第3話 それは愚考かはたまた賢慮か
「はぁ……はぁ……」
息は完全に上がっている。衣服は汗を吸って冷たくなっており、どこか寒気さえする気もしてきた。心拍数も結構早くなっているのか、バクバクと低い音が聞こえてくる。立ち止まったら身体から力が抜け、立っていられなくなってきた。
ふと右手首につけている時計を見てみれば、あの地獄の宣言から二時間ほど経っていた。俺達は基礎体力作りという名の扱きを受けた。
これは普段の騎士の訓練じゃないのか? 地球で平和に暮らしていた俺達には早すぎるだろこれ……運動部の期待のエースと持て囃されてた奴も倒れてるし。
俺は疲れのあまり倒れたり、肩で息をして座っている者を見下すような格好の騎士を見る。
……あいつは息切れひとつなしか。
奴はただそこにいた。一切の息切れもなく、肩で呼吸している様子もない。
この世界の人間は全員こんななのか? そうではないのだろうが、そう見えてくる。
「お疲れ様でした。今日の訓練は終了です。皆さんしっかり休んでくださいね」
そう言って騎士は闘技場を出ていった。
それと入れ替わるように、この二時間の間どこかに行っていた『勇者』が現れた。
『聖!』
「よう、皆」
イケメンスマイルで現れた職業『勇者』光峰聖。
どうやら彼の登場で、クラスメイト達の疲労は吹き飛んだようだ。
ほぼ全員が光峰に群がる。
「おいおい何やってたんだよ聖。俺達は騎士様達から過酷な訓練をさせられたんだぜ?」
「すまない剛。けど、俺も大事な話を王様からされていたんだ」
聞いてくれ。その光峰の言葉で、少し騒がしかったクラスメイト達の声が無くなる。
やっぱ光峰は人望があるな……苦手だから近寄らないけど。
「俺は現在の魔王とその配下達の事を聞いてきた。どうやら、想像以上に酷いらしい……」
そう言って光峰が語り出したのは王様から聞いた『魔族』という者達の行いだった。
魔族は人々の村を襲い、住民を殺し、犯し、そして人々を奴隷にしてゴミのように扱うのだとか。
光峰の言葉に皆「酷い」だの「可哀想」だの「許せない」など、様々な言葉が聞こえてきた。
……同情するほどのことだろうか。
確かに戦争はしているのだろう。村や町が襲われているのだろう。しかし戦争とはそういうものではないか。
別に略奪や植民地化を肯定しているわけじゃないが、戦争でそういったことがあるのは別段珍しいことでもないと思う。俺達の祖先だってやったことだ。そして俺達がこの国を有利にしたら、同じことが起きるのかもしれないのだから。
王様は光峰の『正義感』に漬け込み、俺達の『魔族』に対する印象操作や戦意の高揚を行いたいのかもしれない。推測でしかないが。
少し離れて見ていると、同様に少し離れて聞いているクラスメイトの半分はその『話』に怪訝さを感じているようにみえた。
それが俺の感じているものと同様のものかどうかはわからないが、似たような考えを持つ者がいるのには安心する。
「俺はそんな魔族達が許せない。どうか皆頼む! 力を貸してくれ!」
光峰は皆に訴えるように言う。
「王様が俺達を召喚したのはその魔族達から人類を守る為なんだ! 俺は皆を守りたい。だから皆も頼む! 皆で魔族から人類を守ろう!」
……正直、『戦争』という言葉が過るからそこまで心には響かない。本当に防衛だけに努めるなら、俺達に「魔王を討伐しろ」とは言わないだろう。寧ろ反撃して、その『魔王』や『魔族』とやらが住む地域を支配しようと企んでいるのではないのだろうか。そう邪推されても致し方ない言動であった。
聞いていて分かったのは、光峰が正義感が強く、思い込みの激しい──よく言えば純粋な、典型的な主人公っぽい奴であることだけ。
俺にとって先ほどの演説は、光峰が王様が語った事をそのまま喋っているようにしか思えなかったというのもある。しかし大勢はそうは思わなかった。ほぼ全員のクラスメイトが賛成の状況だ。なら、俺も流される。
ここで文句を言っても、良いことは起きないとよーく知っているのだから。
「皆……ありがとう! それじゃあ皆、ついてきてくれ!」
光峰は心の底から嬉しそうに言う。
ああいうのを見ていると、本当にこの国の王が屑であるように思えてくる。
まあそれが事実ならの話であるし、また光峰にも悪いところはあるのだが、な。
■■■■
「おお勇者様方、お越しになられましたか!」
光峰に着いていき、来たのは王宮の中。
そこで待っていたのは国王とその近衛騎士の数名だった。
「はい。全員、覚悟は出来ています……な?」
光峰の言葉に多数のクラスメイトが頷く。
それを見て、国王は満足げに頷く。
「そうですかそうですか。なら、この扉を開きましょう!」
そう言って、国王は目の前の扉を開ける。
悪趣味なデザインの扉だ。
なんだあの女神? か何かの絵は。もう少し神秘的な書き方が出来なかったのだろうか?
それとも美醜の感覚が異なるのか……気になるな。
「さて、ここには召喚された勇者様方しかはいれません。どうぞ中へ」
光峰から順にその部屋に入っていく。
部屋の中は程々に広く、四方の壁に様々な武器がかかっている。
そして部屋の真ん中のディスプレイラックには、人数分の金塊……いや、白いから鉄塊か……? とりあえず白い棒状の何かが置かれていた。
──異界より誘われし者共よ、我に触れ『契約』せよ。
……ん? 何か声がしたような。
辺りを見回せば、それが聞こえたのは俺だけじゃないようで、他にも数名ほど辺りを見回す者がいた。
しかし光峰には声が聞こえなかったらしく、本人は前方の壁の真ん中にかけられている黄金色の剣を掴んでいた。
他の皆も武器を見ている。
誰も近づいていないあの鉄塊から聞こえた声らしきモノに、俺は興味を持った。ディスプレイラックに近づき、鉄塊の一つに触れる。
──汝、我と『契約』を交わすか?
また声が聞こえた。
俺が一つ頷いて、内心で肯定の意を示すと、更に言葉が脳裏を過る。
──汝、求めしモノを………汝の望む武器を言え。
……なんだそれは?
俺がこの鉄塊に興味を持ったのは、この声が聞こえたからに他ならない。
まさかこれがそんな万能なモノだとは思えないが……『錬金術師の武器』……まあ無理だろうけど。
──汝の願い、聞き届けたり。『契約』を果たし、過去の『錬金術師』が愛用した鏡を模倣しよう。
あるのかよそんな武器。というか鏡は武器なのか? 何でもありだな異世界。
それにしてもまさか、過去にも『錬金術師』がいたとは……って、何の変化もなしか?
──模倣完了。『契約者』に
その声と共に、俺の頭には膨大な量の情報が流れこんでくる。
その痛みを真顔で耐えきった俺は、鉄塊のままである
そして端に置いてあったナイフを取り、クラスメイトの武器選びの終了を待った。
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