪れることができるんだぁ。反革命を起こすことが出来たら是非マクシミリアンのおすすめの場所に――、


「それはともかく、あなたは戦時中何をしていたのかね?」

 ――ゼークトの苛立った声が僕を現実に引き戻した。ま、まぁ、今のは反革命に関係ない情報だからね、すいません……。

「ゼークトさん、それはですね――」

「――私はゼークトではない! フォン・ゼークトだ!」

 マクシミリアンにミスによりゼークトが更に苛立った。しかし、恐らくゼークトはこのワードを一生言い続けることになるんじゃないかな?

「申し訳ございません。それで、僕は父とは違ったタイプなもので前線ではなく後方支援として兵站を取り扱っていました」

「ほう、するとあなたは参謀にいたというのか? 職業軍人ではないのに一体どういう理由があるのだ?」

 マクシミリアンは「ふっ」と笑うと、

「コネ、ですよ。親の七光りと笑ってくれてもいいですよ、僕もこれには不満を感じているので」

 するとゼークトは頭を押さえ、首を右左に振りながら、

「意図的なものかは分からないが自己紹介をやり直したらどうかね?」

「えっ、そ、それは……」

 なぜだ? 僕にはなんの引っ掛かりも感じられなかったのだが。

 マクシミリアンはその光沢のある茶色の球体にぴたっと張り付いた目の大きさを変えながら右手を関節を無視した方向に回転させる。これが彼の考え事をする際のポーズなのだろうか。

 そして、いくらか時間が経つと、

「えっ……?」

 10万ドルをくれそうな音を立てながら右手から白い煙を発生させ、その煙が消えるころには僕に一本の薔薇が差し出されていた。


「改めて、僕はマクシミリアン・・エッカート。フォン・ゼークトさん、お察しの通り僕も上流階級の者です」

 僕は訳も分からずにトークショーのぎこちない司会者のように拍手を送り、そっと薔薇を受け取る。これは下宿の花瓶にさしておこう。

「あなたのお父さんはグスタフ・フォン・エッカートだろう。十何年も前の話だが一度だけお会いしたことがあるのだよ。しかし、あまり似てないものだな」

「父とは違ったタイプ、ですのでね」

「…………」

 なるほど、少々現状に蚊帳の外感が否めないが、マクシミリアンはよほど優秀な人材なんだろう。しかし……、まるでマクシミリアンは僕みたいな事をしているな。上流階級であることを隠したのはわざとなのだろうか? わざとであれば一体なぜ? うーん、分からない。いつか聞いてみよう。

 そういえば、僕はゼークトについてもよく知らないな。バルボアは身の上話を僕に気楽に話してくれて、戦場の生々しさや彼の生い立ちには深く興味が湧いたというのに。まぁ、様々な場面から気掛かりという点ではゼークトの方が大きいけどね。


「それで君はこの愛国者連盟でどのような事をしたいかね?」

 僕は元々聞こうと思っていた質問をマクシミリアンに投げかけた。

「そうですね、愛国者連盟の組織化、に着手してみたいなと考えています。失礼かもしれませんが、ここはまだ反革命を起こせるようなシステムが構築されていないのだと思いますのでね」

 へぇ、これってゼークトが探していた人材に当てはまるんじゃ……?

「ゼークト、この前の君の話を思い出したのが……」

 ゼークトは顎をさすりながら、

「閣下、奇遇です、私も同じことを」

 マクシミリアンはその球体から汗を流し、食い入るような目で、

「なにかまずいことを喋ったでしょうか?」

 それに対して僕は必要以上のリアクションを作ると、

「いやいや、とんでもない。むしろ、その逆なのだが、まぁ後で説明しよう」

 すると、マクシミリアンはほっとしたように胸をなで下ろした。


 さて、この程度でいいかな? 僕にはこれ以上聞きたいこともないし、仮にゼークトやバルボアに何かあるなら別途で聞いてくれても僕は構わないし、多分マクシミリアンもそれくらい許してくれるだろう。まぁ、彼の冒険譚についてはもっと深く知りたいのだが、それはまた後日にするのが当たり前……か。

 あっ、待て、そういえばもう一つあったな。


 僕はこほんとわざとらしくも本当の咳を一つすると、

「最後の質問だ。なぜ君はこの愛国者連盟にやってきたのだ?」

 僕がそう聞くとマクシミリアンは目を穏やかな形に変え、簡潔な一言を僕の心臓に縫い付ける。

「それが正常な者の取る行動ですからね」


 


 かくして、また一人の優秀な愛国者がこの組織にやってくることになったのだが、後々になって僕はこの時のことを振り返るといつもこう思うのだ。

 バルボアの顔は酷く暗いものだったな、と。

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