第1話 誘い誘われ



「姉貴ー」


 部屋のドアを開き、部屋の中に入って、姉貴を呼ぶ。


「いや、だから姉貴じゃないでしょ」

「姉貴は姉貴だ」


 俺の姉、三木屋咲〈みきやさき〉は、パソコンを前に格闘しながら、答えてくる。


「それで、何か用?」

「ここの問題がわからないんだが……」

「ほぅ。どれどれ……これはね……」


 今日も、姉貴は優しい。


「ってアホォォ!!今は配信中って言ったでしょ!?」


 パソコンの画面では、いろんな画面がついていた。そして、チャット欄を見ると、


[妹、ナイス]


などの文字が沢山流れていく。


「別にいいんじゃね?姉貴は個人勢だし」

「ノックくらいしてよ!?」

「したぞ」


 律儀に、20連打したぞ。


「はぁ……まぁいいや。んで、参加してくれるよね?」

「まぁ。あっちのパソコンからカメラは引っ張ってきた方がいいか?」

「うん。はい、ヘッドホンマイク」

「おう」

「はい〜、みんなごめんね〜。緊急ゲスト入りまーす」


 そう。姉貴は、VTuberの1人。紙鳶狗姫〈しえんいぬき〉だ。

 そして、偶に配信にお邪魔する俺は、設定では、姉貴の妹の紙鳶音虎〈しえんねこ〉として、地味に活動させられている。


 姉貴とは、反対の位置で、パソコンを起動し、配信画面に、俺の、いや、音虎のイラストが写る。

 モーションチェックをしていると、チャット欄で


[か、かわえぇぇぇぇ]


の文字が。


「チェック完了。よっ!音虎だ」


 声は……ひたすら頑張って練習した成果と、機械による調整で作られた女声。

 この声にはもう慣れた。


『ネコ〜!!』

「あ?」


 姉貴の声がヘッドホン越しに聞こえてくる。

 まぁ、これも慣れたものだな。最初は、なぜこんな回りくどいことしてるのかわからなかったが、ヘッドホンしてると声が聞こえにくくなるのだ。


『よくも配信の邪魔してくれたな〜』

「なら、扉に配信中って札をかけとけよ」

『うぬぬっ……』


[姉貴に言いくるめられる姉貴wwww]

[音虎姉貴流石っス]

[音虎姉貴が出てきたと聞いて]


「あ、あぁ。はいはい。音虎だぞ……」

『うんうん。さ、続けようか』


 因みに、音虎は書いて字の如く、虎っこだ。

 猫ではない。


『で、マシュマロなんだけど……これはこれは……』


【狗姫ちゃんに質問です。妹さんの音虎さんとは、種族が違うみたいですが、本当に妹なのですか?あと、音虎さんの寝顔はどんな感じですか?】


『寝顔ですか。めちゃくちゃ可愛いですよ〜』

「おい、姉貴!!」

『いいじゃないですか〜。これぐらいは』

「はぁ〜……」

『ごめんごめん……あ、そろそろ時間だね』

「ん?そうなのか?私のでてる時間、数分だぞ?」

『気にしなーい気にしなーい。それじゃ、バイバーイ』

「また今度な」




「いや〜、今日のはいい感じだった……明日もしてくれるかな……」


 私、咲はベッドの上で、横になりながら、今日あった配信を思い出していた。

 音虎が来た途端、視聴者の数が一気に増えた。


「はぁ……本当に女の子だったらよかったのに……」


 ふと呟いた瞬間、目の前の天井に文字が現れる。


 –––––願いはそれだけか?–––––


 不思議な感覚だ。

 心を読まれているような……。


 ––––私は………まぁ、サンタだと思ってくれ––––


 今は4月だよ……。


 ––––かなり遅めのクリプレという事で、そなたの願いを叶えてやろう––––


 願い、か。なら、弟を妹にしてください。


 ––––それで、良いのか?––––


 もちろん。


 ––––なら、そなたと弟以外の弟を知ってる存在が、違和感を覚えないようにアフターケアをしておこう––––


 さすが、サンタ。わかってるぅ〜。


 ––––あ、あぁ……それでは、な––––


 サンタが帰る。

 正直、この時は単なる夢かと思っていた。

 でも、翌朝、私は歓喜した。


『はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』


 弟の悲鳴が聞こえてくる。

 今日は、お父さんもお母さんも帰ってきてない。

 つまり、弟を丸め込むのに苦労しない。

 さて、どう料理してくれようか……。

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