第5話 無知から始まる休戦交渉②

 時折何かの爆風によって建物が揺れ、不愉快な音を立てながら僕たちに木くずが降りかかる。それ以外にここで音を発するものはない。


 僕らはメメント・モリ陣営の盟主国ハーデス連邦の代表と待ち合わせをしている場所、レルツィア街の貴族御用達の宿屋に到着していた。

 瓦礫の山と変わらないような宿内を僕らは土埃をかき分けながら進んでいき、予定の宿長室に入室すると、僕だけは中央にポツンと用意されている席の奥側に座り、他の異形達は僕の後方に立った。


 正直に言おう、怖い怖すぎる。ホラー耐性は人並みだと当社比では思っているのでここの雰囲気はそれ程なのだが、問題はここにやってくる奴らとのお話であり、僕らがかれこれ20分ここで待っているのにも関わらず奴らが来ないことにも怖さに拍車がかかる。


 そして、このレルツィア街はほぼ最前線で、宿に入る前には中世ヨーロッパの騎士のような兵士や重厚な甲冑を身に着けた剣士が辺りを闊歩していたり、奥の方から様々な色の光線や、不思議な色を纏った砲弾(?)が僕たちが来た方向へ飛んで行く姿が見えた。僕はこれに驚くとともに少し好奇心を覚えた。

 しかし、そんな気持ちを戦慄させる事実がここにはある。

 兵士の顔が全て髑髏なのだ。人の形にも近い髑髏もあったがそうでないものある。この骸骨兵士達についてはユニティの話に聞いていたものの実際に出会うと話が変わってくるのだ。ちなみに、僕たちのフォックスハウンドには休戦交渉を意味する紅白塗りの旗が掲げられているため、骸骨兵士たちに攻撃される心配は……ちょっと待った、あいつらに知能ってあるのか?


 とにかく、ハーデス連邦の代表がなかなか来ない、辺りをうろついている兵士が恐ろしい、この二つの理由から僕はまったく落ち着けない。

 だがしかし、ここに来るまでの光景を思い出し、己の胸に刻んだ王としての覚悟を反芻すれば恐怖なんてどこ吹く風だ。絶対に休戦協定を結んでみせる!


 しかしながら、このように僕らが待ちぼうけを食っていると、その時というのは突然にやって来るのだ。

 まず最初に地面が揺れ、それを追いかけるようにけたたましい音がこちらに近づいてくる。すると流れるように僕たちにはひしと緊張が走り、明らかな空気の変化を僕は肌で感じる。そして、その音はこの建物と衝突するんじゃないかと思うほど近づいたところでぴたりと止まった。


「まさか敵軍か?」

 流石に異変を感じたランプはそう言い、それと共に宿の中についてきた二人の親衛隊が素早く腰の剣に手をかける。

「我々は交渉をしに来た使者です。なので我々に危害を加えれば国際法違反ですからあり得ません」

 グライムが場を諫めた。これによって再びこの部屋は沈黙に包まれ、しばらくすると数人の足音がこちらに向かってきた。

「ぶひっ、我々に対して遅刻とは驚きです、ぶひっ」

 ボルマンが言った。

「…………」

 その中で僕はごくりと生唾を飲み込む。すると丁度よくこの部屋のドアの前で足音が止まり、ゆっくりとドアが開くと、僕が挨拶する間もない程勢い良く一人の骸骨兵士が部屋に入り、さっと身をドアの横に持っていく。そして、僕の眼前にが現れた。瞬間、僕の顔は蒼ざめた表情に様変わりし、左手の震えがぶり返す。


 ……なんと言えばいいのかわからない。死神という言葉が相応しい異形か? 死を体現しているかのような異形か? いや、とてもじゃないけどそいつは僕が持つ語彙では表現できない! 軍服に身を包み、マントを羽織った骸骨。これだけでも十分恐ろしいが、極めつけは広い双肩に乗る6つの頭蓋骨だ。もし、よろしければ魔皇という肩書きだけなら譲ろうか? 実権は絶対に譲らないが。


「……待たせたな。我がハーデス連邦代表イルシール西方軍集団副司令官だ」

 ハーデス連邦の代表――イルシールの声は心臓にナイフを突き立てられるような声だ。

 そして、目尻で捉えるところ、この世にも恐ろしい姿と声を目の当たりにして顔色一つ変えないユニティ達にも僕はある種の恐怖を覚える。しかし、価値観の相違だと手早く推測し、ユニティの顔をちらりと見つめることで恐怖を軽減する。いやはや、ユニティのステータスが開くことができたら、そこには「癒し」とでも記述されてるんだろうな。

 直後、ユニティは僕から目を逸らして頬を赤くしながらうつむく……やはり、僕が王であり王でないからこそ、こういうのには複雑な気持ちになるな。


 すると、不意にランプが、

「そこの席に座りたまえ」

 僕の手前の席を指差し、命令口調で言った。イルシールは敬語を使わないかもしれないが、僕達が敬語を使わないのはまずいだろうよ。

 そして、僕はそろそろ交渉が始まることを予期し、視線をイルシールに合わせる。

 イルシールはランプを一瞥すると、頭部を何度かガクッと震わせ、そっと手前の席に着いた。さらにドアから三人の骸骨兵士が出てきてイルシールの背後に立つ。


 僕の眼前に座るイルシールにはどことなく某人気ラノベの主人公のキャラデザに通じるものを感じるが、そんなことを考えていたらイルシールの目の奥に灯る青色の焔に引き込まれそうになったので、僕は腹を決めて口火を切る。

「お待ちしておりました、イルシール閣下」

 さて、僕のなんちゃって王様口調は正解なのだろうか。

 イルシールは目の奥の焔を橙色に変えて、

「我は二年前からこの時を待っていたがね」

 口調関係なしに随分とご機嫌斜めなようだが、まぁ至極当然だね、よくもやってくれたなって感じだよ、イシュメール。

 僕は営業スマイルを作りながら、

「早速、休戦交渉に入りましょう。単刀直入に申して、我々は貴国との戦争を終結させたいと考えています。それ故にこのような案を持ってきました」

 と言い、事前に机に置いた例の押印済み文書に僕は手を向ける。そして、それを読み始めるイシュメールに向かってさらに言葉を重ねる。

「我が国と貴国の戦争はもはや双方にとって無益です。無益な戦争、これほどまでに残酷なものがこの世にありましょうか? ですので、一先ずその案で休戦状態に入り、平和への講和会議を開きましょう」

 僕は穏やかな口調でそうイルシールに語った。しかし、イルシールは目の奥の焔をグラグラと揺らすと、

「魔皇イシュメール・ブランデン。仮に貴殿が我の立場だった場合、このような交渉に応じるかね?」

 この交渉自体を無慈悲に切り捨てた。そして、そのイシュメールの態度が堪忍袋の緒に触れたのか、僕の後方から二人分の歯ぎしりが鳴る。

 僕は慌ててそれをかき消すように、

「我々にはまだ西部前線での余力がありますし、それに貴軍への我が国民の抵抗も我々の戦力です。このような軍民一体のゲリラ的な攻勢を迎え撃つことは貴公の望みに反するでしょう?」

 くそっ、この言葉は自分の心臓を握り潰すほどに苦しい!

「貴殿はいつもそうだ、ありもしない希望を剣にして我が国我が軍に挑んでくる。しかし、そうなれば我は貴国を民族ごと消滅させることさえ厭わない」

 イルシールは目の奥の焔をさらに揺らし始める。そして、僕が沈黙を避けるために何か言おうと口を開きかけると、

「我々には降伏などありえない! ましてや無条件降伏など!」

 激昂したランプが怒りの声を上げた。何を言ってるんだ! 僕達の状況がまだ理解できていないのか⁈

 僕はイルシールを制止するように、

「い、いえ! ならば、妥協点を見いだすのも――」

 しかし、イルシールはランプに向かって、

「一度、貴国は己の立場を見直した方がいい。貴国は食糧の供給はおろか治安の維持すらできていない。いいか、貴国は国としての機能を十分に果たせないほどに追い込まれているのだ。対等な交渉が可能だと思うでない」

 ランプはさらに激昂して手を叩き鳴らしながら、

「我々はどのような状況に置かれようとありとあらゆる手段を以て貴様らに容赦のない猛烈な攻撃を与えてみせる。それが神の定めた運命なのだ!」

「ほう、ランプ国民啓蒙大臣、貴殿の夢物語の根拠は一体どこにあるのかね?」

「イリオス主義こそが我々の最大の剣であり盾である」

 ランプがそう言うと、イルシールは目の奥の焔を紅色に変化させた。僕はこれを蚊帳の外になった僕が発言できる好機だと思い、思いっ切り立ち上がる。

「違う! 我々はただ降伏を回避したいだけだ。それを回避できるのならばどんな屈辱も受け入れる覚悟がある!」

 イルシールは頭部をガクッと揺らし、

「それは不可能だ。無条件降伏こそが神の定めた貴国の運命なのだから」

 すると、ランプが会話の隙間を見せず、

「何だと! 我々が歴史の表舞台から引き下がれるわけないだろう!」

 そのランプの声はよく響き、同時にどこかで起きた爆発に連動して天井から木くずが舞い落ちてくる。


「「…………」」

 また、それを皮切りに一時の静寂がこの部屋に訪れた。


 すると前触れもなくイルシールが指で音を鳴らすと、イルシールの双肩にある頭蓋骨らがカタカタと笑い出した。さらにイルシール自体も何度も頭部を揺らし始める。僕はこれに狂人に出くわしたような感覚を覚え、徐々に鳥肌がたっていくと、力が抜けたように椅子に座り込んだ。

 数分その異常な状態がただただ続き、やがてイルシールは目の奥の焔を白色に変え、指で音を鳴らして笑い声と首の動きを止めた。

 そして、冷たい吐息を吐きながら、

「どうやら、骨折り損のくたびれ儲けだったようだ。我はこれで帰らせてもらう」

 と一言言い、息をもつかせぬ速さで骸骨兵士と共に部屋を退出した。

 それに対して僕は思わず机を力任せに叩き、ガラガラと崩れるその音だけが部屋に残った。


レルツィア街を後にするイルシール一行


「カラカラ、イルシール閣下、奴らの脳があそこまで腐っていたとは驚きです」

 我の隣りに座る兵士が声を弾ませて言った。

「そうでもない、奴らにはイリオス主義があるからな」

 我は兵士を諫めるように言った。

「私たちの思想の方が優越的ですがね」

 兵士が言った。すると、馬車が動き始める。

「それもそうだが……、我らには早急に取り組むべきことがある」

「ほう? それはいったい何でしょうか、閣下?」

 我は兵士を無視して話を続ける。

「恐らく、奴らはこれから血盟国陣営もとい聖ヨルシカ皇国と休戦交渉をし、講和会議を開く気だ。そして、これらは成功するはずだ」

「……なぜ?」

「話は最後まで聞くことだ。だが聖ヨルシカ皇国もただでは講和などしない、条件は大イリオス帝国の血盟国陣営への加盟だろう。そして、血盟国陣営が戦争をやめれば我々も戦争をやめねばならん。話の本題はここからだ。大イリオス帝国を味方につけた血盟国陣営がとる行動は一つ。対メメント・モリ陣営の攻撃作戦立案と準備だ」

 そこまで我が話すと「まさか、聖ヨルシカ皇国は大イリオス帝国の技術などを使って我々と戦争を⁉」と兵士が食い気味に言った。

「いいや、違う。奴らは大イリオス帝国の大地を戦争の生贄にするのだ」

 我は言った。

「なっ……、既に焦土と化したあの土地でさらなる大戦争を」

 兵士は驚嘆の表情で言った。

「そうだ。そして我らがそれを黙って見ていられるわけがないだろう。よって例の計画を現場の判断のみで発動するつもりだ」

 我は兵士に悠々とその計画について語った。ふぬ、大イリオス帝国には罪を償ってもらわねばない。

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