第2話 魔王、酔っ払いに絡まれる

我は改めてノロイを見る。黒い服に黒いコートを着ている。左手には包帯らしきものを巻いているが、怪我をしている様子はない。顔は美形だが、陰鬱そうな気配が漏れている。


「簡単に言うと、今の魔王嫌い、最強の魔王を使って世界征服目指す」


我はこんな頭の悪そうな男に逆らえないのか。これからの事を考えると頭が痛くなるな。


「そういうわけで、命令だ。しばらく棺桶で寝ていろ」


ノロイがそういうと、我は眠くなって意識が途切れた。


「おい、起きろ」


ノロイの声で目を覚ますと、にぎやかな声と怒号も聞こえ、アルコール臭がする。どこかの酒場だろうか、まだはっきりとしない頭で考えていると、ノロイから命令が下る。


「命令だ。お前、踊れ」


ノロイの命令によって我の意思に関わらず、ダンスを踊る。自慢じゃないがダンスの経験なんて無い。


まるで人形劇の様な我のダンスを見て、酒場に笑いが生まれる。


数人の泥酔客が、ノロイにおひねりを投げたようだ。


「よし、これで宿に泊まれるぞ! まお・・・。うん、お前の名前はマオだ」


我にはもっと立派な名前があるが……。


自分の意思とは関係なく踊り続ける自分が情けなくなった。


酒場の2階と3階が宿になっているようで、ノロイがカウンターにいる恰幅のいいおばさんに話しかける。おばさんは皿洗いの手を止めて手を拭きながらノロイの方へ向いた。


「おばちゃ~ん、2人部屋空いてる?」


「あいよ、隣の可愛い子は彼女かね?」


「いんや、妹」


「嘘つくんじゃないよ! 似ているところを探す方が難しいじゃないか」


「てへ、ばれた?」


もともと隠すつもりも無さそうに見えるが。おばちゃんは冗談もそこそこに用件に入る。


「で、一緒に泊まるのかい? 1泊は大銅貨3枚だよ」


後にノロイからこの世界の通貨は、小銅貨は10枚で中銅貨、中銅貨は10枚で大銅貨、大銅貨10枚で小銀貨、小銀貨10枚で大銀貨、大銀貨10枚で小金貨、小金貨10枚で大金貨と聞いた。


「我は一人部屋を所望する」


「あ? んな金ねーよ。もっかいダンスするか?」


「うっ、今日は一緒の部屋で我慢してやる」


そもそも、我は命令に逆らえぬから、「一緒に泊まれ」と命令されれば逆らえぬ。


「あいよ。風呂は無いが桶はあるよ。体を拭きたければ、お湯を沸かしとくからもう少ししたら取りに来ておくれ。」


おばちゃんは部屋の鍵をノロイに渡すと、皿洗いに戻った。


我はノロイと2階へ上がると、2人部屋に入る。一応、布団が2つあるので、男同士で一緒の布団に寝るという最悪の状況は避けられそうだ。


「じゃあ、マオ、命令だ。お湯をとってこい」


「ぐ、いつか覚えていろ!」


我は嫌々ながら1階に下りて厨房へお湯を取りに行く。


「あら、あんたが取りに来たのかい。がたいのいい兄ちゃんの方が取りに来ると思っていたよ。」


「我も取りに来るつもりが無かったが、命令なのでな。」


「ちょっと重いけど大丈夫かい?」


おばちゃんは桶にお湯を入れる。我はそれを持ち上げると、通常の人間よりは筋力があるのか、ちょっと重いと感じる程度で持ち上げることができた。


「へぇ、お嬢ちゃんは思ったより力持ちなんだねぇ」


「ああ、我も今知った。」


おばちゃんは冗談と取って笑ったが、事実である。


おばちゃんからお湯をもらって2階へ向かう途中、酔っ払いから尻をなでられる。背中がぞわぞわする。


「何をする! 死ね! ウィンド・カッター!」


我は魔力を込めて魔法を放とうとするが、まったく魔力を込めることができない。


魔法も出ず、ただ動きを止めたような様子を見て、酔っ払いは我を口が悪いだけの村娘と取ったようだ。


「おいおい、可愛い顔して怖いこと言うなよ。そんな肌を露出した格好をしているくせに、誘ってないとは言わせないぞ? ほら、お酌してくれれば小遣いやるからよ」


魔力が込められなければ多少筋力があるとはいえ、恰好から見て冒険者の様な男におそらく力では敵わない。


「さあ、こっちにこいよ」


段々と男が寄ってくる。仮に酔っ払いに無理やり肩を抱かれても、嫌でも抵抗できないだろう。


「や、やめろ! 我は男だ!」


「ああ? 酔っぱらってても男女の違いくらいわからぁ、ほれ」


酔っ払いは小さな我の胸を掴む。我は頭に血が上ってその男の腕に噛みついた。


「痛え! 何しやがる!」


「お前こそ何をする!」


さすがに噛みつかれたら痛いらしく、男は腕をさすっている。我と酔っ払いが睨みあっていると、なかなか戻ってこない我の心配をしたのか、ノロイが下りてきた。


「マオ、遅いと思ったら何をやってるんだよ」


「こやつが我の尻と胸を触ったのだ!」


「あ? 何してくれてんだ酔っ払い」


ノロイが腕の包帯を取ると、魔方陣のような刺青が彫ってあった。その手で酔っ払いの髪の毛を1本抜くと、ポケットから小さな藁人形を取り出した。


その人形に酔っ払いの髪の毛を入れると、人形の手を捻る。


「いてて、何だこれ!」


酔っ払いは逃げ出すが、痛みは逃れようが無いようだ。徐々に人形を捻っていくと、男は逃げるのを諦めた。


「悪かった、金をやるからやめてくれ!」


「じゃあ、有り金を全部置いて帰れや」


ノロイは男の懐から金の入った袋を抜き取ると、呪術を解除したようだ。


「いくぞ、マオ。今度からは最低限の自衛ができる程度には制限を緩めてやるよ」


「あ、ありがとう……」


むぅ、我は体の弱体化と共に、精神も弱くなってきている気がするぞ。

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