第3話 魔術師とミルクセーキ風飲料

【四章:13歳前半時点】


補助食品カーセウムはちゃんと食べているね?」


 椅子に座ったスサーナの対面に立った魔術師が言った。


 ヴァリウサ本土、南部やや内陸。

 国内最大の学問機関「学院」を擁した、学院都市と呼ばれるエルビラの町中。そのなんの変哲もない一件の住宅の中でのことだ。


「はい、食べています。」


 よろしい、と椅子に座ったスサーナよりもだいぶ高い目線になる長身をかがめて彼は頷いた。

 二十代の前半ぐらいに見える白皙に、裏腹の老成じみた態度をした青年は、乳白色にオパールによく似た偏光が複雑に浮かぶ長い髪に、これまたウォーターオパールそっくりの、角度を変える度に輝きの変わる瞳を持っている。

 スサーナの目の前に立っているのは「第三塔」と呼ばれる魔術師種族の一人だった。


 魔術師とはこの世界では希少な才能である魔術を扱う人々の総称だ。誰でもなれるようなものではなく、彼らは皆白みに輝きを帯びた髪と目をして生まれてくる。個性差はそれなりにあるものの大体において整った容姿をし、常民よりも長い寿命を持つ別の種族である。


 スサーナの故郷、塔の諸島に彼らは多く住んでおり、本土にはあまり多くないらしいのだが、この学院都市はなにやら元々魔術師達に関係するものだったらしい。年に一度、大挙して彼らがやってくる、というイベントがある。


 元々、スサーナのおうちと取引のある魔術師だった彼はひょんなことからこちらで下宿して学院に通っているスサーナを発見し、丁度不摂生極まりない時期だったためになんだか我慢できなくなったらしい。スサーナは顧客であることだし、定期的に通う用事があるついでに定期検診をすると言ってくれたのだ。

 結構な医者気質の御仁で、夜は寝ろとか食事をしろとか君は疲労による身体の負荷試験でもしているつもりなのかとか、顔を合わせる度に結構なお説教を頂き、なんだか最近はすっかり保護者のような雰囲気である。


「それだけで済むとは言わないが、摂らないよりそれなりにマシにはなるはずだ。多少多く摂っても害になるものは入っていない。絶対にではないが、出来れば食事の度に食べるといい。」


 はい、と頷いたスサーナは、あ、でも、そう言えばお聞きしたかったことが、と小さく首を傾げた。


「何か?」

「あ、いえ、大したことではないんですけど、あれ、他の人が食べても大丈夫ですか? 最近、食べていると皆さん興味を示すことが多くて。」

「問題があるものではないが、君のためのものだから、それは忘れないように。」


 第三塔が補助食品カーセウムと呼ぶのは、日本のもので例えるならおしどりミルクケーキによく似た、練乳に似た味のする白い薄板のことだ。

 甘く、優しい乳成分の風味にぽりぽりとした食感で、食事というよりおやつ向きの味がする。一瞬で幼児のご機嫌を取れる類のお菓子の味だ。

 この学院都市で学校に通いつつ、ガラント公と呼ばれる大貴族の娘の侍女をひょんなことからやっているスサーナは、庶民仲間の子たちか使用人仲間達と食事を摂ることが多い。そして、そのどちらもスサーナがぽりぽり齧る珍しい白い板に結構な興味を示してきたりするのだ。


「別けられるから駄目なんですかね、端っこを少し割って頂戴、みたいな感じで、皆さん気に入られてしまって……」


 ここでは甘味は貴重だ。砂糖を入れた菓子など出せば結構な歓心を買えてしまう。そこにとろんと甘いミルクケーキめいたものが出てくれば、四方から手が伸びるのは残念ながら当然の流れであった。


「成程。……そうだな。別にあれはそのまま食べなければいけないというものではないよ。水分に溶かして飲むのも一般的だ。」


 折角だ、口にあうかどうか試してみるといい。彼はそう言うと、つと荷物からカップを取り出し、ミルクケーキそっくりな板を入れると、水筒で水を注ぐようだった。


 普段はお口で溶けて手で溶けないというような感触のそれは、一体どういう理屈で水に溶けるものか、第三塔が匙で数回混ぜるうちにきれいに溶け混ざり、均一の濃さに見えるとろっとした液体へと姿を変える。

 ――おお、ミルクケーキがミルクセーキに。

 なんとなく言葉遊びめいた思考を脳裏に浮かべたスサーナである。


「飲んでご覧」


 渡されたカップを素直にスサーナが啜ると、それは風味もミルクセーキに似た飲み物になっていた。

 溶け残りがあるとか薄いとかそういうことはなく、甘ったるすぎるということもない。ミルクセーキからバニラの風味を抜いて薄く杏仁風味の香りを付け、すっきりさせたような味わいで、どことなくカルピスを思い出しもする。これもお子様が大歓喜しそうな逸品だ。


「あ、美味しい。この飲み方嫌いじゃないです」

「そうか」


 スサーナが顔をほころばせると、魔術師は頷き、それからすこし何か考えたようだった。


「こうして摂る時は他のものを混ぜられるので、味を変えるのも我々の間ではよく行われる。そうだな、例えば……このような。」


 言いながら荷物の中から丸い小さな缶を取り出し、中身を一つ取り出す。


「それは?」

「花の砂糖漬け。好まなそうだろうか。」


 差し出されたそれは深い青紫の糖衣菓子かソフトキャンデーのようで、スサーナがくんくん匂いを嗅いでみるとふんわりと自然な甘い香りがした。嫌いな香り、という雰囲気ではない。


「いい匂い。好きだと思います。」


 では、と第三塔はそれをつまみ上げ、スサーナの飲むカップの中に入れた。すぐにカップの中の液体が柔らかな青い色に染まっていく。

 ――わ、青い。

 一瞬そうたじろいだスサーナだったが、それも当然で、正確には菫の砂糖漬けに近いものだったらしい。

 ――青と言っても別にオモシロ人工着色料、という感じではないですし、花の色ですもんね。魔術師さん達の普段のおやつなのかな。

 そう思えばむしろ美味しそうに思える。魔術師たちは花を食べるのだ。

 躊躇なく口に含むと、華やかな香りと、周りの糖衣に施されていたらしいレモンのものらしき爽やかな酸味がふわっと口の中で広がる。語弊を恐れずに言えば、ものすごくものすごく高級なフルーツカルピスの味だった。


「あっ美味しい!すごく美味しいですこれ!」


 ぴゃーっと喜んだスサーナにまたそうか、と言い、続けて彼は蓋を締めた花の砂糖漬けの器をスサーナの前に置く。


「気に入ったのなら持っていきなさい。同じ味ばかりでは飽きもするだろうし。」

「いいんですか!?」

「ああ。戻ればまだ沢山ある。」

「もしかして、お気に入りのおやつだったりします?」

「まあ、それなりに。……そういえば子供の頃はこればかり飲んでいたな。気に入っていたと言えるのかもしれない。」


 ふふふ、やはりそうでしたか、とスサーナはなんとなくいい気分でありがたくそれを受け取ることにした。なんとなくだが、好きそうな気がする、という予想があたって面白い。


 それからもう少しその飲み方について注釈を受ける。栄養補助食品だから飲むのは子供が多く、果汁や焦がし砂糖を足すこともあるらしい。とはいえ大人も飲むし、その際には酒を足したりもするそうだ。


 なるほどなあ。

 スサーナは思う。どうやら飽きさせない努力をしっかりしてあるらしい。さすがは魔術師の食べ物だ。


 ところで、しかし。新たな素敵な飲み方を知ったのはいいけれど、実はこのやり方、最初の問題には対応しきれたものではないかもしれぬ。スサーナは残りを美味しくいただきつつうっすら思う。


 個別の板菓子の形状が取りやすい、という理由でカップで飲むやり方を教えてくれたのだろう。普通に考えればそれは正解なのだが、常民女子の美味しいものへの嗅覚をナメている。

 スサーナにはその傾向はないが、どうやら最近経験してみるに、社会性高めの女子というものは美味しいと察すれば他人のカップであるなどさほどの障壁にはなりはしない。


 ぱっと取ってぐっとやられる気がする。スサーナはそんな予感にかられていたし、後日になってみれば、その予感はそれはそれは正解であったのだった。

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