第10話 馬鹿では分からない反革命組織造り

「いいか、みんな聞いてくれ。報告がある」

 部屋から出てきたバルボアはさっきの異形達に向かってこう話を切り出した。

「ほら、さっきみんなも会ったこの彼のことだがよ、今日から彼が――」

 そこで僕はさっと身をバルボアの前に持って行く。

「――この愛国者連盟の指導者だ。素性は秘密にしてほしいと言われたが、名前はヴォルフ閣下だ」

「……あぁ、よろしく」

 僕はそう言って恐る恐る右手を軽く挙げる。そして、僕は生涯忘れないだろう、この異形達の満面の苦笑いを。



 こうして僕は反革命組織「愛国者連盟」の指導者、つまりリーダーとして活動することになったのだけれども、あの作りかけボロボロ地下要塞はあまり生活環境が整っておらず僕とユニティは引き続きあの下宿を住処としていく必要がある。そして、その地下要塞もどきと下宿を往来する生活が三日も続いたころ、僕は地下要塞もどきでこんな物思いにふけっている。


 あぁ、やばい。なっちゃたよ、なっちゃたよ、反革命組織の指導者に。反革命を起こしたいという気持ちはあるけどさ、ヒトラーでさえ総統を目指してから実際にその地位を手に入れるまで約十六年もかかったんだぞ。それが僕は一夜で一国の最高指導者、そんなの能力不足だからここに来たのに、いくらかランクダウンしたとはいえ再び指導者の地位に。明らかな経験値不足! チュートリアルを飛ばしたらボス戦が始まった気分! 絶対に出会いたくなかったサクセスストーリー! 

 だから、この三日間でやったことと言えばゼークトの意見に首を振るだけだった、それも縦に。それはそれは一心不乱にYESの意思を見せたよ。しかし、それでは愛国者連盟を運営することはできない。

 なぜなら、ゼークト曰く、


「ヴォルフ閣下、現在この愛国者連盟は私とバルボアを含めても十三人しかおりません」

 ゼークトはやけに意気揚々と言った。

「それほど少ないのか、ゼークトよ」

「閣下! 私はゼークトでありません、フォン・ゼークトです」

 ……そこは本当に厳しいんだよなぁ。

「すまなかった。それで、フォン・ゼークト、君の頭の中に立っている指針とはどのようなものなのかね?」

 ゼークトは普通なら唇があるであろう場所にそっと指を当てると、

「元々の計画では、私が愛国者連盟の反革命軍の作戦立案、バルボアが反革命軍の現場指揮、という風に役目を分けていました。しかし、これでは人材不足。まず、愛国者連盟の象徴であり、連盟の同志たちに魅力的な未来を見せることのできる絶対的な指導者の席に座る者がいない!」

 僕はやや顔を引きつらせながら、

「そこの席に座るのは……」

「無論、閣下以外におりますでしょうか?」

 おぉ、何という反語的口調。とりあえず僕は『君主論』でも読めばいいのかな?

「そしてもう一人。陛下が見せる未来に行き着くための官僚的な仕事を粛々と実行し、よりその仕事の効率を最大化できる優秀な者、これが必要です」

 そこでゼークトは少し含み笑いを見せ、

「いかに陛下が全知全能であろうと……も」


 という風に皮肉なのかゼークトなりのジョークなのかよくわからない形で終わったこの会話のおかげで、僕は例の紙を街にばらまき続けることを許可した。

 元々この地下要塞もどきは戦争末期にゼークトが指揮する部隊で建築し始めたもので、それは軍本部の特殊指令に基づくものだったらしい(なおこの指令は、ゼークトに渡された部隊の人数は書類上は5000人で実際には上記の十二人、建築資材は首都なのにも関わらず現地調達、というあまりにも杜撰なものだった)。

 つまり、たしかに例の紙を見てこの地下要塞もどきにやってこられるのは軍や政治でそれなりの職に就いていた者なので相当に優秀なはずだが、憲兵隊のことを差し引くとやはりリスキーに思える。


 しかし、他に代案が思いつくわけでもなく、むしろそれができないからこそ、今こうして物思いにふけながら誰かが来るのを待っているのである。

 ゼークトとバルボアは反革命軍の計画づくりで別室に、僕はユニティと二人きりであてがわれた部屋におり、外はまだまだ明るく、街の市民たちはせっせと戦災復興に勤しんでいる。

そして、よそよそしく僕はユニティに話しかける。

「ユニティ、私はこれでいいのだろうか?」

 ユニティは首を傾げて、

「と、言いますと?」

 僕はユニティを一瞥し、左手の人差し指をしきりに揺らしながら口を開く。

「……君も見ただろう、あの愛国者連盟の同志達の顔を。私は信頼されていないのだ。それもそうだろうな、同志らの中では私はどこからかやってきた馬の骨なのだから。もし同志らに信頼されたいのであれば、彼らにとって私という指導者が信頼するに足りうる存在でなければならない。ならばそうなるためには! イシュメールではなくヴォルフの私には魔皇という地位の盾がない。つまり、ヴォルフもとい――という私自身の純粋な力で愛国者たる同志らに相応しい指導者にならなければいけないのだ」

 僕は半ば投げやりに言った。そしてそう口に出した後で、僕は後悔する。

 ユニティが僕の不満を聞きたいと一度でも言ったか? いや、否だナイン。ユニティに僕の不満を共有すること、それはユニティにとって何か有益なのか? いや、否だナイン。僕の不満はユニティが持つイシュメールへのイメージを保つことができるものか? いや、否だナイン

 こういった感情が見る間に血液のように身体中を巡り、最終的に後悔が心に残ったのだ。

 僕は芝居臭く笑いながら手を右左に振り、

「あははははっ、いや、なんでもない。忘れてくれ。それよりも字の読み書きについての質問が幾つかあってね」

 ユニティは噛み締めるような声で、

「は……はい、分かりました」

 

  こういうことは自分で解決しなくてはならない。どういう状況であろうと僕は男だからね。あぁ、こっちの世界でも何か趣味を作って、気分転換でもしようかな。

 


 僕がユニティに字の読み書きを教わってる頃、何の前触れもなく部屋のドアが勢い良く開き、

「へ、ヴォルフ閣下、新しい奴が来たぜ」

 僕の顔を一度見てしまったが故に、その呼称はバルボアにとって使いにくいものなようだ。

 そして、以外と早いな、と僕は感じ、机の上にあるものをテキパキと片付ける。実を言うと、バルボアとゼークト曰く「初期のうちは閣下が新人の面接をやるべきだ」ということらしい。

 これに関しては僕もそれなりに乗り気だ。何しろ、真に優秀な人材というのは会話したらなんとなくでわかるんだ。「あっ、教養のレベルが違うな」とか「すごい論理的思考力だな」とかいう風にね、こう住む世界が違う人間は本人がそれを隠そうとしても不思議と分かってしまうんだよ。果たして、これは嬉しいことなのか悲しいことなのか。

 とにかく、間もなくゼークトがその人を連れて僕の部屋に入ってきた。その人は中世ヨーロッパの魔術が使える現代のマジシャン、と形容できるような何とも曖昧な服装をしている。顔は中くらいの鉄球に紙のように真っ白な目が付いている。

 そして、声は――、


「どうも、僕はマクシミリアン・エッカートです。以後お見知りおきを」

 ――爽やかさとキモさでベン図を作った時に重なっている箇所のようなものだった。




【おまけ】 ①在りし日のイシュメール


 先の戦争が始まるまでまだ少し時間があったころ、イシュメールは新しく結婚したランプ夫妻を祝う個人的な夕食会に取り巻きを連れて参加していた。

 イシュメールは酒どころか酒気すら酷く嫌っているため、夕食会の参加者達はどこか気の抜けない状態で食事を口に運んでいた。しかし、気配り上手なユニティや、ユーモアセンスが高いボルマン、そしてあらゆる分野に博識なラインハルトのおかげで夕食会は暖かな賑わいをみせている。

 そして、イシュメールを中心とした芸術の話がそれとなく終わると、ランプがこんな質問をイシュメールに投げかける。

「陛下、私は幸せ者でこうして最愛の人と共になることができましたが、陛下にはそういう浮いた話や想いをよせる女性というのはいないのでしょうか?」

 直後、参加者全員の視線がイシュメールの方に向かう。この手の話は――ことさら答えるのがイシュメールであるから――誰もが気になるのだ。

 イシュメールは口に運ぼうとしていたフォークをゆっくりと皿に戻すと、何かを思い悩んだ後に口を開く。


「私にはそういったものは必要でない」

 そして、イシュメールは徐々に自身のアジテーター的な一面を参加者一同に見せ始める。

 イシュメールは食事中であるのにも関わらずいきなり立ち上がり、

「私は家庭を持つことが許されない男なのだ! 私には使命がある、神から託された使命が。かの名君にして曾祖父の魔皇アッティラの治世時もしくはそれを超える程の名誉と富を大イリオス帝国にもたらさなければならない! そして、全世界に見せつけるのだ、イリオス主義の思想的優越を!」

 腕をぶんぶんと振り回し、何を話しているかよりも己がこの場で喋ったという事実を全員に記憶してもらいたいかのような語気でさらに続ける。

「だからこそなのだ。私には女性と時を楽しむなどという悠長なことをやっていられない! いや、むしろ、することができない。なぜなら、それこそまさしく神が私に与えた使命であり、私が通るべき運命であるからだ! 既に決まっておるのだよ、私の過酷な未来と大イリオス帝国の華麗で優雅な将来は!」

 いつもこの調子なのだ。イシュメールの感情の温度には0か100しかなく、それは急激に変化するので誰にも予測がつかない。勿論、今は100である。

「そして、私の身の回りには二通りの女性しかいない。それは私に近づいてくる女性か、そうでない女性かだ。一見、当たり前のことを言っているように思えるかもしれないが、私はこれをこう言い換えることができると認識している。前者は感情豊かだが無知で愚かな女性であり、後者は賢いが完全に冷め切っている女性だ、と」

 これをイシュメールを敬愛しているユニティの前でいうのだからこの男は恐ろしいのだ。また、イシュメールは自分が夕食会の雰囲気を壊したとも知らずにこの後再び芸術の話題に何の気兼ねもなく戻るのである。

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