第5話 尽きぬ疑惑と足りない信頼

「はぁ……」


 思わずため息がでてしまう異世界生活三日目。枕元に置いていた腕時計の短針が5の数字を少し通りすぎた時刻に起床する。

 この世界での、新しい生活にも少しずつ慣れていく……こともできない今日この頃。慣れこそしないが、大きな出来事も無くなってきたのは幸い──とも言えないのが更に俺の気分を憂鬱とさせる。

 少しの安息の意味もあるのだろうが、大きな出来事がことに、俺はもう一度ため息をはく。

 ……覚悟を決めよう。

 時間も時間だし仕方ない。そう諦めることにした。

 いつものように起きてすぐに右手首に付けた腕時計は六時半を指している。憂鬱を溜め息と共に吐き出し、機械鏡マキナ・スペキュラポケットに入れて、割り当てられた自分の部屋を出る。

 眩い朝日が俺のことを嘲笑っているような気がして、妙に鬱陶しかった。



「おはよう仁君! 朝早いね!」


 早速、ソイツは現れた。

 俺の天敵こと高嶺たかみね妃菜ひな。そしてその天敵の友人にして数少ない常識人枠こと白崎しらざき凛音りんね

 まあ天敵というのは俺が一方的に言ってるだけだが。

 ……確か高嶺は《聖女》で白崎は《刀剣士》の職業だったはず。


「おはよう高嶺さん。それに白崎さんも」

「おはよう信楽くん」


 この時、俺には様々な視線が集まる。

 大半が嫉妬や憎悪の視線なのだが、正義感の塊と一部の人間からは違う視線を向けられている。

 正義感の塊は甘やかされるなという理不尽な視線。

 他は知らん。ただ女子からそういう視線を向けられているのは知っている。

 そんな視線に高嶺は気づかずに話かけてくるから、タチの悪いことこの上ない。

 俺なんかを相手するより、寂しがりやでかまってちゃんな正義感の塊クンを相手してやればいいのにと思ってしまうのも致し方ないことだ。


「仁君、朝食少ないんだね。足りてるの?」

「十分に足りているよ」


 高嶺の言葉に少し怒りを覚えたが我慢。

 そうだ。アイツは俺を尋問しているだけだ。

 女神が尋問……いや、普通に嬉しくない。反吐が出そう。

 それに俺の食事に口出すな。朝から炭水化物や肉は無理なんだよ。地球にいた時は朝食をパン一枚とかバナナ一本とかだったんだぞ? 朝は野菜で十分。

 高嶺は俺の返答に苦笑い。その後の間を埋めるように白崎が話かけてくる。


「……ある意味栄養が偏らないかしら?」

「大丈夫。心配ないですよ……それでは失礼します」


 さっさと俺は食べきり席を立つ。

 視線に晒されながら食べることにはもう慣れた。

 良くも悪くもこいつらのお陰ってことに些か憤りを感じるが……はぁ。


「あ、仁君。一緒に……」

「妃菜、あまり首つっこまない」


 何か言おうと──爆弾投下をしようとした高嶺を見事に止める白崎。

 こういうとき抑止力になってくれるから、白崎という存在はありがたい。

 俺は逃げるように食器を片付け、部屋に戻る。

 未だにちらほらと食堂に向かう生徒もいるが、俺のように自室に戻る生徒も少なからずいる。

 まあその理由まではわからないが……っと。


「すまん」

「いや、大丈夫だ。こちらこそすまない」


 ぶつかった。確か名前は……石黒いしぐろ陸也りくやか。

  職業は……わからん。全然聞いていなかった。

 俺達は軽く謝り、また歩き出す。


「(信楽、夕方に俺の部屋に来てくれ部屋番号は208)」


 俺は思わず振り向く。

 石黒は軽く手を振った。

 ……彼も光峰の演説擬きに疑問を抱いていた人間の一人だ。

 俺は再び、自室に向け歩み始めた。


■■■■


 俺の自室の番号は『223』。二階の隅にある部屋だ。

 昨日と同じ訓練を終え疲弊した俺は、部屋にあるシャワーで適当に汗の流し、部屋にある服を着る。

 ……少し緩いな。

 重たい体を鞭打って、俺は部屋番号を見ながら歩いていく。

 実際に来たことが無いので、ほぼ勘頼みで。


「(『210』……『209』……『208』ここか)」


 俺は『208』を三回ノックする。

 反応はない。

 四回ノックしても反応はなかった。


「信楽だ。石黒はいるか?」


 そう言うと、部屋の中から音がして、扉が開いた。

 何故コイツは、部屋の中なのにローブを被っているんだ? 思春期特有の病気かよ。


「よう石黒」

「来てくれたか信楽。まあ入れ」


 俺は石黒の部屋に入る。

 あまり変わらんな。内装。


「何もないが……まあ適当に座ってくれ」

「わかった……ところで他の人は?」


 俺がそう言うと、石黒はとある紙を見せてきた。

 日本語で書かれている……なるほど。


「明日、俺は女子達ともこの情報を共有したい。今日はその男子のみってことだ」


「なるほどな……」


 紙には大きく『要注意人物』と書かれており、その下には俺、石黒、園浜、そして白崎と高嶺の名前が書いてあった。


「これ、盗んできたのか?」


 まず、俺は疑問を口にする。

 すると石黒は違う違うと言い、この紙を増やした。


「俺のスキルだよ。見た物を複製するスキル」

「なるほど。使い勝手は良さそうだな」


 俺のように金属を鍛えることしか出来ないまたは金属を作り替える魔法より使い勝手はいいだろう。

 素直な称賛だ。

 石黒は少し照れる。


「……ま、まあそれはいい……龍太も来たな」


 扉がノックされる。

 石黒はそのまま動かない。

 ……俺の時と同じか。

 もう一度ノックされる。


『おーい、石黒? いないのか?』


 石黒はその声を聞いて動きだす。

 ……まあ奇襲対策にはなるな。

 そもそも敵なら、俺が牽制するが。


「やあ龍太、良く来てくれた。まあ上がれ」

「お邪魔します」


 きちんと挨拶をして、園浜そのはま龍太りゅうたは石黒の部屋に上がる。

 そして俺を捉え、少しの嫌気のような視線を向けてきた。


「よう園浜」

「信楽……」


 園浜は嫌そうに視線を背ける。

 ……随分と嫌われたものだな。


「まあまあ、そんな空気出すなって。雰囲気が悪くなる」

「そうだな。さて、始めようか」


 石黒の言葉に乗る俺。

 園浜も座ったので、本当に話し合いは始まった。


「まずは園浜にも……っと」


 石黒がスキルで紙を複製する。

 ……結構負担は凄そうだな。よく見れば唇を噛み何かに耐えているように思える。


「……これは」


 園浜が驚きの声を上げる。

 まあ、そういう反応にもなるよな。


「今回信楽と園浜に集まってもらったのには理由がある。

 その資料を見れば分かる通り、俺達はこの国の人間から危険視されている。いや、異端分子として、か。

 俺達の共通項はわからないが、危険視されているのは事実。だから、集まってもらった」

「石黒、一ついいか」


 園浜が問いかける。

 石黒は少し表情を尖らせたが、質問するように促す。


「石黒が紙とその内容の複製が出来ることは分かった。

 だが石黒。この資料、一体どこで見つけた?」

「……」


 園浜の問いかけに、石黒は視線をそらす。露骨すぎないかその反応……しかし園浜の気持ちもわからない訳ではない。

 そもそも石黒は、どこでこれを入手。これが気にならない訳がない。もちろん俺はそこまで踏み込んだ質問は出来ないし、したくもないが。

 この世界において、最大の切り札にして信用に足るのは己の『スキル』のみだろう。園浜の先程の質問は暗に『お前のスキルを教えろ』と、言っているようなもの。もちろん園浜もそこまで考えていたのではないのかもしれない。ただ石黒の『スキル』に怪訝さを覚えただけ……の筈だ。それに俺たちを呼んだのは石黒。それを聞く権利は俺にもある。

 厨二臭い思考だが、この世界ではそれくらい人を疑ったほうが良さそうだ。


「答えられないのか? なあ、どうなんだよ」


 責めるような園浜の言いぐさ。

 やはり……気づいてないのか?


「おい、園浜」

「信楽は黙っていてくれ。俺は石黒に聞いているんだ」


 ……聞く気無し。睨まれる、か。

 わかってはいたが本当、俺は嫌われたものだ。

 石黒から目での救援要請があったが、どうやら俺に園浜の暴走を止めるのは無理なようだ。

 俺は目を伏せ、無理であることを石黒に伝える。


「……わかった。だけどこれは他言無用にしてくれ?

 俺のスキルは『複製コピー』。

 このスキルは自分の見たモノを魔力で再現するスキル。このスキルで、俺はオリジナルの紙をコピーしたって訳。

 ちなみにこれは記憶からの抜粋も可能なんだよ」


 なるほどな。

 だから簡単にホイホイと複製していたのか。


「……大体の事情は把握した。

 だが、何故俺が『要注意人物』になっている? 俺は何もしていないぞ?」

「落ち着け園浜。それも説明するよ」


 石黒は園浜を落ち着かせながら、順を追って説明していく。

 少し考えればわかると思うのだが……そもそもこの『要注意人物』自体、光峰聖の演説擬きを冷めた目で見ていた輩がピックアップされているからな。

 その説明が終わるまで、俺は自身のスキルについて考えていた。

 今日、少し聞き齧ってみた感じ、俺のスキルである『錬金術』の魔法または魔術はどちらかというと支援系スキルと分類できると判断した。聞いた使い方によっては近接戦闘にも使えると思う。

 俺の得物は『模倣武器』と『短剣』。

 そして俺は『模倣武器』は切り札として残しておきたいので、メインで扱う武器は自然と『短剣』になる。

 ならば、俺がすべきことは魔法を実戦の中で使えるようにする事だろうか? その前に戦略か。『短剣』と『錬金術』を組み合わせた戦いかた……まあ魔法なんて一度も使ったことがないし、剣の腕とてまだまだ。まともに振ったことすらないが。

 それに俺の適性属性である『錬属性』……これも『錬』という単語の意味はわかっているが、実際に文字通りの魔法なのかもわからないからな。

 ……とにもかくにもまずは情報収集から、か。


「──おい、信楽!」

「……なんだ。話は終わったか?」

「ああ」


 なら、本題に移ってくれ。

 終わった達が集まっていることを怪しまれると大変だしな。


「園浜、俺は女子の『要注意人物』にも声をかけるべきだと思う」

「確かにそうだが……」


 園浜が俺の方を見る。

 まあ、俺はいいと思うが。


「接触は簡単だが、集まるのは少し時間を置いた方がいいだろうな」

「あ、ああ。それじゃあ、いつ頃にするのがいいと思う?」


 ……そうだな。確かに早めの方がいいが、早すぎれば……いや、俺達のことを良く知られる前に接触したほうがいいか?


「三日……三日後に、接触する。これでどうだ?」

「……妥当かな、後は何か便利道具を作れる奴がいれば……まあ、そんな都合のいい事はないか」


 石黒は一人でそう結論付けた。そして少しの雑談の後、俺達は解散した。

 俺が部屋に戻ろうとした矢先、後ろから園浜に呼び止められた。


「信楽」

「……何だ?」


 無視したかったが、肩を掴まれたので、諦めて園浜の方を向く。

 強い力で掴まれた為、俺でなくとも振り払うことは難しいだろう。


「お前、白崎さん達と仲良かったよな」

「……ああ」


 そうか、周囲からは『仲良し』に見えるのか……どこをどう見ればそう思えるのか不思議でならないが。

 それに、園浜が何を言いたいのかも、大体の予想がついた。


「だったら信楽。お前が彼女達に今日の事を伝えてくれないか?」


 ほら。予想通りの言葉が来た。

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