EP.Ⅱ‐ 3 再生

 広間には豪奢な柱が立ち並び、高い天井には精緻な装飾が施されていた。帝国の顔とも言うべき謁見の間、その中央に坐するは皇帝バルド。両脇には赤い鎧を纏った側近の近衛騎士が五人ずつ列を成している。


 バルドは眉間に深い皺を寄せ、正面に視線を注ぎ続ける。彼の正面には膝を立て頭を下げるヴァイツ。その横に侍るのは鎧を脱ぎ、正装を身に纏ったテルミア。そして彼らの前には大きな『黒炭の塊』が横たわっていた。所々が崩れており、あまりにも形が歪だが……それは人の形に見えなくもない。


「……私の言いたいことは解るか、ヴァイツ」


 長い沈黙の後に吐き出されたその声は小さく、平坦で、酷く冷たい。周囲の空気が凍り付いた。兵たちの表情が密かに引き締まり、全員が腰の剣を意識する。彼らはダルドの怖さを知っている。そしてこんな時にどんな行動を取るのかも。例え目の前に居るのがダルドの腹心であるヴァイツだとしても、その怒りを免れる術など有りはしないだろう。


「勿論ですよ陛下。この通り最も期待に添える形でご用意したのです。その胸中は幼い子供に菓子を与えた様に、軽やかに躍っていることでしょう」


「ほう……なるほどな」


 不敵に笑っているヴァイツに対して、テルミアの表情はこの世の終わりでも見るそれだ。彼はこの焼死体を見つけ出した時も同じ顔をしていた。しかし「何の問題ありません」と柔和に微笑むヴァイツを信じ、莫大な不安と恐怖を紛らわせていたのだ。


 しかし「やはりダメだ」と確信した。王に謁見しただけでも体が固まっていたというのに、この空間を満たす程の殺意に充てられては呼吸もままならない。彼は死を覚悟していた。王へ放たれたヴァイツの言葉も耳に入っていない。彼への信頼や忠誠など最早なかった。彼の頭を満たすのはこの責任をどう逃れるか、というその一点のみである。


 やはりヴァイツに全ての責任を押し付けるのが最良か。

 そう結論付けたその瞬間、本人がテルミアに話しかけてくる。


「さあ、いよいよですよテルミア隊長。今こそ『その身で』陛下へ忠義を見せる時」


「な……何を言っているのですか、ヴァイツ卿」


「まあ任せておきなさい。私は陛下のご機嫌の取り方を誰よりも心得ているのです。さあ、まずはその死体の前に立ちなさい」


 ひそひそと話すヴァイツを訝しみながらも、最後には『全て彼の命令だった』と言い逃れようとしていたテルミアは、素直にその指示に従った。突如として立ち上がったテルミアにダルドの鋭い眼光が向けられる。テルミアはひっ、と小さく悲鳴を上げた。


「何のつもりか」


「い、いえ……私は、その……ヴァイツ卿にですね」


「さあ陛下。刮目下さい。これが――!!」


 蛇に睨まれてたテルミアの耳にも、その――チキッ――という金属音は届いた。

 当然、反射的に振り返る。何せそれは、あまりにも聞きなれた音だ。

 ――だがそれでも、少し遅かった。


「ヴァ。ヴァイ、ツきょ……っ」


 既にその長剣は、彼の腹を貫いていたのだから。


「貴方の求めた調停者――アークの姿!」


 ずぶり、と抜かれたその長剣は、瞬く間に翻りテルミアの首を跳ね飛ばす。ヴァイツの流れるような動作はあまりに的確であり、銀閃と呼ぶに相応しい物だった。迸る鮮血を一身に浴びながら笑うヴァイツ。それらを眉一つ動かさず見つめるバルド。一方で近衛騎士たちは一様に顔を歪めていた。


 どさり、と炭へ倒れこむ大きな体。拍動の残滓で強弱を付けて飛び出す鮮血。それを一身に浴びて喜んでいるのだろうか。下敷きになった大きな炭がカタカタと震えだす。


「ほう……」


 ダルドの眼が大きく開く。震える炭はまるで鮮血を飲むように吸い上げ、徐々にその姿を膨らませていく。その輪郭は球体に近似していき、やがて一際大きく震えると……殻を割った様に剥がれ落ちた。


「――流石だなヴァイツ」


 近衛騎士達は見るからに動揺している。体には傷一つなく、血色にも異常はない。見える姿は健常者のそれだ。


「これがアークか……」


 割れた隙間に覗くのは人間の裸体。

 つまり、ククイだった。

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