第3.5話 戦争の遷移

 その後、ユニティは僕に戦争の推移や今の国の状況など色々なことを教えてくれた。言葉の端々にはイシュメールへの畏敬の念が感じられたけど、肝心なことに僕が持つ知識では良く理解できなかった部分があり、そこは何というか悔しかった。

 とにかく、体感では三時間くらい過ごしたであろう会話の中身を思いっ切り要約しよう。ちなみに一つ言っておくと、僕自身もあまり覚えてないので適当に読み流してね。そんなに熟読しなくても大丈夫。


 元の世界では西暦にあたるイデア暦1671年3月4日、つまり今から4年前、大イリオス帝国は失地回復の為、東側の隣国パルキア大公国にヨームハァルト地方の領土要求を行うも無視され、イリオスはパルキアに宣戦布告。直後、パルキア内にイリオス軍は一斉侵攻し瞬く間にパルキアを追い詰めていった。イリオス軍はチャリオットやウォーワゴンといった魔獣を機動的に使う戦術を使ったので奇襲においてイリオス軍に並ぶものはいないらしい。

 そして、あまりの侵攻速度に驚いたエル=ドラド王国とオクスタシア第三共和国は、パワーバランスが崩れることを防ぐためにエル=ドラドを盟主とした対大イリオス帝国の血盟国陣営を設立し、パルキアをこれに引き込むと両国はイリオスに宣戦布告。これが歴史上最大規模の大戦争の幕開けだ。

 しかし、イリオスから見て、エル=ドラドは西側の島国、オクスタシアはロッテルダム共和国、リエージュ共和国、レムリア評議会共和国、ロマーニャ大公国の4つの中小国を緩衝地帯として越えた西側にあるので、イリオスがパルキアを三ヶ月で降伏に追い込む間、両国が軍事行動を起こすことは無かった。

 そして、東部前線が片付いたと判断したイリオスは全兵力を西部前線に運び、4つの中小国を同時に侵攻して多方面で突破を繰り返しながら、兵士の動員に間に合ってないオクスタシアを一気に畳みかけようと画策。同年9月13日イリオスは4ヵ国に同時宣戦布告、4ヵ国はすぐさま血盟国陣営に参加するもイリオス軍はそれらをひき殺し、オクスタシア内に軍を展開させることに成功。そして、その一ヶ月後にオクスタシアの重要都市の攻略を目指した一大攻勢を開始し、後に響いてくる苦難がありつつもオクスタシアを降伏に追い込んだ。


 このように計6ヶ国をあっという間に下したわけだが、これにはある重要なパーツがあってこそだとユニティは言った。それはなるものらしい。大イリオス帝国は魔族を中心とした国家だ。そして当代の魔皇イシュメール・ブランデンは魔族こそが優等な民族でありそれに相応しい領土を持つべきだという思想を打ち出した。とどのつまりこれがイリオス主義だ。

 このイリオス主義は国内で宗教のように信仰されている上これのおかげで兵士達の士気は何処の国よりも高い。それはイシュメールの巧みな演説とランプやボルマンの活躍のおかげだとユニティは言う。やっぱり、大イリオス帝国ってナチ……いや、なんでもない。


 オクスタシアを倒したイリオスには二つの選択肢が出来た。まず一つ目は、島国であるエル=ドラドと戦える海軍力を手に入れてしっかりとエル=ドラドを降伏させてから、後に敵になるであろう東側の超大国ハーデス連邦に攻め込む。そして二つ目は、上陸部隊に対する沿岸防衛だけ行ってあくまでもエル=ドラドには守勢でいながらハーデス連邦に早期に攻め込む。

 紆余曲折がありながらも、イシュメールの強い賛成で結果的にイリオスは前者を選んだ。なので自分達の生産力だけでは賄えない鳥獣母艦という攻撃性の高い鳥類の亜獣や魔獣を載せた艦船を手に入れるため、イリオスはオクスタシア南部にある世界第二位の海軍国家バルサバドル王国に宣戦布告した。直後、バルサバドルは血盟国陣営に参加し、エル=ドラドの軍事支援を受けながら頑強な抵抗をイリオス軍に見せた。

 この海軍国の陸上での抵抗はイリオスにとって余りにも予想外で、最終的にバルサバドルを降伏に追い込めないままチャリオットやウォーワゴンの性質を生かせないほどに戦線が膠着してしまった。この時既に1672年8月27日だ。


 バルサバドルに構いすぎるとハーデス連邦がイリオス軍では勝てないほどに成長してしまうことを密偵からの報告で知っていたイリオス首脳部はバルサバドルの攻略を後回しにして先にハーデス連邦を打倒する方針を固め、パルキア南部にあるレマゲン帝国と、パルキアの領土をレマゲン帝国に一部引き渡すことで共にハーデス連邦を攻める条約を取り交わした。

 ということで、1673年6月3日にイリオスはレマゲンと共にハーデス連邦に宣戦布告を行った。ハーデス連邦はすぐに血盟国陣営に参加する意思を公表したが、血盟国陣営の中心であるエル=ドラドとオクスタシア亡命政府の猛烈な反対に合い、ハーデス連邦はこれ見よがしにメメント・モリ陣営を自国の傀儡国と共に立ち上げた。なので、レマゲンは血盟国陣営と戦争状態に陥っていない。

 イリオスとレマゲンの連合軍は初めは好調だった。しかし、三ヶ月ほどで攻勢は頓挫してしまった。なぜなら、ハーデス連邦はスケルトン、ゴースト、グールといった死者達によって作られた国なのでハーデス連邦軍が疲れというものをまるで知らないかららしい。連合軍にはこの困難を打破する良策が思い浮かばず、結局できることといえば資源地帯を占領したり破壊することでハーデス連邦の国力を削るくらいだった。しかし、たったそれだけしかできないからこそイシュメールはハーデス連邦の土地を徹底的に破壊しつくすように命令した。こうして、バルサバドルとハーデス連邦、つまり西部前線と東部前線は完全に膠着することになった。


 さらに二つの不幸がイリオスを襲う。一つ目は農業の凶作だ。一見大したことでもないように見えるが食物というのは生きるためにとても大切なことであり、これ以降国全体の士気が少しずつ低下していく。

 そして二つ目は財政危機、これはオクスタシア戦の時点で既に見え隠れしていた問題だ。軍事費があまりにも国家財政を逼迫するのでイリオスの通貨セインの価値が暴落しており戦争継続が危うくなってきていた。ところが、占領した土地の国民の資産や貴族の金品を強奪することでなんとか賄える見立てがついたらしい。そして、それでバルサバドルとハーデス連邦の侵攻計画を立てたのだが、バルサバドルでの予想外の長期戦化やハーデス連邦の資源地帯の破壊と略奪によって財政危機が起こり、再び戦争継続が危うくなってきている。

 

 そこでイリオスはバルサバドル国内の貴族をけしかけて反乱を起こさせて内部が混乱した隙にバルサバドルに大攻勢をかけて降伏に追い込むという作戦を計画し、1674年1月4日にそれを発動した。結果は成功であり、無事にバルサバドルを倒したのだが、この時にバルサバドルの国王一家が姿を消してしまい、後にこれがハーデス連邦と並ぶ超大国聖ヨルシカ皇国の参戦を招く要因となる。

 

 とにかく、その後イリオスは東部前線に西側の沿岸防衛部隊を除いた全兵力を集中させ、イリオス軍最後の計画的な大攻勢作戦を開始することにした。この作戦はハーデス連邦の首都と三つの重要地帯の攻略を目指した大胆なもので、今まで東部前線の指揮を執っていたファルケンハインに変わってイシュメールが立案したものでもある。

 そして、それは同年6月5日に発動し、イリオス軍は天高く打つ士気でハーデス連邦に二度目の大打撃を加え、二ヶ月間で二つの重要地帯の占領に成功した。しかし、それも束の間、イリオス軍が突出している地域の横腹を突く形でハーデス連邦軍が反撃作戦を行い、この二つの重要地帯でイシュメールから死守命令を受けていた軍隊は包囲殲滅を受けて消滅し、この作戦はイリオス史に残る大失態となった。これを受けて、イシュメールは政府の要人やイリオス軍の様々な指揮官を投獄または処刑し、惨敗を喫した東部前線をまるまるファルケンハインに最高指揮官として一任した。さらに、国内の思想教育の強化と題して、反イリオス主義的なあらゆる書物を禁書扱いした。

 これでイシュメールは満足したらしいのだが、これだからこそ次はある問題が発生する。オクスタシア北部にある宗教国家ミレニアム法国がイリオス内での宗教書の弾圧に声を上げたのだ。さらに、ミレニアムにオクスタシア南部のバルサバドルからバルサバドルの国王一家が命からがら亡命してきてミレニアムに参戦要求をするための演説を行い、ミレニアムの昂った国民達も政府に参戦を要求したため、イリオスにとっては再び西部前線が復活することになった。

 しかし、真の問題はミレニアムが参戦することではなく、ミレニアムと宗教関係で非常に結びつきが強い別大陸の超大国聖ヨルシカ皇国までも参戦することであり、ヨルシカ皇国はエル=ドラドが血盟国陣営の盟主の座を自国に受け渡すことを代わりに同年11月7日イリオスに宣戦布告を行った。


 ということで、イリオスは東のハーデス連邦、西のヨルシカ皇国、という二つの超大国の相手をすることになったわけだが、本来東部前線からは一兵も抽出できるわけがないのに無理がなんでも西部前線に兵力を送らざるを得ないので、東部前線での戦線崩壊が発生し、以降ハーデス連邦はイリオスとレマゲンに無停止攻撃を行い続けることになる。これでイリオス軍は蜘蛛の子を散らすように撤退を重ね、イシュメールは激昂するが、既にヨルシカ皇国主導でミレニアムからオクスタシア奪還作戦が始まっている今、西部前線に兵を割かないわけにいかず、さらにバルサバドルにエル=ドラド軍が上陸に成功したため、ますます西部前線は危機に陥った。


 そのため、イシュメールはオクスタシアの首都や重要都市を軍のありとあらゆる魔術師を動員して爆破することで、そこで休息している軍隊や将軍、魔術師、それにクルセイダーという個の力が恐ろしいほどに強大な人材の消耗を狙った都市部への人為的な爆破作戦ゲヒリカ作戦を立案した。これに民間人への被害は一切計算されていなかったらしい。そして、十分に血盟国陣営軍をオクスタシア内部に引き込んだ1675年3月27日、ゲヒリカ作戦が発動し、西部前線はロッテルダム、リエージュ、レムリアの三つの国の上で膠着することになった。


 一方で、東部前線では撤退が続くも東部前線の最高指揮官であるファルケンハインは兵力の温存のための綺麗な撤退に成功していた。しかし、ハーデス連邦軍の重厚な追撃をもろに受けたレマゲン軍は壊滅し、同年4月15日、レマゲンはハーデス連邦に対して降伏した。以降、レマゲン帝国にはハーデス連邦による傀儡政権が打ち立てられてメメント・モリ陣営に参加し、国名をレマゲン連邦共和国に変えられて国民のアンデット化が始まった。さらにハーデス連邦はパルキアで勝手に政府を組織してパルキア連邦共和国という国家を形成していった。


 イシュメールは撤退してばかりのファルケンハインを大きく批判し、ファルケンハインを本土防衛最高指揮官に左遷して自らが東部前線の指揮を執って反攻作戦を計画した。しかし、これらは兵力を大きく損失するばかりでことごとく失敗し、イシュメールはさらに多くの軍人や要人を投獄、処刑した。その後、同年5月27日、遂にハーデス連邦軍はイリオスに進撃し、名前ばかりと思われたファルケンハインの役職が役に立つようになってしまった。ハーデス連邦軍は恐ろしい速度で首都へ侵攻するが、イシュメールは頑として敗北を認めず、外交といった手段を一切使おうとしなかった。そして、同年6月11日、ついに首都が包囲され、イシュメールは国民皆兵計画を発動して国民にも戦いを要求し、首都での戦闘を継続中四日目。それが現在らしい。

 

 っていう感じのことをもっと難しくしかもいろんな話を混ぜることで念仏状態を作り出していたユニティの話は、ファルケンハインが僕の部屋に来てこう言うと終わった。

「陛下、休戦協定の交渉準備が整いました」


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