仮想ユートピア

七夕ねむり

仮想ユートピア

 やめちゃえば?って遠野は笑って言った。

そんな由羽のことわからない人達ばかりの所にいるの、やめちゃえばって。

私はいつもすぐに頷きそうになって、一瞬詰まってしまう。頭ではわかっている。今全部を捨ててしまえば、私は世界で一番幸福な人になる。

遠野の言うことはなにも投げやりな言葉ではない。生活にすぐに困ることはない。好きな料理も存分に出来る。

何より、遠野と今よりもずっと一緒にいられる。ふとした時の彼の目の端に映る寂しさも、きっと見なくてよくなる。

下手をすれば、今より随分と現実的な考えかもしれない。


なのに。


「だけど由羽はうん、て言わないんだ」

ああ、遠野は私をわかりすぎている。

おそらく私自身よりも、ずっと。

「…………うん」

何がそんなにいいのかなー?心底不思議そうに遠野が首を傾げる。

本当に何が良いんだろう。私を宇宙人みたいな目で見るあの人達の中に居て、宇宙語を話し続けているような毎日の、何が。

「……何も良くないね」

「俺は最初からそう言ってますー」

ふざけた口調で、遠野はけたけたと笑う。それから不意に真面目な声であ、でも。と付け足した。


「こうして由羽を甘やかせるのは良いことだよ?」


両肩に絡まった腕に、少し力がこもる。

柔らかな温度がくすぐったくて笑ってしまった。


「私、遠野に甘やかされたい」


自分でも意識してない、なんとも情けない言葉が漏れた。


「遠野に甘やかされると、良い気分なの」


やけくそになって続けた言葉に、楽しそうな笑い声が降ってくる。

「それなら、俺たちは充足し合っているわけだ」

その意味が私の、良い気分、と同意義なのかは遠野にしかわからないけれど。

身体中にふわふわとぬるい温度が行き渡ってゆく。それは少なくとも悪い気分、ではなかった。


「世界中の人の分まで俺が由羽を甘やかすよ」


 大袈裟な規模に広がった遠野の言葉が額に、瞼に、頬に、落ちる。

私はそっと目を閉じてささくれだった指先を、骨張った手に絡めた。



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仮想ユートピア 七夕ねむり @yuki_kotatu1

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