第4話 プライベートな晩餐大貴族風。王子様と共に。

【五章:13歳後半】


 スサーナがその日「行儀見習い」から帰ってみると、家令が「レオくんが今日は一緒に夕食を取ろうと言っている」と伝えてきた。


「ええ、殿下には楽しみにしております、とお伝え下さい」


 スサーナは言付けを家令に頼む。

 そしてなんとなく背筋が薄ら寒いなという感覚を覚えて後ろを向いたところ、ワクワク顔の侍女たちがずらっと待機していたのでヒッと息を呑み、そして、そのまま為す術もなく更衣室に攫われて行くのだった。


 スサーナは今年の夏、人に説明するにもちょっと荒唐無稽と言われるのでは?という状況を経ていろいろあった結果、ひらたく言うと大貴族の養女になっている。

 表向きには実子であるとされており、ショシャナ・アランバルリという大層な名前まで手に入れてしまった。

 そしてレオくん、というのは自国の第五王子殿下その人である。

 スサーナとは同い年で、「お父様」であるところのミランド公、ギリェルモ・アランバルリが後見人めいた存在であるため、屋敷に気軽にやってきては滞在し、居間で伸びていたりもする。

 一体何でそんな状況になってしまったの、と言われたらさあ本当に何故でしょう、と頭を抱えるしかないスサーナだ。


 さて、とはいうものの、殿下とのお食事である。

 レオくん本人はもうカジュアルに居間の長椅子で伸びていたりして結構我が家扱いをしているし、スサーナともカジュアルな接し方なのだが、召使いたちはというとそうもいかない。よってスサーナはただ夕御飯を食べるだけだと言うのに着替えさせられ、香水を吹き付けられ、カツラを変えてしっかりとセットし、さらに胴衣で最高に華奢に見えるように――元々細身でだいぶ華奢なはずなのだが――ぎゅいぎゅい締め上げられ、夜だと言うのに化粧をし直されて、ひぎゃあと悲鳴を上げる羽目になるのだった。



 時間になり、使用人たちに運送されて食堂に向かう。レオくんは後から入ってくるという段取りらしく、スサーナのほうが少し先だ。


 使用人たちが燭台に火を灯し、長卓に料理を運び込む。

 普通の夕食のはずなのだが、流石に王子殿下がいらっしゃるというのに簡単にとはいかなかったらしい。二人だけの席だと言うのにディナーテーブル上には豪華に沢山の皿数が並べられている。

 料理はみないっぺんに出す形式で、古風ゆかしいものだ。お父様は温かいものを温かいうちに食べるのを好むのだが、今日は忙しくて王宮から戻っていないため、家令の判断でより「正式」なやりかたを選んだのだろう。


 牛タンの冷製ワイン煮、マスの冷製、煮て冷やしたビーツ。

 兎のスープ。黄金カブのポタージュ。うずらのゼリー寄せに仔山羊の串焼きにエビの鬼殻焼き。レーズンとイノシシ肉のパイ、卵のフライ。チーズを絡めた法蓮草のグリル、オリーブ漬けと葡萄、蜂蜜とシナモンをたっぷりまぶした焼き林檎。焼き栗、赤砂糖と洋梨のタルト。チーズと、さらにこれに発酵パンが数種。


 卓上が整ったところで侍従のエスコートでレオくんが入ってくる。レオくんの後でスサーナも一礼して席につくと、席の片側に給仕が、もう片方に雑用をする侍女がついた。


 粛々と食事が始まる。

 スサーナとしては折角一緒に夕食を取るのだから、気の抜けた会話の一つもしたいのだが、周囲をガッチリこれは一大事だぞ、の顔をした使用人たちに囲まれてしまっているのでそうもいかない。今後、もっとレオくんが屋敷にいることは増えるのだろうから、早く慣れてほしいものだと思う。

 それでも優雅にカトラリーを使いながらレオくんが口を開いた。


「スサーナさん、今日のミレーラ妃殿下の妃宮はいかがでした?」

「賑やかでしたよ。今日はフェリスちゃんがいらっしゃっていたんです。」

「兄上が。それはさぞ騒がしかったことでしょうね。そうだ、兄上とも近々食事か、お茶をしないといけないですね。スサーナさんも是非ご一緒願えますか。」

「ええ。その時はお声がけください。是非伺わせていただきます。」


 フェリスちゃん、とは第四王子、レオくんがミレーラ妃と呼んだ第二王妃の息子だ。なかなかこれが破天荒な少年で、スサーナをミレーラ妃の妃宮での行儀見習いに推薦したのも彼なのだが、これは実は、特大サイズのわるだくみ……スサーナを侍女のフリで王宮に潜入させよう計画の一環であった。

 ちなみに、かの計画はレオくんには秘密で、非常に簡単に言ってしまうと「レオ君のお母様である第三王妃がレオくんの結婚相手を見繕う催しを監視しよう」というようなものなのだが、昨日、見事に、出席していたレオくんにはバレた。


「兄上はなにか言っていました?」

「いえ、私にはなにも。とはいっても、今日は午後から少し伺っただけでしたから。いらっしゃっているのをお見かけしたので、ミレーラ妃殿下とフェリスちゃんにご挨拶しただけなんです。」

「ああ、じゃあ残念でしたね。兄上はよくあっちでお茶会を開くのでしょう?」

「ええ。他のご令嬢の皆様は楽しい思いをされたようです。今日は貴婦人の皆様もいらしていたようですよ。」

「そうなんですか。あちらの妃宮は貴婦人がたが多くて華やかですね。」

「ええ、本当に。今日はいつもいらっしゃる方々はみんないらしていたようです。」


 スサーナはにっこり微笑み、レオくんはあやかりたいものですね、と相槌を打つ。


 食事をしながらの迂遠な雑談、と言った風情だが、実情を言えばこれは本当は少し違う。周辺全部を使用人に囲まれつつもある種の密談をしよう、と努力した結果である。


 実は今、スサーナとレオくんは秘密の計画を一つ共有しているのだ。

 多分近いうちにフェリスちゃんにも話を通るのだろうそれは、レオくんの母親である第三妃殿下に嫌がらせをしている貴婦人がいる、ということに端を発する。それが、第二妃殿下の妃宮、いわばサロンに集まる貴婦人の一人である、という事情であり、彼女がこの後も続く催しでろくでもない嫌がらせをするのを止めたり、証拠を掴んだりしよう、というのがその計画だ。


 偶然侍女として潜り込んでいた催しで嫌がらせが発動するのを見たため、スサーナはレオくんと当該の計画を練ることになったわけである。

 だいぶドミノかピタゴラ装置が過ぎる。まあ、大体いつものことなのだが。


 粛々と会話を続けながら一通り食事を摂る。

 ほんの少しずつ手を付けたレオくんに合わせてスサーナも食事を終わらせ、なんの問題もなく晩餐が終わったのにホッとした顔だったりやり遂げた顔だったりする使用人たちが後片付けに入るのを尻目に早々と居間に戻った。


「よろしかったんですか?」


 居間に入り、使用人たちが食堂にかかりきりでほとんど居ないのをいいことに、レオくんが少し砕けた様子で問いかけてくる。


「よろしいといいますと?」

「スサーナさん、全然食べていなかったでしょう。別に僕に合わせなくてもよかったんですよ。夜中にお腹が減りませんか?」

「ええ、もしお腹が減ったらこっそりおやつを食べてしまいます。……お話が楽しくて、それどころではありませんでしたね。」


 やや申し訳無さそうなレオくんにスサーナは笑ってそう返した。

 胴衣でギュウギュウに締め付けられている、というのもまた理由の一端なのだが、それはジャンルとしては男の子の夢と希望を守る乙女の秘密に入るだろう気もしたので言わずに置く。


「ああ……。夜食は良いですね。僕も今度混ぜてもらいたいな。……次はもっと気軽なお話ができるところで一緒に御飯にしましょう。学友たちからも手紙が届きましたし、雑談の種はいろいろあるんです。兄上も一緒がいいですね。お茶でもいいです。近いうちに、ぜひ。絶対に。」


 密談に緊張していた、と取ったのだろう。ちょっと眉を寄せた具合で心配げな表情をした後でそう誘われて、スサーナはええ是非、と心から頷いた。


 ところで、それはそれとして、快諾したその後、王子様二人と三人でご飯、というと場所は王宮なのだろうが、王宮での食事でこれ以上カジュアルなんてことがあるんだろうか、と気づいてしまい、スサーナは後々そっと悩んだが、それこそ後の祭りであるようだった。

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